第32話 ~因縁~ #2
**************
「がんばってー2人とも」
「負けんじゃねえぞ」
「いやお前ら、家に行くんじゃねえ!」
色んな野次を飛ばされているのは、サユとルコリーも同じだった。
大通りを外れて、岡に上る広い幅の段を上って行く。
平地と違い、岡の斜面は大きな家が立ち並ぶ。
豪邸と呼べるほどの大きな家も見える。
平地の大通りより裕福で品があるように見える住人達も、ベランダや屋根に出て事の成り行きを見守っていた。
サユが疲れて、ルコリーの肩を借りて進む。
「ふにゃっっ」
ルコリーがつまずいて2人並んで転ぶ。
とすっ、とルコリーの目の前に矢が刺さった。
「ひぃっ」
「おい、射手がいるぞ!」
「剣士に射手なんて卑怯だ!」
「おーい、こっちにいたぞ!」
「あっちにもだ!」
潜んでいた弓の射手達は街の人達の手に捕まり、殴り倒されていた。
暴れる住人達は、2人が家に帰る方に賭けた人達だろうか。
『痛い、しっかり歩いてよ』
「それはこっちのセリフよ!…なんか私達助けられたみたい」
『そうね、とにかく急ぎましょう』
「じゃあ、しっかり歩け!」
叱責しながらも肩を貸すルコリー。
段を上りきると、横に長く伸びるレンガ塀がそびえたつ。
「ハァ、ハァ、やっと家に着いたわ!」
『そう、もしかして高い塀に囲まれてる?登れない?』
「無理ね、肩車しても届かない高さね」
『抜け穴とか知らないのですか、実家なんでしょう』
「それなら大丈夫!幾つかあるから!」
抜け穴探しは徒労に終わる。
全て最近になって施工された、新しいレンガや壁で塞がれていた。
「もーーーーなんでよーーーー!」
『これだけの騒ぎになったから、用心したのでしょう。
残るは正門ですね…』
「そうよ、私の家なんだから正門から堂々入ればいいのよ!」
『……』
立ち止まるサユ。
「ねえ、もしかして正門に…」
『ルコリー、最後にギュッてしていい?』
サユがルコリーの言葉を遮った。
「他人の目があって恥ずかしいじゃない…もー」
ルコリーがサユを抱きしめる。
サユがルコリーの腰に手を回す。
『あーやっぱり最高の柔らかさね、このムダ肉』
「やっぱりそれか!」
サユに軽く頭突きを喰らわす。
『ねえ、ルコリー』
「なによ」
『私、あなたに会えてよかった』
「私の胸に、って事じゃないでしょうね」
『ん、それが一番…痛い』
再び頭突きを喰らわすルコリー。
『わがままで、泣き虫で、お漏らしで、
どうしようもない人だと思ったけど、
能天気で考えなしで、
真っ直ぐで前向きな性格には助けられた気がします』
「バカにしてるのか褒めてるのかハッキリしなさいよ」
少し戸惑い赤面しながら抗議するルコリー。
ピンクの巻き髪が揺れてサユに当たる。
『私ね、孤児院の人以外で、
誰かを好きになるなんて事ないって思ってました』
「んん?なんか変よアンタ。すごいらしくない事言ってるよ」
わずかな沈黙が続く。
正午に近い太陽が暖かい。
「ね、私達親友だよね」
『ん、うんそうね』
「アンタが私の1番目の親友になるんだから、光栄に思いなさい」
『うん』
頷くと、サユはルコリーのシャツに鼻をつけて思いっきり息を吸い込んだ。
『さあ、行きましょう。
手引きをお願い』
いつもの手引きと違って、引っ張って行けとサユが右手の二の腕を差し出す。
歩き出す2人。
アーマースーツが血に塗れて鈍く光るが、もはや誰の血かわからない。
「私も…私もサユに出会えてよかった。色々ムカつく事はあったけど」
『ん』
「アンタが私の傭兵になってくれて良かった。
最後まで諦めなかった。
他の傭兵は知らないけど、きっと死にかけてまで私を守ってはくれなかった」
『ん』
「その仏頂面をやめて、笑うようにしなさいよ。
私ほどじゃないけど、少しは可愛く見えるんだからね。
それと何回も言うけど!」
ルコリーの頬を一粒の涙が落ちる。
「最後なんかじゃないから!明日も明後日もずっと2人は生きていくの!」
『わかった』
返事をしながら、手を動かすサユ。
剣の柄頭を外しシャフトを取り付ける。
シャフトの先端の石突を外して柄頭を取り付けて、布切れと分厚いテープを巻きつけていた。
「な、何よそれ」
シャフトが長い柄となった剣を見て驚くルコリー。
『朝から晩まで剣を振り回していた少女は、
どんどん長い剣を振るようになり、
やがて長刀を振れるまで成長しました』
「え?」
『本当は薙刀のような大きく長い武器が得意なんだけど、
長いとルコリーを斬るかも知れないでしょ。
私がこれを振るってる合間を縫って、正門から入ってください。
私には近づかないで』
「正門に何が…」
先程からの言動でサユが正門へ向かう事に、何か覚悟を決めている。
『オレギンをまだ見ていません。
あの男が必ずいます』
正門前が見えてきた。
「あれが正門」
ルコリーが視覚を送る。
『あの辺りの記憶があるなら、教えてください』
「4年ぶりだから変わってなきゃいいけど」
ルコリーは正門付近の記憶を思い浮かべる。
サユがちゃんと魔法で読み取ってくれるようにと願いながら。
『わかりました。ルコリーは壁伝いに門へ向かってください』
「うん」
力強くうなずくと、ロープを繋いだまま壁にへばり付いて進む。
蛮刀を持ったスキンヘッドの大男2人がこちらに気が付く。
雄叫びながら突進してきた。
「ぬおおおおおお!」
「ぐおおおおおお!」
サユが踏み込む前に、向かいの家の屋根から人が降ってくる。
獲物の間に割り込まれた大男の動きが止まる。
「ぬおおおおおおっっ」
「ぐおおおおおおっっ」
男達の頭が2つの赤い大きな手に掴まれていた。
骨の軋む音が聞こえると、2つの頭が果実のように握り潰され弾けた。
「ひいっっ!」
叫んで目を閉じる。
いくらサユと戦いの中を歩いてきたとはいえ、こんな悲惨な光景は見れたものではない。
「見ぃつけたー見つけたぞぉーサユゥゥ!
よくオレギンの集めたザコ共に殺されずに来たな。
嬉しい、俺は嬉しいぜ!」




