第33話 ~肉薄~ #2
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足が重い。胸が重い。
足を着地させる度に左右に揺れる大きな胸を、ルコリーは呪っていた。
階段を駆け上がり廊下を走るが、歯噛みする程思ったように前に進まない。
大会議室の扉は近いのに。
後ろから追いかける女の足音は少しずつ近くなっている。
やっと目的の扉の前に着く。
後ろの女が階段に足をかけた音が聞こえる。
扉の取っ手を回す。
鍵がかかっていた。
部屋を間違えたのだろうか、それとも場所が変わったのだろうか。
「緊急です。開けて下さい。お願いです!」
大声を上げて、扉を左右の手で何度も殴る。
大会議室はここだ。
外の男もそのような事を言っていた。
人がいるなら早く開けて。
ルコリーは強く願う。
階段の方を見る。
壁と同じ色をした人型が宙を舞っている。
その一瞬、時が止まったかのように思えた。
お面の奥にある、あの切れ長の細い目の瞳が見えた。
ブラウンの瞳の奥に、殺意が青く光る。
彼女ならこの距離は、ゼロに等しい。
数瞬後には、自分の体はナイフにえぐられているだろう。
ガチャリ。
鍵が開けられた。
取っ手を回して思い切り扉を引き開けた。
扉を盾にすると大きな振動と音を発した。
さすがはバーキン家の大会議室の扉。
モミジのナイフはこちら側に、まつ毛の長さ程度に尖端を出して止まった。
全部で4本。
急いで中に入ると扉を閉めた。
白髪の老人が、驚きのけぞり尻餅をついて倒れていた。
「しっ 静かに!」
ルコリーは小声だが強く言い放つ。
扉に耳を押し付ける。
すでに廊下に人の気配は無かった。
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埃が舞っているせいで、モミジはおろかフィアの接近にオレギンは気づけなかったらしい。
「ぐはぅっっ!!」
フィアの手斧がオレギンの身体を斬り飛ばす。
男の身体がどこかにすっ飛び転がって行く。
「サユちゃん、オレギンは仕留めた。
一緒にモミジを止めにいくよ!」
その声を聞いて、サユは長剣を杖代わりに門の方へ早足で歩く。
フィアの心境を正確に測ることは出来ないが、とりあえずこちら側に寝返って2度のチャンスをくれた。
後で何を要求されるか考えると恐ろしいが、全ての決着がついたら彼女にはちゃんとお礼を言いたいと思った。
その前に。
モミジと過去に何度かした模擬戦では負け越してる。
今一対一で戦って勝てる見込みは少ないが、フィアほどの手練れと一緒なら足止めは出来るはず。
そんな事を考えていると。
「あれ、おかしいな。
お腹から刃が出…て…る……」
フィアの声が少しずつか細くなる。
暴れる鎖の音、そして
「がはっっ」
フィアの苦しそうな声と広がる地面を跳ねる水音。
最後に人が倒れる音。
「礼を言うぞ、フィア。
投げた鎖鎌を考えていた、いつ拾うかを。
いいところに飛ばしてくれた。」
ぶぉっ、と重い物が宙に飛ばされる音がする。
きっともう動かなくなったフィアの身体だろう。
「良かった、服にプレートを仕込んでおいて。
しかし、あーあ くそっ。
ボロボロになった、俺の自慢のスーツ。
ああ痛ぇ、やったな、肋骨。
だがこれで満身創痍のお前と同じ条件で戦える
フハハハハ!」
憎々しい笑い声と共に2本の鎖と4つの鎌、それとオレギンの強い殺気が近づいてくる。
ルコリーには悪いがそちらまで手が回せそうにない。
何とか逃げ延びて欲しいとサユは願う。
同時に命の殺り取りを楽しむ男を前にして、今日を生き延びる約束を果たせなかったらアイツは怒るだろうかとも考えていた。
サユは腰を少し落し、剣を構える。
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「!!!」
ルコリーは緊張を解いて扉に背を向けもたれ掛かると、大勢の人の視線が集中している事に驚いて、再び体を堅くさせた。
黒い礼服を来た、大勢の老若男女がこちらを向いていた。
「なんじゃお前は…」
倒れていた老人が立ち上がりながら、問う。
「…いや、名を聞こう」
白髪の老人だったが背が高く、眼光厳しく問い直した。
「あの…わちゃしは…」
噛んだ。
おまけに老人から「聞こえんぞ」とお叱りを受けた。
ルコリーの中にサユの顔がよぎる。
彼女は今こうしてる間も戦い続けている。
弱気になってる場合ではない。
「私はルコリー=バーキン。レイモンド=バーキンの長女です」




