第31話 ~入城~ #3
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明らかに城の様子がおかしい。
開け放たれた門に兵士がいない。
代わりに少年や若い男が屯している。
3人が近づくと、男達は城の中へ走って叫ぶ。
「おーい、来たぞー本物のルコリー=バーキンだーっ!」
「噂通り、白杖の目隠しの女とピンクの巻き髪の女だーっ!」
城に入ると、うおおおおおっと地が揺れる程の歓声が早朝の空に響く。
空は少し雲があるだけで、今日は快晴になるだろう。
通りに人はまばらにしかいない。
大通りの左右には粗雑に整理されたおもちゃ箱のような、様々な様式で建てられた店舗が並んでいる。
その家々の窓や屋根やバルコニーに立ち、あるいは腰かけて多くの人々がこちらを見て叫んでいる。
「来やがった、負けたあああ」
「やった、レートが高い方に賭けて良かったぜ」
「待て、まだだ。家に着くまでの賭けが残ってるぜ!」
男だけじゃない。
女や子供も混じって、口々に何かを叫んでいる。
「何?一体なんの騒ぎになってるの!?」
「バーキン家の騒動は、30日の間にタウチット城国周辺を巻き込んだ、
大賭博会となっているわ。
今日はそのメインイベントの最終レースよ。
兵士も官僚も関わってるから、ある意味今日は無礼講ね」
尻込みするルコリーに、苦笑を含んだ声でモミジが答えた。
「他人の家の不幸をコイツらは何だと思ってるの。
失礼にも程がある!
…まあ、さすが何でも金に換える商人の街とも言えるわね…」
怒ったり感心したりルコリーは忙しかった。
「本物のルコリーの情報を、「黒の十指」が噂として流したわ」
モミジの声が冷たいものに変わる。
それはルコリーではなく自分に向けられたものだと、サユは感じ取る。
兄弟子全てが、このタウチットに集まっている。
それがモミジが合流した理由なのか。
「黒の十指」の9人は、他の弟子から彼女の離反を聞いているはず。
だが、決定的な証拠を掴んでいないのか。
お互い10年以上共にした戦友だから、制裁に躊躇しているのか。
ともあれ、こうして「仲間」として行動していれば、9人は手を出せない。
あるいは…サユはさらに考える。
師匠は全てを私に委ね、傍観するつもりかも知れない。
「大通りは敵の巣窟よ。当初の予定通り裏道を進むわよ。
ルコリー、地図はまだある?
それに道筋が書いてあるわ」
モミジが指示を出す。
サユは振り向いて手を伸ばす。
少し躊躇したが、モミジがその手を握る。
『今までありがとうございました。モミジさん』
それが、10年付き合った姉弟子への精一杯の最後のサユの言葉だった。
『ルコリー、大通りを全力で走れ!実家への道はわかるでしょう!』
「え?ええええええええ!?」
驚きつつも、走り出すルコリー。
バサリとルコリーが何かを落とした。
出しかけた地図だろう。
だが、もうそんなものは必要なかった。
歓声が大きくなる。
『目を貸せ、何があっても止まるな。
こけるな。
あと漏らすな』
「もう漏らさないわ…ふにゃっ!」
盛大にこけるルコリー。
ロープに引っ張られてバランスを崩すが、サユは耐えた。
「痛い!」
周りの見物人から笑い声が響く。
「何よ、笑いごとじゃないわよ!」
『周りは気にするな、とにかく走れ!』
出遅れたモミジが追い付いてくる。
最初に出会ったのはトゲの付いた鉄球を持った毛むくじゃらの大男。
隠れていた店舗の間の路地から飛び出してきて並走してくる。
投げられた鉄球を左手のシャフトで受け流し、剣で男を斬った。
相手の手と首が吹き飛ぶと、大歓声が上がった。
次は細剣を持つ派手な中華服の男が回っていた。
サユは踊るように体を回し、相手の剣を受け止める。
「アンタが回ったら、ロープが短くなるでしょ!」
ルコリーの足が止まる。
中華服の男が、ルコリーを狙う。
サユは再び踊るように、今度は逆に回り中華服の胴体を斬った。
『これで元通り。走れ!』
毛皮を来た、背の低い男二人が斧を持って近づく。
サユは至近距離で左手のシャフトを投げた。
一人の男の目に刺さり、苦しむ毛皮男。
ジャンプして彼の斧に横から体重をかけると、己の斧で己の腹を裂いた。
ロープに体重をかけて、低くするともう一人の毛皮男が足をかけて転んだ。
ロープを引っ張られたルコリーはバランスを崩してよろめく。
それをサユが肩で支えると、 ルコリーの目を借りてシャフトを拾い再び走り出す。
『私と師匠の剣術は』
「うん、どうしたの?」
走りながらルコリーは声をあげる。
『「天女降臨演舞の剣」というのです、正式名称はね』
ルコリーが笑う。
「ちょっと、走ってるのに笑わせないでよ。苦しいでしょ!」
『冗談じゃありません。
戦う前に踊って敵を小バカにしながら、
準備運動を行うのです』
「あれ、準備運動だったの!」
『今日は、モミジのせいで準備運動が出来ませんでした』
ルコリーが言葉を返そうとしたところに、次の敵がやって来る。
さらに左右から2人の男が並走してくる。
男達の背中や腰に金属製の筒が数本並んでいる。
彼らが同時に腰をひねると。
『止まれ』
サユは砂ボコリをあげて急停止する。
ルコリーも足を止めたが、勢いは止められず地面の上を滑って行きサユにぶつかる。
こけそうになるところを、サユが腰に手を回して抱き寄せた。
その細い腕と薄い胸が逞しく感じた。
全ての金属の筒から魔使石の付いた、先のとがった金属片が発射された。
しかしすでに目標は止まり、走る男達の後方。
2人の男はお互いに金属片を体に打ち込む合う事になった。
胸が痛い。
肺が苦しいのもあるが、胸が重くて痛い。
下着選びを間違えた。
こんなに走る事になるなら、機能重視の下着にすればよかった。
しかし今はそれどころではない。
様々な得物を持った幾人かの男達に囲まれていた。
最初にルコリーを狙って飛び上がった男が、サユに斬られ地面にだらしなく崩れ落ちる。
なるべくサユの側に寄って、サユの目となる。
数人の男相手にルコリーをかばいながら戦い、サユが無傷というわけにはいかなかった。
アーマースーツに刻まれる傷が増えていく。
斬られては斬り返し、を繰り返す。
しかしオレギンはどこでこれだけの、暑苦しい男達を連れてきたのだろう。
半裸に胴当てだけとか、毛皮の男とか、汚れたチェーンメイルの男とか。
街では絶対見かけないような男ばかりである。
しかし図体だけは大きくて、近くで刃物を振り回す姿は恐ろしい。
そんな大きな怪物のような男達を、サユは傷つきながらも小さな体で次々と斬っていく。
「サユ、強くなったわね」
モミジの声が頭上から降り注ぐ。
ルコリーは迫る敵に気を取られ、モミジの存在を忘れていた。
サユは忘れていなかった。
元々裏道の人にあまり見られていない所で、自分達を始末するつもりだったのだろう。
だから人目の多いこの場所で動くとは思っていなかった。
敵も味方もここにいる全員をナイフの餌食にするつもりだろう。
乱戦で間違えました、で通すつもりだろうか。
いや、そもそも師匠の元へ戻るつもりは無いのだ。
ルコリーが死ぬ、もうそれだけで良くなった。
色々機転が利くが、面倒な事を考えるのがキライな彼女らしい決断だ。
サユは結んだロープが伸びる方向に下がった。
とにかく他の敵を全て無視して、ルコリーの盾となる事を選ぶ。
百発百中のモミジのナイフを防ぐ自信は無い。
とりあえず脳天さえぶち抜かれなければ、この身体で何度もルコリーの盾になれる。
ルコリーは高く飛び上がったモミジを視界に捉えた。
手を胸の前で交差させ、6本の投げナイフを構えたキツネの面の女がいる。
キツネ面は敵ではなく、ルコリー達の方に向いていた。
ついにこの女は、本性を現した。
「モミジィィィィィ!」
ルコリーは怒りに駆られて思わず大声を上げた。
被さって、別の声が聞こえる。
「サユちゃあああああああああああん!」




