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第32話 ~因縁~ #3

 その聞き覚えのある声に目を開ける。


「う、ウーノス!」


 糸使いの快楽殺人者がそこにいた。

 きっちり着こなしていた詰襟の服をボロボロにして、整えられていた髪を乱して。

 目には狂気を宿して。


「見ろぉサユ!

 俺も魔法を応用してやったぜ。

 魔法は不完全な体を完璧以上に出来る!

 応用応用おーよおおおおお」


 ウーノスはサユの目が見えないのを完全に忘れているようだ。

 そのサユは先程から長柄の変型長剣構えて動かない。


 サユから聞いた話ではこの男は両手を切断されたはず。

 それが今では赤い大きな拳を振り上げていた。


 「うえっ!?」


 その手首から先にあるもの。

 赤い液体と大量の糸球が複雑に絡まり合い蠢き、それが手の形を成している。

 見た目のおぞましさに胸が悪くなった。


 ロープで視覚を共有しているのでサユも同じ光景を見ているハズだが、表情は変わらない。


 先にサユが動いた。

 剣を素早く振り回すサユを赤い手が防ぐ。


「全然効かねぇ、全然だ全然効かねぇよおお!

 応用おおよおおおおよおおおおおぉぉぉぉっ!」


 剣を振るう度に赤い液体が飛び散る。

 しかし斬りつけたところは糸球が蠢いて補修されていく。


 右の赤い大きな手が剣を握ると、サユが動きを止めた。


『すごいです、ウーノス。

 素晴らしいと褒めてあげます。』


 接点が出来たからかサユが会話を始める。

 会話はロープを伝って聞こえてくる。


「どうだ、俺のこの応用魔法!

 泣いて詫びるなら許してやらない事もないぜぇ。

 ひーはははははっ!」


『そこで問題です。

 10年鍛えた魔法と剣と、

 半月で作り上げた魔法はどちらが強いと思います?』


「うっうるせぇ!

 詫びねえのならそのクソ生意気な顔を握り潰してやる!」


 左手を振り上げるウーノス。

 しかしサユは避けるどころか更に相手の懐に歩を進める。

 振り上げた足が股間に入った。


「んげげぇぇっ!」


 小さな体がクルリと回転すると回し蹴りが男の身体を吹き飛ばした。


 剣を振り赤い粘液を振り払うと、


『手に意識を集中するあまり、手より内側に隙が出来るのです』

「でも10年鍛えた剣は使わないのね」


 ルコリーのツッコミをサユはスルーした。



「おぉぉぉぉぉよぉぉぉぉぉぉっ!」


 赤い粘液と糸球をまきちらし、股間を押さえて転がるウーノスの先にオレギンがいる。

 いつもの金の刺繍のある白い背広を着て、武装は腰の背面の金属の筒ぐらいだ。

 白い息を吐きだし咥えていた巻き煙草を捨てると、筒に挿してある4つの大きな鎌のうちの一本を取り出す。


『よ4つ!?

 4本、確かに4本ある…』


 おどろいた。

 今まで冷静だったサユが驚いた事に驚いた。

 驚きと不安がロープから伝わる。

 サユはルコリーに借りている視界を吟味しているようだ。

 どうしたのか尋ねる前にオレギンが口を開く。


「邪魔だ、俺の前を塞ぐな。

 役に立たない、若造が」


 何の感情も無い声でそう呟くと、振り上げ投げられた鎌はウーノスの顔面を裂いて地に突き刺さる。

 サユの魔法を追求し、腕を取られてもなお正気を失くすまで魔法の探求を続けた男のあっけない終わりだった。


「ひどい…仲間だった人をそう簡単に殺すなんて!」

「ひどい?

 もっと勉強すべきだ、嬢ちゃん、傭兵の事を。

 その前に殺されるがな、俺に、お前は」


 地に刺さった鎌を鎖で引き戻すと、大きく振り回す。

 その一振りでオレギンの側で指示を待っていたらしい2人の野盗の首が飛んだ。

 鎌がルコリーに向けて投げられる直前、その間に割って入るサユ。

 長刀となった剣を体の前で回して、鎌を退ける。


 ルコリーはオレギンの武器を見るのは初めてだった。

 サユの剣との接触でオレンジの火花を散らす中、鎖が棹のように固まり、しなり緩んだかと思えば波打つ。

 鎖の先には錨型の大きな鎌。

 鎖に操られ変幻自在に動き、どこからでもルコリーを狙う。


 オレギンは大きな頭を持つ蛇の、蛇使いに見えた。

 その蛇は長身で猫背で手の長いその男の姿に、妙に似合う。

 蛇に気を呑まれたルコリーはうかつに動けない。


 サユの柄の長くなった剣が、恐れず素早く蛇の首を撥ねかえしていく。

 火花を降らせて、大きく鎌を叩き返すと、


『今だ、行け!』


 サユがロープを外した。


 サユの声で委縮していた気持ちを立て直す。

 思い通りに足が動かず転びそうになりながらも走り出す。

 後ろは振り返らない。

 サユがいる限り後ろから斬られることはないと信じている。


 ルコリーの前に木と鉄で出来た大きく厚い門扉が立ちふさがる。


「ルコリー=バーキンだ、門を開けろ!」


 叫び、門扉を叩く。

 門扉の脇に着いた小さな戸が開く。

 下男が顔を出し、ルコリーを見ると顔を引っ込めた。

 ここから入れという事か。


 戸をくぐる。

 入るとすぐに下男が戸を閉める。


 武装した厳つい顔をした黒の背広の男達と、大きな体の番犬がこちらへ走ってくる。


「!!!」


**************


 引き寄せた鎌を手に持って、振り回すオレギン。


「武器を変えたか、サユよ。

 楽しませてくれるな、いつでも俺を。


 認められるまでだ、この勝負!

 相続人としてお前がな!」


 彼の話の後半は、塀の向こうへ聞かせるように大声を出した。

 該当者は一人しかいない。


 ルコリーを実家に帰してサユの仕事は終わった。

 だが目の前の男の仕事は終わりではないらしい。


 サユは天女降臨演舞をゆっくりと舞う。


 少しずつ増えつつある、周りの建物の見物人が、2人のパフォーマンスに歓声を上げる。


「もっと楽しませてくれよ、前よりも」


 嘲笑を含んだオレギンの言葉に、ニッコリ笑って対応するサユ。

 少しは可愛く見えただろうか。


 オレギンの鎖が大きな音を立てて動いた。

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