第30話 ~雷雨~ #2
「うひぃぃぃぃぃっっ!!」
落雷の振動と轟音を背後の割と近い場所から感じた。
木が裂け燃え上がる音と、ルコリーの悲鳴を聞きながら鋼鉄のブーメランを叩き落とす。
『!!
ルコリー、殺されたくないならサンシャから目を逸らすな』
視界がルコリーの足元の地面からサンシャに戻る。
その視界をよく観察する。
サンシャは木に剣の刃を埋め込んだ粗末な、しかし良く使い込まれたブーメランを2本持っていた。
鋼鉄製のものは一本が足元にあり、もう一本は行方がわからない。
とにかく予備のものを用意しなければならない状態。
そして常に見開いてるサンシャの大きな目が、わずかな間閉じられた。
チャンスかと思うと同時に体が動く。
剣とハーネスを目の前でクロスに構えて、サユは腰を落として前方へジャンプする。
ルコリーとの繋がりが外れ、再び視界を失う。
上空から2つの風を斬る音が落ちてくる。
一本のブーメランが剣に当たり、右頬と右手を斬りつけて飛び去る。
一本は的外れな方向に飛んだ。
サンシャは落雷の閃光に目を眩ませて目を閉じたのだ。
そしてそれはまだ回復していない。
千載一遇。
無茶でも何でも、今相手の懐に入らなければならない。
サユは空中で、サンシャに斬りつける。
しかし素手で刀を受け止められた。
そのまま2人はもつれ合って地面に落ちる。
同時に帰る軌道を見失った2本のブーメランが地面に刺さる。
落ちた方向とウェイトの差か、サユがサンシャのマウントを取った。
サンシャに馬乗りになって、剣を何度も振り落すサユ。
「ナヨーーーーーーーーーーッ!」
武器を全て失くし、左右の素手で剣を振り払うサンシャ。
サユの剣のスピードが加速してゆく。
『ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ…』
今のチャンスを逃すと、この無敵ブーメラン娘を倒すのは無理かもしれない。
常に魔法を放出しながら戦うのは、体力の消耗が激しい。
サユも戦ってる時は常に魔法を放出しているかといえば、そうではない。
この少女もモミジと共に戦った際に、気を逸らせると斬る事が出来た。
彼女を無敵だと思わせる所以は、その運動能力と反射神経と動物的な感である。
彼女の魔法は、バリアの魔法の進化型のようなものだ。
刃や尖ったモノを感じ取り、触れる個所を瞬時に殺傷能力の無効化を行う。
サンシャを破る方法は一つ。
彼女の反射能力以上のスピードで斬りつける事。
さらに剣のスピードを上げる。
上半身の筋肉が悲鳴をあげる。
吐く息も限界だ。
息を吸えば、刹那の隙が生まれる。
この機会を失えば、ブーメランという中距離武器の使い手である彼女の事、2度と接近して戦わなくなるだろう。
さらにスピードを上げる。
意識が飛びそうだ。
生暖かい液体が顔にかかる。
鉄の臭いがする。
「ナヨ、ナヨッ!」
サユは息を吸う。
その刹那を捉えてサンシャがサユの体の下から出ようともがく。
斬りつけると、さらに生暖かい液体が散る。
「ナヨーー!」
もがくサンシャに今までの野性的な鋭さが見られない。
『ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ…』
サユの口から、息が漏れる。
降りしきる雨が口の中に入る。
剣をサンシャの幼い体に突き立てる。
「ナヨッ!」
右に上に下に左にと次々に剣を突き立てる。
「ナヨーーーーーッ!」
泣きわめく少女に、目隠しの少女は黙々と剣を突き立てる。
ルコリーはサユの凶行に泣く事を忘れていた。
雷が空を裂き、全方位が雨に煙る中、一心に幼き少女の体に何度も剣を突き立てる後ろ姿がある。
その姿に背筋を凍らせていた。
度重なる戦闘で気が違ったのだろうか。
西の治療の副作用だろうか。
ともかく止めないと。
こんなサユをこれ以上見たくない。
「や、やめて!
やめてよサユ!」
後ろから抱きつく。
「サンシャ、どこだ!サンシャ!」
遠くから女性の声が聞こえる。
あれは確か赤い鎧のフィアの声ではないか。
「フィアも来てるよ、これ以上の戦闘は無理でしょ!」
ルコリーが大声にならないように耳元で必死で訴えると、サユは凶行をあっさり止めて立ち上がる。
『荷物を。馬は?』
先に立ち上がったサユは、ルコリーの腕をひっぱり上げながら心の声で聴く。
「……」
視覚をサユに送る。
気性も穏やかで、賢くやさしかったお馬さん。
ルコリーがサンシャから逃げようとすると、間に入って身を挺して庇ってくれた。
今は道の真ん中に倒れ、赤い泡を口から吐き、浅い息が喉をヒューヒューと鳴らしていた。
腹部から、サンシャの鋼鉄のブーメランが突き出ていた。
『もう無理ですね。
もう静かに寝かせてあげましょう。
魂よ、浄化されんことを』
片手をあげて拝むと、サユは剣を上げ馬へと振り下ろす。




