第29話 ~再起~ #2
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朝日が顔を出す少し前の張りつめたような空気の中、久しぶりにアーマースーツに身を固めたサユが、野原で素振りをしている。
一点だけいつもと違う個所がある。
左手に小さな丸い銀色の盾が装着されている。
「どうじゃ、体の具合は。盾も」
リリビィが馬車から顔を出し、サユに話しかける。
素振りを止めたサユは馬車に近づいて、その壁を手探る。
その手を、リリビィが捕まえる。
『はい、素晴らしい物を貸して頂きありがとうございます。
体の傷が完全に塞がる十分な時間はありませんでしたが、
すこぶる良好です』
「盾は父上から必要になるかも知れぬと渡されたものじゃ。
…しかしあの父上からどうやって一本取ったのじゃ。
聞けばお前の高名な師匠からも弟子の中で唯一、一本取ったそうじゃの。」
『はぁ、王に2本、師匠からは数百回負かされてますが』
無表情だったサユの眉が少し寄る。
「まあよい、我らが手を貸せるのはここまでじゃ。
正直なところ、この騒動にアムルバーンが関与してるとは知られとうない。
東の揉め事に、我々が関与してると知れると色々面倒じゃしの」
『ありがとうございます。このご恩は忘れません』
「そうか、それでは東の各町に配置された、
「黒の十指」の守りを緩めて欲しい、と父上が申されてた。
斥候が近寄り辛いと」
『それは直接師匠に言ってください、とお伝えください』
「もう一つ。盾は自らの手で返しに来いと。
今度は怪我無しで来い。
真剣でやり合いたいそうじゃ。
ついでにわらわの相手もして欲しい」
『それは是非、私からもお願いします』
「いつまでも手を繋いでないで、いくわよー」
ルコリーが馬上から声をかける。
乗る馬は、バルハカンからの友だ。
サユがリリビィから貰った麻の生成りのポンチョを、アーマースーツの上に着込む。
「ねえ、リリビィ」
ルコリーが馬車に馬を寄せて、馬上から話しかける。
「ん、なんじゃ」
「わ、私が友達第一号になってあげてもいいわよ」
視線を少し逸らしながらルコリーが口を尖らせる。
顔を少し赤面させて。
ルコリーの後ろに乗り込んだサユは、杖で馬車に触れる。
『すいません、この女は照れ屋で素直じゃないんです』
杖はわざとらしく、ルコリーの足にも触れていた。
「聞こえてるわよ!
相手は王女なんだからちょっと遠慮しただけよ!」
ルコリーは反論する。
「庶民がこのわらわとか。笑わせる」
そういいながら、リリビィが握った右手を上に伸ばす。
「ん、何?」
「拳を合わせろ。友の挨拶じゃ。一度やりたかった」
「ん」
拳を合わせると、笑顔を交わし馬を歩ませる。
「ルコリー、もう漏らすでないぞー!」
少し遠くなった馬車から無邪気な声が飛んでくる。
背中にあたるサユの頭に後頭部をグリグリと押し付ける。
「サユ!何吹き込んだのよ、あとでシバく!」
ルコリーの罵声がすこしずつ遠のいていく。
笑顔で見送りながらポツリと呟く。
「もし東に攻め込んだら、アイツは前線に立つのかの…」
リリビィは座り直し、指示を出す。
「出せ。タウチット以外の適当な町を回って、遊んで帰るのじゃ」
「……」
『ねえ、何か話してください』
馬車が遠のくと、ルコリーが静かになった。
しばらく静かな馬上の道程を楽しんでいたが、静かすぎるのも気持ち悪い。
気になったサユは、魔法の声でルコリーの背中に話かける。
「…良がっだ…グズッ元気になっで…ウウッ」
黙ってたのではなくて、泣いていたのかと驚かされるサユ。
『あなた、本当に泣き虫ですねえ。
淑女はどこいったのよ、バーキン様』
「だっで…本当に怖がっだ…西の地で一人になると思うと…
サユが…いなくなるって思うど……」
『あー。まだ泣くのは早いですよ。
これからが本番です』
「うん…うん…」
『ありがと。
ごめん。
気を失ってる時、あなたの叫ぶ声だけは聞こえてた気がする』
「うん…そっか…
リリビィには迷惑かけちゃったなぁ」
『私がいない間、彼女と仲良くなって寂しくなんてなかったでしょ』
言葉を伝えた後、何となく意地悪な言い方をした事に気が付き後悔する。
「アイツは最初は最悪でねー…
…あ、もしかしてサユ妬いてる!?」
小バカにしたように笑うルコリー。
言葉を返す代わりに、お腹の余分なお肉をつねってやる。
その手を思いっきりつねられ報復された。




