第29話 ~再起~ #3
常歩と速歩を繰り返す馬の上で、暫く2人は静かに揺られている。
『ねえ、あなたバリアの魔法は出せる?』
サユは以前から気になっていたことを聞いてみた。
「んー、いつかの崖の上でもそうだったけど、出にくいのよねー」
『やっぱり…』
「ん、それが何か気になるの?」
『私とあなたは魔法の相性が良いみたいです。
あなたから借りる視界は誰よりも良好で、随分助かりました』
「良かったじゃない。
感謝の言葉ならいくらでも聞いてあげるわよ」
ルコリーは高らかに笑う。
『しかし私に感化されて、同じ魔法をあなたが持つ可能性が出てきました。
特技魔法が発現しはじめる時にバリアの魔法が不安定になるのは、
私達の年齢ではよくある事です。』
「え、ほんと!
これで私も大人の仲間入りね。
また前のえーっと、なんとか湖みたいに遊びましょうよ!」
『だめです』
強い拒絶で、ルコリーの浮足立つ心を抑える。
『目も見えて、話せるあなたにこの魔法は何の役にも立ちません。
「特技魔法」は遊ぶ為のものでもありません。
あなたの将来にも未来にも影響が出ます。
それに人の心を読めても、良い事なんて何もありませんでした』
「……」
『この旅が成功すれば、もう会う事はないでしょう。
早急に魔力の強い大人の側で暮らすことをお勧めします』
「ふーん」
肯定とも否定でもない、曖昧で不機嫌な返事が返ってくる。
この無駄にプニプニで柔らかくて気持ちいい、本当に無駄な贅肉とはもうすぐお別れか。
そう考えるとルコリーの腰に添えるだけだった手を絡めて、腰を抱きしめる。
暖かく無駄に柔らかいルコリーの背中とは対照的に、時折吹く風が心に入り込んでサユの胸を冷やしていく。
………
タウチットまで持つ分の食料を貰っていた。
適当に野原に座って昼食にして、再び馬上の人となる。
雲が多くなり、風がさらに強くなってきた。
空気も湿り気が多い。
「酔いは大丈夫なの?」
『馬には慣れたかも』
「まあ、荒療治があったからねー」
『龍騎にはもう乗らない』
「わた…」
ルコリーの言葉の途中で、馬が珍しくヒンと鳴いて、前足を上げる。
咄嗟のことでルコリーは後ろに滑る。
サユと一緒に落馬した。
同時に大きな何かが馬をかすめた。
「ああっ馬ーー!
あ、このコ名前決めてなかった。
血が、血が出てるっっ!」
大騒ぎするルコリーと対象的にサユはゆっくり立ち上がる。
何度も聞いた飛行音だ。
サユはポンチョを脱いでリュックと盾を下ろし、ロープを取り出しルコリーの方へ投げた。
ただならない気配を感じて、ルコリーはロープを取る。
『馬はあきらめて、目を貸して。
敵です』
「う…うん」
周りを見渡すルコリー。
敵の姿が見えない。
ナイフを取り出すと、草むらに投げるサユ。
金属音がすると、小熊が現れる。
「オマエモナイフ投ゲレルネー。デモ全然ダメヨー」
小熊の毛皮が荒々しく投げられると、黄色の虎ビキニの少女サンシャが、
ブーメランを両手で回しながら現れた。
「ナイフ女ト戦エナイ、ツマンナイナヨー。
ピンクノ髪ノ女、殺ラナイトゴハン抜キヨー」
不機嫌そうに口を尖らせると、ブーメランを二つ投げるサンシャ。
投げられたそれらがサユの横を通り抜けていく。
『伏せろ!』
久しぶりのセリフがロープを伝う。
体が覚えていて条件反射で伏せてしまうルコリー。
いつかの河原のように、ブーメランが右のピンクの巻き毛の先端を切り取った。
剣を抜いたサユが走り出す。
周りの地形は覚えた。
ロープを放す。
水平に斬りつけた剣は、サンシャの素手で受け止められる。
「尖ッタモノ嫌イナヨー」
身体を回転させて、上段から縦に斬りつけると見せかけて横に払ったが、
やはり素手で受け止められる。
サンシャは受けた刀をすぐに手放した。
サユはブーメランが返ってくると予測して、しゃがむ。
しゃがみながら右足を軸にして、右回りで足を斬りつける。
相手の足にあたった刃は、やはり通らない。
サユの剣を蹴飛ばし、ブーメランをキャッチするサンシャ。
サユは軸足を変えて、右足で素早く回し蹴りを放つが、後ろに飛んで避けられる。
素早い反応に、この娘は戦う為に生まれてきたんだと痛感する。
何と戦う為に?
幼いながらも「特技魔法」を使える少女は何と戦ってきたのだろう。
とにかくブーメランを投げられるとやっかいだ。
音で少しは判断が出来るが、避けられる自信はほぼ無い。
素早く立ち上がると、ビキニの少女に追いすがる。
額に冷たいものが当たる。
剣と鋼鉄のブーメランが打ち合う甲高くも鈍い音が響く中、辺り一面に水滴が落ちてくる。
空が低い唸りを上げる中、本格的に雨が降り出す。
「ムー!
ズルイヨー、ウザイナヨー!」
サユの攻撃にルコリーが怒り出す。
無敵の少女に対してサユは、変わった剣技を繰り出す。
ついにサユとサンシャの一騎討ちが始まる。
サユはサンシャの無敵の防御を破れるのか。
次回、雷鳴の轟く中赤い水溜りが広がっていく。




