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第03話 ~長考~ #2


 ルコリーは曇りガラスの戸を開けた。


 このガラスも脆くて溶解温度の低い、透明度のある「グラス鉱石」なるものを、

職人が魔法で硬度を上げて板ガラスにしたものである。

 不純物が多いため透明なガラスは作れないが、採光はちゃんと出来ている。

 砂を溶かして透明なガラスを造る技術が発明されるのはずっと後の時代だ。

 それぐらいこの世界の文明は、魔法に依存している。


「はぁ~~」


 鬼のツノのように盛りあげた左右二つのシニヨン、

残りを小さな縦ロールにしたクセのあるピンクの髪と、

勝気な瞳を持った少女が溜め息をついて、窓枠にひじを突く。


 天気が良くて、眺めが良好だ。

 2階にある教室からはイェンセンの色んな形をした家々が一望できる。

 それは普通とは違う変な形の壺や瓶の収集家のコレクションを、

野に並べたかのような光景だった。


 ルコリーの実家もこの学校のように丘の上に建てられているので、

この景色を見ると故郷を思い出す。

 イェンセン城国の富の象徴、「ガラスの城」が視界の端にあって目障りだが。


 サユと中庭で話をしてちょうど一日経った昼休み。


「ど、どうなされましたかバーキン様」

「サユさんと何かあったのですか?」


 バーディとマキナが心配して声をかけてくる。


「ああ、何でもありませんわ。

 2人とも先に寮へ帰って頂いてよろしくてよ」


 ルコリーは硬い笑顔で応対する。

 何かまだ言い足りなそうにしながらも教室を去る2人を笑顔のまま見送る。


 ルコリーは子分を作ったわけでも、そのつもりもない。

 気が付いたらいつの間にか2人が後ろについて回っていた。

 ルコリーが来る前、2人はよくいじめられていたと聞く。


 そんな事より、考える。

 お父様が亡くなったという事を。


 お爺様の代で分家となったバーキン家を、本家をしのぐ富豪にのし上げたのはお父様だ。

 どんな手を使ったのかは知らないルコリーだが。

 遺産目当てで殺害したとなると、本家の人間か、お父様の弟の叔父様か。

 だが本家は財産の凍結を行い、相続会議を開くという実に紳士的な動きを見せた。

 本家とはいえ財産の凍結は越権行為にも思えるが、バーキン家の血筋の者が家にいない以上、トラブルを避ける最善の策であるように思う。


 となれば、一番あやしいのは叔父様ということになる。

 叔父様…遠い昔に一度会った事があるが、スマートで厳しいだけのお父様と違い、

小太りで優しそうでとても人を、ましてや実の兄を殺害するような方には見えなかった。


 厳しいお父様。

 家にいても私に近づこうともしなかったお父様。

 ルコリーとは歳が離れていたお兄様をいつも連れて歩いて、

お兄様を厳しく叱り付けるお父様。

 サユからお父様の死を聞いた時は驚いたが、それほど衝撃は受けなかった。


 だが、お兄様が。

あの優しいお兄様が。


 庭で一人で遊んでいると、忙しい時間の合間に一緒に遊んで下さったお兄様。

 ご近所を歩けばご婦人方が、家にいればメイド達がいつも噂話になるほどのイケメンなお兄様。

 頭が良くて15歳の時から、お父様に教わりながら仕事を補佐してきたお兄様。

 3年前に執事からアイマリース女学院に行くように言われ、数えれば4年も会ってないお兄様が。

 行方不明?まさかお父様と一緒の事に?


 いつも持ち歩いているペンを無意識に玩び、考えるルコリー。

 お父様や遺産の事はルコリーにとってはあまり関心がなかった。

 しかしなんとなく、いつも着ない黒い下着にした。

 少しでも喪に服す、という意味で。

 黒い制服がない以上、ほんの気持ちだけでもというつもりで。


 ただ、お兄様が無事だという知らせが、使者が来てほしかった。

 いや、無事なら使者も何も来ないはずである。

 馬車の音がする度に、複雑な思いでルコリーは正門を見る。


「ひっ」


 突然、肩に手をかけられ飛び上がるルコリー。

 2つの胸の膨らみも、大きく上下する。

 全く人が来た気配が無かったのに。


『そこは私の席のはずですが』


 右側に小さな三つ編みのある黒髪のボブ、

目隠しと白杖を持った少女がルコリーの肩に手を置いている。

肩に置いた手を通して、サユが魔法で話しかけてきた。


「いーじゃない。どうせ朝からいなかったんだし。

 それより中庭で何してるのよ」


 ルコリーは、今日初めてサユと顔を合わせる。

 目隠しが昨日と違うようだ。

 今日は端に植物のツルが延びている刺繍が施されている。


『戦う事になった時の整地と採寸』

「戦う、って本当に貴女が戦うつもりなの?

 あと、中庭をウロウロして皆のいい笑いものになってるんだけど」

 意地悪に笑って返すルコリー。


 朝からサユは中庭を歩き回り、

花壇を杖でつついてはさらにその周りも歩き回る、という動作を繰り返していた。

その様子をほとんどの生徒が中庭に面した窓から見ていた。


『師匠の元で修行したから戦いには自信があります。それよりも。

 早く貴女がここを発つ決心をしてくれたら戦う必要がなくなるのですが』


 と、ルコリーの嘲笑を気にしていない様子でサユが返す。


「寝言だわ、たわ言だわ!

 貴女の事なんて何一つ信じない!それより…」


 ルコリーは言葉を切って立ち上がってサユを睨みつける。


「今日から授業が午前中だけになったわ。これも貴女と関係があるの?」

『なるべく他の生徒を巻き込みたくないから。

 貴女も早く寮にお帰りなさい。

 それよりも話し方が昨日と違うのですね。

 少し周りに気を配られた方がいいですよ』


 サユに指摘されてルコリーは気づく。

 教室にはまだ数人の生徒が残っていた。

 サユが口を動かさず魔法で話しているのに対して、

 ルコリーは口で話して応対している。


 これを回りの者からどう見えるだろうか。

 話せないサユに向かって、あざ笑ったり強い口調で話したりとまるでいじめっ子である。


「バーキン様が…?」

「バーキン様どうなされたのかしら?」


 クラスメイト達が距離を置いてヒソヒソ話していた。


「!!!!………じゃ、そういうわけだから!ごきげんようサユさん!」


 立ち去ろうとすると、サユがルコリーの腕をつかむ。

『何かあれば中庭に来てください』

 それだけ伝えると手を離す。

 ルコリーは自分の席に戻って、カバンを引っつかみ早足でクラスを出る。


「サユさんどうされたの?」

「何かありましたの?」


 残っているクラスメイト達に囲まれるサユ。

スケッチブックをどこからともなく出してページを開く。


  ”学校の決まり事を教えてもらっていました”


 クラスから出る間際、その様子を一瞬振り返るルコリー。

 一体どれだけの事態に備えているスケッチブックだろうか。

 一度中を全て見せてほしいと思う。


 ルコリーは、校舎に似た木造の建物の寮に帰る。


 一人で部屋にいると、お兄様の心配ばかりしてしまう。

 いつも後ろにいる2人は、寮では部屋に閉じこもって顔も見せない。

 ペンを手の上で回している。


 そういえばこのペンはお父様から頂いたものだ。

 厳密に言えば「お父様からだ」と執事から言われ、手渡されたものだが。


「……」


 闇に少しずつ侵食されつつある、夕日に染まっていた窓に目を向ける。

 サユはまだ中庭にいるのだろうか。

 ふと新入生の事を考える。

 ブンブンと頭を振るルコリー。


 だめだ、全部あの嘘つきの女のせいで私はこんなに苦しんでるのに。

 あんな嘘つきは信じない!


ルコリーはベッドの賭け布団の中に顔を突っ込んでうずくまった。


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