第28話 ~慟哭~ #2
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ルコリーはあまりよく眠れず朝を迎えた。
女官に手渡されたのは、イェンセンからここまで着ていた服に良く似せた旅装一式だった。
よく似せて作ってあるが、所々にこの地方独特の刺繍が入っている。
古い服は汚れていたので捨てた、という女官の言葉を兵士がたどたどしい東の言葉で伝えてくれた。
下着も新しいものを頂いた。
幅広で白で飾りもなく、色気も何もないが魔法で編みこまれている為に着心地やフィット感が素晴らしく高い。
朝食の後、城の裏手に降りるよう指示された。
久しぶりにリュックを背負い、女官に案内されて外に出る。
城の裏口から小さな庭にでると、少し懐かしい仲間と出会う。
バルハカンで用意された馬だ。
「おー、よしよし生きてたんだねー。
ごめんねー置いてけぼりにしちゃって」
顔やら首やらそこら中撫でてやる。
樹海から城までの道中に気が付かなかったが、兵の一人が連れて来てくれていたのだろう。
「変な奴じゃな、お前は。
馬一頭にもそんなに愛着が持てるのか」
木組みの質素な馬車が、4頭立てで2台近づく。
先頭の馬車からリリビィが顔を出していた。
「その馬はなかなか良い馬だ。予備の馬に入れる」
「あれ?龍騎じゃないのね」
背の低い、一般的な馬が並ぶ。
「うむ、しかし我ら騎馬民族ぞ、
普通の馬でも速く走らせる術を持つ優秀な御者じゃ」
馬との再会にしばし忘れていた人を思い出す。
「サ、サユはどこ?
まさか…」
「案ずるなと言ったであろう、後ろの馬車で寝ておる。
意識は回復したが、まだ安静が必要じゃ。
医者は止めたが、早く城を出る!とうるさくてのぅ」
リリビィが眉を寄せながら笑う。
「看護付きの馬車じゃ。
もう約束の日も差し迫っておるのじゃろう。
急ぐぞ」
ルコリーは後ろの馬車の方へ歩き出す。
と、巻き毛と耳の間から偃月刀の刃が飛び出してきて動きを制された。
「ええい、安静にと言ったであろう。
急ぐのはお前の為であろう、この痴れ者めが」
年下の娘に諌められ、しゅんと肩を落として馬車に乗る。
………
草原のあちこちに点々と多くの家畜と人が望める。
いくつものテントの集落を通り過ぎる。
皆古い汚れた麻の服を着ている。
城の中はそれなりの暮らしがあったが、それ以外は東ほど裕福ではないのだろう。
東も裕福ではない町や人がいて、格差はあるが。
アイマリース商会の提案、ジャハナーの東征への希望、両方わからなくもない。
「どうじゃ、快適であろう」
開けられた木戸から外を見ていたルコリーにリリビィが話かける。
今日のリリビィは、赤いコートの下からフリルを重ねた白い長いスカートが覗く。
「うん、早いし振動が少ないわね。これならサユも酔わないかも」
自慢のピンクの巻き毛もあまり揺れていない。
「そうであろう、シャイワールは騎馬だけでなく、馬車も良いぞ。
良い職人の造る馬車の車輪の回りには、
振動を吸収する魔法がかけられておる。
鐙も知らぬ東とは違うぞ」
鐙が何なのかわからないルコリー。
西の言葉の何かだろうとスルーする。
「でもこっちに来る時の馬車はすごい揺れて大変だったわよ」
「龍騎の馬車は丈夫さだけが取り柄じゃ」
なるほど、とルコリーは思う。
あの振動は並みの馬車では耐えられないだろう。
「タウチットまでは時間がある。
存分に話そうぞ。
まずはここまでの2人の旅の話を聞きたい」
確かに2人きりの馬車の中で、ずっと草原が続く外ばかり眺めていてもお互い退屈なだけだ。
ルコリーは話し始める。
しかし不思議な王女様だ、とルコリーは考える。
乱暴で荒い出会いだったからだろうか。
同じ目線で話が出来る。
王族は皆こんな感じなのだろうか。
フラクシズ地方よりさらに東、海に近い辺りに血筋を重んじる地域があるが、
それ以外の城国の王は大抵家系を遡れば元庶民である。
悪政を敷く王がいれば、民衆に引きずりおろされ新たに王が誕生するか、人々が離れ、城国が廃れるかどちらかである。
これもこの世界独特の魔法で個々の力が強くなった副産物、王政と荒っぽい民主制の間のような社会形態である。
しかし、シャイワールは少し事情が違う気がする。
ジャハナーの話やアムルバーン城の様子を見てわかったのは、どこの部族の出身でそれが王族の血族に近いかで身分の上下が決まっていた事だ。
「イルザーン家」の者とフランクに話している私は、この地方ではかなり恐れ多い者なのだろうか。
そのアムルバーンの王女様は、サユとケンカした話に一番興味を示して笑った。
そして、カルデラ湖とそこで起こった奇妙な体験と。
「そうか、2人は親友なんだな、うらやましいぞ。
わらわには友もいない」
「え、親友?なの…かな」
「違うのかえ?
そうでなければ、無茶をして屋根に上ったり、
医務室の前で泣いたりする説明がつかないではないか?」
改めて言われると恥ずかしい。
話をすれば、憎たらしかったり恥ずかしい事ばかり言って、チョップばかり入れていた日々。
またあんな日が来るだろうか、と思うと後方の馬車の方向へ目を向ける。
トクンと胸が熱くなり、苦しくなる。
さらに2人の旅行譚をせがむ王女様。
バルハカンの町で突然西へ向かう話になった時、リリビィが言った。
「なんじゃ知らぬのか」
「ふへ?」
「父上はわらわの母を含めて、10人の妻を娶っておる。
だが常々自分より強い女が欲しいと希望していた」
「ふーん…」
「わらわも幼き故、良くは知らんが。
父上はサユの師匠と三日三晩戦いあった」
「え、え?まさか…」
「どっちが勝ったのか、正式な妻かどうかも知らぬ。
とにかく2人は夫婦の契りを交わした。
非公式だが11番目の妻の頼みなら、王も断れぬであろう」
「はわわわわ」
サユが最悪で最後の選択だとか、師匠の依頼なら断らない、等と言っていた事を思い出す。
師匠の助けを借りたくなかったのに最後には師匠の夫を頼り、その説得がどういうものかを知っての決断だったのだろう。
「今から山岳地帯を抜け、タウチット周辺を通り、
さらに東へ進む道に入る。
この道はあまり人に知られてない。
なにせ、父上が東に居る妻に会いに行く為に拓いた道じゃからの。
これらの事は他言無用。
わらわは話してしまったがな、アハハハハ」
鬼の女の夫が獅子の王とは。
今日も悪い夢を見そうだとルコリーは短い眉をしかめる。




