第30話 ~雷雨~ #3
**************
タウチット郊外の集落にある、医者の家の中。
白い廊下に赤い鎧をまとった女性が腰を下ろす。
脇には狼の顔をした兜。
それと鋼鉄と木のブーメランが4本。
廊下が白いのは、医院だからではない。
この集落は真っ白な四角い家が立ち並び、四角い中にも様々玄関や窓で個性を主張している。
比較的裕福な集落だ。
曇りガラスの向こうは、もう真っ暗だ。
フィアが土砂降りの雨の中、血まみれのサンシャを連れて来てからずいぶん経つ。
ドズも片腕を斬られてやむなく、妻子の待つ家へとスゴスゴと帰って行った。
アイツは悪い奴ではなかった。
腕力押しの戦い方に強さを感じなかったが。
傭兵は無理でも奴の魔法なら工事現場などで、片腕でも十分稼いでいけるだろう。
サンシャは身勝手で、
筋肉質で腹筋がバキバキ分かれてて、
いつも目を見開いて、
ドズに言わせると「あれはいつも獲物を探してる目」らしく、
なにより幼くて恋愛対象外だったが。
餌付けしてそれなりにかわいがっていた。
毛皮のせいでいつも獣臭かったが、寝顔は可愛かった。
そんな彼女が血まみれで倒れているのを見たのはショックだった。
オレギンの話を思い出す。
サンシャの魔法は、母親が原因で生み出されたものだと聞いている。
彼女は南の山間部にある、狩猟民族の集落の生まれ。
幼いころから山に入り、狩猟をさせる風習らしい。
家庭に問題があって、父親が他に女を作り家を出た。
半狂乱になった母親と家に取り残された彼女は、事あるごとに虐待を受けた。
腹部にある多数の傷は、母親に尖ったモノで刺された痕らしい。
尖端恐怖症から、刃物を受け付けない魔法を身に着けた彼女は家を出て、野山を駆け回り暮らしていたという。
南の山間部の一部では、どんな猛獣でも立ち向かう野生の少女として有名だったが、
探すのに苦労したとオレギンは愚痴っていた。
だが、見つけるとお菓子ひとつで付いてきたという。
幼いながら、そんな苦労を背負ってきたサンシャ。
いつも見せる無邪気な笑顔には、そんな苦労を感じさせなかった。
サユちゃんはそんな彼女の半生は知らないだろうが、メッタ刺しにされて血まみれの彼女を見ると、少しサユちゃんを許せない気持ちになる。
しかしサユちゃんは何故西から現れたのだろう。
なぜオレギンはそれを知っていたかのように、西側を見張らせたのだろう。
色んな思いや考えが浮かんでは、フィアの心の闇へ消えていく。
………
医者が部屋から出てくる。
年齢が同じかあるいは少し上ぐらいの若い医者だった。
「先生あの子は…」
マフラーを巻き直し、暗い顔で尋ねるフィア。
「いやぁ、あんな傷は私も初めてだよ」
思いつめたように虚空を見つめる医者。
フィアの顔がさらに暗くなる。
「ああ、あの子ならしばらく安静にしていたらすぐ治るよ。
少し遅かったら出血が多くて危なかったかもしれないがね」
急に明るくなる医者の口調に口をぽかん、と開けるフィア。
「いや~実にすごい斬り方、いや刺し傷だよ。
すべて急所をはずしてキレイに筋肉を切断している。
切断面がキレイだから、バイ菌さえ入らなければすぐくっつく!
この傷の犯人が野盗や盗賊でなかったら、
医者になって欲しいぐらいだよ!」
どうして、とタウチット城国があると思われる方向を振り向く。
サユちゃんはどうして。
ドズを刺した時も、横に払えば彼の胴は2つに裂けただろう。
サンシャも普通に心臓を貫けば簡単だったのに。
サユちゃんは世間を知らなすぎる。
傭兵にやさしさなんかいらない。
成功か失敗か、それだけだ。
それでも何回も戦った相手に情が移り、敬意を表する姿にますます惚れてしまうフィアだった。
「先生あの子、サンシャをよろしく頼みます」
そう告げると、戸口に向かって廊下を進む。
一つの決心をして、扉を開ける。
雨はあがって久しく、厚い雲の切れ間から星空が覗いていた。
闇の向こうには小さく灯る、タウチット城国が見えた。
ついにタウチット周辺へたどり着いたサユとルコリー。
ここからそう遠くないルコリーの実家の間には何が待ち受けているのか。
次回、歩みを進める2人に再会と、騒乱と、乱戦が待ち受ける。




