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第31話 ~入城~ #1

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「え、あの子死んだりしてないの?」

『フィアがちゃんと処置していたら、大丈夫なはず。

 幼くて手強いあの子をここでリタイアさせるには、

 急所でないところを手探りしながら、刺しまくるしかなかったんです』

「そうだったんだー。良かった。

 子供を刺しまくるアンタはちょっと怖かったから、ホント良かった。

 でも、それって傭兵としてどうなの。

 子供だから手加減て」


『うーー。

 師匠のお言葉に、悪人は何人切っても罪にならない、

 という乱暴な教えがあります。

 「罪悪相殺」と呼んでますが』

「本当に乱暴な教えね…」


『ウーノスは何回斬っても飽き足りませんが、

 あとの3人は根からの悪人とは思えないのですよね。

 確かに傭兵としては甘い考えです』

「3人…サンシャ、フィアえーと、ドズ。

 んーとじゃあオレギンは?」

『あれは殺すつもりじゃないとこちらが殺られます』


 古い木造と漆喰の宿の小さな部屋。

 お湯が張られた大きなタライに、裸の黒髪の少女が収まっている。

 色気のない簡素な白い下着だけになったルコリーは、サユの体を丁寧に洗いながら会話していた。


 生傷が増えたのが残念だが、美しい体だと思う。

 しなやかな細い体に、無駄のない筋肉。

 彼女の体がもっと大きくて抱きしめられたら、ちょっとトキメかなくもない。


 いやいや何を考えてるんだ、と自分の考えを恥じて赤面する。


『不公平ね』


 スポンジを持つ腕を通して、サユが心の声で話しかける。


「ふぇ?」


 少し不埒な事を考えてたので、返事がおかしな声で出た。


『私はあなたに体を見られ放題だから不公平です』

「べっ別にアンタの体なんか見てもなん、何にも楽しくはないわよ」


 ちょっと嘘を言ったので噛んだ。

 そして視線をさまよわせる。


「だいたい子供のままのアンタの胸を見てると、

 涙で前が見えなくなるわよ。

 傷が痛むからって洗ってあげてるんだから、感謝しなさいよ!」

『では、代わりにあなたの無駄な脂肪まみれの体を洗ってあげます』


 植物の実を乾燥させて作られたスポンジで黒髪をはたく。


『胸だけでも』


 また、はたく。


『太ってもなく痩せてもなく張りも最高で、

 あなたは今がちょうど良い時期で年齢で旬なんです!だから…』

「力説するな!気持ち悪い!」

『痛いいたい!』


 乱暴に体を洗うルコリー。

 この旅で少し痩せたが、もう少し体を絞ろうと考える。

 このエロオヤジみたいな女が少しガッカリする程度に。




 ルコリーが湯浴みを済ませると、いつもの体勢でベッドに入る。

 サユはルコリーの胸に顔を埋める。


 この部屋は一人用で、他に部屋が空いてなかった。

 今、周辺からタウチットへ人が集まって来ていると言う。

 どこの宿屋も客で一杯の中、この部屋に入れたのは弟弟子達の手引きによるものだったが、馬の死を憐れんで泣いていたルコリーには話していない。


『いよいよ明日ですね』

「あ、うん…」


 そうだ、明日で最後。

 この仕事も最後。

 でもこうして寝るのも最後だ。


 明日から一人で寝るのか、と考えると背中が少し涼しく感じた。


 いつもは抱きつくのにまかせていたルコリーが、今日はサユの背中に手を回す。

 背中が暖かくなった。

 ルコリーも自分と同じように感じているのだろうか。

 そうだといい……


 あれ?

 なんでこうして寝るのが当たり前だと思っているのだろう。

 いつから?

 どうして?

 これって師匠や弟子達に知られると恥ずかしい事では?

 いまさらな話だが、なぜルコリーも自然に受け入れてるのだ?


 急に恥ずかしさが熱に変わり、顔を火照らせる。


『馬は可哀そうな事したわね』


 突然湧き上がってきた羞恥心をごまかす為、サユは話しかけた。


「うん」

『もう大丈夫なんですか。

 宿に来た時はあんなに泣いていたのに』

「アンタのお世話と、変質者発言で忘れてたわ」


 すぐに心が不安定になるが、彼女の気持ちの切り替えの早さには好感が持てる。

 単に記憶能力が低いだけの可能性も、無くはない。

 そういえば、喧嘩した次の日に助けてもらったのを思い出す。


 細かいことは気にせず大らかで加えてお嬢様育ちで世間知らずなところに、案外助けられたところもあったのかもしれない。


 ところでその件の馬だが、首の傷は、出血したが大したものではなく。

 道端で草を食んでいたら、大声で叫ぶルコリーが近づいたので、自分が呼ばれたと思い道に飛び出たところをブーメランに刺された、とルコリーの話から推測している。

 賢いかはともかく、大人しく従順で気の毒だったとは思う。


『ねえ』

「んー」


 ルコリーが眠そうな声で返事を返す。


『私がもし明日生き残ったら、またいつかこうして寝てくれる?』


「ばか!!

 2人とも無事に明後日を迎えられるわよ!」


 サユの言葉に目が冴えたらしく、上半身を起し力強く叱咤される。


『お、おおう…あ、はい』


 ルコリーがサユの頬を軽くつねると、元の姿勢に寝直した。


 今、ルコリーは

 怒っているのか

 笑っているのか

その表情を見れたらいいのに、と心から思った。


「ところで、相続会議っていつから始まるの?」


 いつもの調子で聞いてくるルコリーの声に、少しホッとしたサユ。

 …どうしてルコリーの一言一言に一喜一憂してるのか不思議に思う。

 ケガのせいだろうか。

 

『さあ?知らないです。

 とりあえず明日にタウチット城国に入ればなんとかなるでしょう』

「なんか…

 アンタ達って最後の詰めが甘いわね。

 ていうかさあ、私達魔法が同じにならないよう、

 もう会わないんじゃなかったっけ」

『す…少しぐらいならいいんじゃない』

「ホント、甘いわねー」


 クスクスと意地悪くルコリーが笑う。

 サユも可笑しくなる。


 久しぶりに2人で心の底から笑いあった。

 お互い顔を近づけあうと、石鹸の匂いがした。

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