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第33話 ~肉薄~ #1

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 武装した厳つい顔をした黒の背広の男達と、大きな黒い体の番犬数匹が唸りをあげてルコリーに襲いかかる。


「!!!」


 犬に押し倒されるルコリー。

 顔をベロベロと舐められる。


「こらっバロン、ニック!私を覚えててくれてたのね」


 子犬から成犬になるまでの間、よく遊んであげていた。

 成犬になってすぐイェンセン城国に向かう事になって別れたが、りっぱな番犬となって4年の間この家を守り続けてくれていたのだろう。


 犬達をなだめて、立ち上がると黒の背広の警備の者と目が合う。

 顔なじみのある者が数人いた。

 話した事はほとんどないが。


「お、お嬢様がお帰りになられた!」

「ずいぶんその、立派になられて」


 皆の視線が胸に集中している気がする。

 これだから男は。

 いやどこかの目隠し変態傭兵よりマシか。


「お嬢様、お急ぎください。

 既に会議は始まっております。

 場所は大会議室。場所は覚えておられますか」


 髪と髭に白いものが混じる年配の警備の男が話しかける。


「う、うん…ありがと」


 男の肩の向こうに、懐かしく古めかしい威厳のある黒い柱と梁、白い壁でそびえる我が家が見える。

 真ん中に尖った屋根、左右にドーム屋根を持つ十角形の部屋が張り出した家は、

小さなお城のようだと幼少の頃から思っていた。


 走り出したルコリーに、不快な声が門の外から届く。


「認められるまでだ、この勝負!

 相続人としてお前がな!」


 何を勝手なことを、と憤る。


 既に私は実家に着いたのだ。

 イェンセン城国から続いた命がけのレースは、オレギン達を出し抜き私達が勝ったのだ。


 それでもあの男は退かず、戦いを続ける。

 サユもやる気だ。

 何よりも詰めかけた群衆の歓声が大きくなった。

 もしここで常識ある人間が冷静に戦いを止めようものなら、先程の弓の射手のような、いやそれ以上の酷い目にあうだろう。

 それぐらいの群衆の興奮の高まりが伝わってくる。


 しかしオレギンの言うように、確かに本来の目的は家に着く事ではない。

 相続会議に出る事だ。

 それに間に合って相続が完了するまで、サユの仕事が続くのはあながち間違いではない。


 裏庭にまわったところで気が付く。

 玄関から入れば良かったと。

 子供のころからずっと裏庭で過ごし、怖いお父様を避ける為に玄関の使用はいつも避けていた。

 この家で生活していた時は、会うと一睨みするだけで声を掛けて下さらず、怒ると大声を出すお父様をなるべく避けて暮らしていた。


 正午前の太陽が照らす、懐かしい庭を見渡す。

 幼少のほとんどを過ごしたそこは、記憶より小さな庭だった。

 4年前とあまり変わっていないその場所で、大きく成長した自分がいた。


 庭を横切る。

 感慨にふけってる場合ではない。

 今から玄関にまわっても、裏の戸からでも、2階にある大会議室へはさほど距離は変わらない。


 ルコリーは裏の戸を開ける。

 道具置場の狭い部屋を横切る。

 戸を開けると、赤い絨毯が敷かれた廊下に出た。

 そこは窓の少ない一角で薄暗い。

 

 左に向かう廊下の先、明るい場所に黒い背広を来た男が立っているのが見える。

 玄関の周りの警備は厳重なようだ。

 こちらに来て正解だった。

 一々誰何すいかされ名前を告げて歩くのは面倒だったろう。


 右奥に進む。


 途中、外が騒がしくなったかと思うと、ルコリーは玄関の戸が開かれる音を聞いた。

 それに構わず、使用人達がよく使う小さく急な階段を上る。


「ぎゃあっ」

「ぐわぁぁっ」


 玄関の方で喧噪の音が聞こえる。


 何者かが侵入してきた!?


 疲れと緊張と不安からか階段でつまづいて転んで、大きな音を立ててしまった。

 段に胸を強打する。


「痛ーっ」


 その音に気が付いた何者かの足音が、玄関からこちらを目指す。

 その軽い足取りはこの30日で出会い、よく知っている人物の者だった。


**************


「バーキン家の娘が帰ったぞ、賭けは俺の勝ちだー!」

「鎌のおっさん、何やってんだバカヤロー!」

「町中の賭場に知らせろ!」

「おい売り子、酒をくれ!」


 鎌の謎は刃を交えてすぐに解けた。

 鎖の両端に鎌が付いてる事を魔法が伝えてくれた。

 それなら鎌が4つある事に納得がいく。

 鎖鎌4本を個々に自由に扱えるほどの魔法を持っているなら、既にこの男は師匠に勝負を挑んだだろう。

 

 先日、バルハカンの町到着前に戦った時はあくまで小手調べの軽装だったのだろうとサユは推測する。

 その軽装で敗走させられ、今両端に鎌付きの鎖一本で互角に戦っている状態では鎌が4つある脅威は変わらない。


 魔法でオレギンの行動を読みながら、紙一重でかわすサユ。

 時折鎌がアーマースーツを引っ掻ける。

 胸や腰以外の交換可能な部分が引き剥がされる。


「今度の賭けは鎌男か、目隠し女か!」

「さあ張った、張った」

「いいぞーネーチャンがんばれー!」


 不意にオレギンが後退する。


「邪魔だな、見物人共が」


 新たな鎖鎌を筒から出す音が聞こえる。

 鎖ががっちりと固まる音の後に、空気を切り裂いていく刃の唸り。

 振動と崩れる壁、悲鳴と怒号、遠ざかる人々の足音。

 子供の泣き声や「痛い痛い」と叫ぶ人々のうめき声。


 その騒動にまぎれて、頭上を飛び去る影。


 サユは距離を詰めて剣を振るい、鎌がそれを止めた。


『何をした!』


 得物を通して魔法で話しかけるサユ。


「片付けた、うるさいギャラリーを。

 見世物じゃない、俺達の戦いは」


 悪びれる様子もなく、当たり前のことをしたように言うオレギンにサユは怒りを覚えた。

 正装をしていたり妙に礼儀正しい姿勢を見せるのは、男の非情さを隠す為だったのかもしれない。


 鎌がサユを押し返し一歩下がった時、埃のまじった風が肌に触れる。

 流れる空気の中に血の匂いが混じっている。


 オレギンが崩した家の埃が辺りに舞って視界が悪くなっているようだが、目の見えないサユには影響が無い。


 鎖鎌を持ち直す音が聞こえる。


「これで戦える、心置きな…ぐほぅぅっっっっ!!」


 何故か話の途中でオレギンが横に飛ばされた。

 鎧の者が地に降り立つ。


「ごめん、サユちゃん、

 モミジに逃げられた!

 今屋敷に入って行った」


 オレギンの居た場所からフィアの声がする。


 先程頭上を飛び越えていったのはモミジだったのか。

 ルコリーが危ない。

 オレギンを放って置いて、今すぐ彼女を守りに行きたかった。

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