第31話 ~入城~ #2
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夜明けの近い、薄暗い中を2人は宿を発つ。
会話はなかったが、お互いしっかり手を握り合って歩いた。
今日は特別な日の為に買っておいた、最高級の下着を選んだ。
魔法で肌が透けるほど薄く編みこまれた総レースは、金の刺繍も散りばめられどんな胸でもフィットする。
どんな、と言ってもサユのように無い胸は包めない。
柔らかく胸と腰を優しく包むそれは、それでも少し窮屈に感じる。
また、胸が大きくなったのだろうか。
下着が豪華でも、服はいつもの旅装なのが残念なところ。
サユの目隠しには、禍々しい文字らしい刺繍が大きく入っていた。
トツクニ地方の文字で、「滅」と「殺」と書かれている師匠の力作らしい。
アオザイを着ておらずアーマースーツと、左腕に小さな盾を付けたサユと並んで歩く。
全体真っ黒だったスーツは、今は所々銀色のプレートがはめ込まれている。
アムルバーンで補修された跡だ。
タウチット城国の城壁は既に見えている。
丘の上に建つ懐かしい我が家も。
こうして外から故郷を眺めるのは初めてだ。
そういえば、この30日は初めてだらけだ、とルコリーは思う。
長い距離を歩かされた事。
野宿した事。
人の死や、戦闘を間近で見た事。
干し肉やカエルを食べさせられた事。
本気で喧嘩した事。
親友が出来た事。
全てを失ったとしても、この小さくて逞しい手だけは放したくない、と願ってる自分に驚いてる事も。
………
朝日が顔を出し、周りの景色が青白く浮き上がる頃、城門の前に立っていた。
サユとルコリー、そしてもう一人の女性と3人で。
キツネの面を被るスレンダーな女性。
モミジだった。
「やってくれるわね、サユ。
消えたと思えばどこからともなく現れて。
一体どんな手品を使ったのかしら」
西にサンシャとフィアを配置したオレギンとの反応の違いに、首を傾げるサユ。
連絡を取り合っていないのか、雇い主が違うのか。
そしてここまで来ても、モミジさんは敵じゃない、と願ってる自分がいる事にサユは気づく。
サユは杖を相手に伸ばす。
モミジはそれを掴む。
『すいません、モミジさん。
バルハカンの医者の家で敵に包囲されたので逃げました』
「あら、急襲された割には用意周到だったわね。
2人が北に向かったと聞いたから追いかけたら、
誰がいたと思う?
白い服を着て白い杖を振り回して歩くセルレグよ」
「…ぶはっっ」
何を想像をしたのか、ルコリーが噴き出した。
このばか。
私も笑うのを我慢したのに。
敵に襲われて急いで逃げ出した事にしたから、ルコリーがセルレグの事を知ってるのがおかしいという事に気づいて欲しかった。
これ以上会話を続けると、手を繋ぐ相方がさらにボロを出しそうなので押し黙る。
ルコリーは噴き出した後、サユとモミジの間に緊張が走った事を感じるとまた自分が何かドジを踏んだ事を知り、背筋を伸ばし無理矢理まじめな顔を作る。
「ふーん、まあいいわ」
何でもない、という風な軽い返事がキツネの面の下から発せられる。
今、この女はどんな表情を隠しているのだろう。
「城の中はオレギンが集めた傭兵やらゴロツキで一杯よ。
それでも行くの?」
『行きます』
サユは即答だ。
やはりオレギンが手を回していた。
戦闘になるのか、と思うとウンザリするルコリー。
「では行きましょう。援護はまかせなさい」
『お願いします』
ルコリーは驚いた。
私達を欺いておいて、今朝いつのまにかしれっと並んで歩いて、さらにこの女は味方面している。
そしてサユも何故それを許すのか。
『ルコリー、ロープを巻いて』
モミジが杖を放しサユが城門に向けて歩きはじめるとすぐ、そんな言葉が伝わってきた。
荷物は全て宿に預けたので、持ち物はロープだけだった。
既にサユは体にロープを巻き、差し出されたその端をこっそり自分の体に巻く。
それでもキツネ女には気づかれていると思うが、特に反応もなく歩いている。
握った手に合図を送って思念で会話する。
『モミジと一緒に行くつもり?アイツは絶対…』
『相手に今は戦う意志はないようです。
それに今戦えば時間のロスになります。
お互いどちらかが倒れるまで死闘をする事になるでしょう。
それでは、あなたの実家まで行けません』
ルコリーの抗議を、サユは無表情に諭す。
後ろから付いてくるキツネ女を、不愉快にそして不気味に感じながらルコリーは歩く。




