第28話 ~慟哭~ #1
6/30
「ほう、武器を変えるか。
最後の悪あがきか。
それで我を楽しませてくれるであろうな」
赤毛の男はニヤリと笑うと、ゆっくり槍を構える。
その体からは強い殺気が放出されている。
槍先を相手に向けるその構えに、一分の隙も無い。
サユは邪魔になったアオザイを破り捨てる。
そして男に向かって駆け出した。
**************
女官たちに再び着物をいくつも着せられ、アクセサリーと髪飾りが山盛りの状態で、部屋の真ん中の椅子に鎮座するルコリー。
「サユは父上と戦っておる。
3本勝負で、一本でもサユがとればサユが勝ちじゃ」
戸口に立つリリビィが部屋を出る間際に振り返って話す。
「何よそれ!
サユは城に着いた時点で戦える状態じゃなかったのよ!
そんな女の子と戦って何が面白いのよ!
ただのイジメじゃない!
何が誇り高い騎馬民族よ!
サイテーサイテーサイテーサイテーサイテー!!」
突然もたらされたサユの情報に、驚きと共に怒りが湧きだして思わず激高する。
立ち上がると、色々なアクセサリーがチリンチリン鳴ってうるさい。
リリビィは立ち止まり、左手に偃月刀を持ち腰に手を当ててルコリーを見る。
「父上にお願い事するのじゃ、それぐらいサユも覚悟の上ぞ。
強い者が生き残るのがここのルールと言ったであろう。
急な願いに父上は時間を作って会って下さったのじゃ、それだけでも感謝すべき。
剣を交えるに足る人物と認めて下さったと言う事じゃ」
「…父上父上って何様なのよ、あなたのその父上様は」
ん?とリリビィが首を傾げる。
その姿が今日一番年下の女の子っぽく可愛いしぐさだった。
「名乗ってなかったかの?
イルザーンと言えば分かると思うたが。
「赤の師子王」の4女と言えば分かるか?」
「はぁ、じゃあサユは王様を頼って、王様と戦ってるの!?」
あまりに突飛すぎるサユのコネクションに、ルコリーは椅子にその大きなお尻を落した。
「父上に勝てば、どんな願いも聞いてくれよう。
タウチットでもどこへでも龍騎で連れて行ってやろう。
だが負けたら2人は、城から追い出され歩いて東へ帰れ。
まあ、父上が負けるはずがない。
この部屋でしばしの休息を堪能するんじゃな」
憎らしく笑いながら、リリビィが部屋を出ていく。
………
………………
ノックの音がした。
その音で目が覚めるルコリー。
色んな事を考えているうちに椅子の上で眠ってしまっていた。
小さな窓を見上げると少し朱色を残した闇が覗いている。
リリビィが不機嫌そうに入ってくる。
「サユが一本取ったそうだ」
「え、じゃあ勝ったのね!
早く、早くサユに会わせてよ!
もうこの部屋にいなくてもいいでしょ!」
眉を寄せて、リリビィの顔がさらに曇る。
………
「サーユー!アンタ何考えてるのよ!
こんな所でくたばってどうするのよっっ!
私をタウチットに連れて行くって約束したじゃない!
くたばったりなんかしたら、
毎日墓を蹴飛ばして石ぶつけてやるんだから!
何とか言いなさいよおおおぉぉぉぉぉ!」
リリビィに連れられて来た部屋の前で叫ぶルコリー。
最後には涙を流して扉を叩いていた。
「おい、止めさせろ」
リリビィは兵に指示する。
父上と戦ったすぐ後、失神して昏睡状態になり息も脈も弱くなったと伝えた時、リリビィは胸ぐらを掴まれた。
10人の嫁を持つ父上には、多くの子供がいる。
4女で幼いが、兄弟の中では一番武芸に秀でている自分の胸ぐらを掴む者は、この国ではいなかった。
とにかくサユのいる所へ案内しろ、と言うので連れて来たらこの騒ぎだ。
バーキン家の相続問題の騒動は、ここアムルバーン城国まで届いている。
と言っても、斥候を使ってる王族の者の中だけだが。
この女、人の上に立つ者の資質は無いな、とリリビィは考える。
しかしどうすればここまで一傭兵に入れ込む事が出来るのか、を考えると興味が尽きない。
泣きわめいて暴れて、兵士を困らせているルコリーに向かって話す。
「案ずるな。
この国最高の医者達があの女を診ておる。
心配ない」
「なによぉ…こんな辺境の地の医者なんて…」
愛するこの地を見下した言葉に少し苛立つリリビィだったが、堪えた。
「ここは王の住まう城ぞ。
最高の医者がいて当たり前じゃ。
戦闘が日常のこの地で、数多くの負傷者を治療した謂わば猛者ばかりじゃ」
なだめすかしてルコリーを元の部屋へ戻す。
王族の自分が、こんな面倒の塊のような女の相手をしなければならないとは。
王の客でなかったら、会話もなく屋根の上で斬って捨てていたところだ。
サユという傭兵はよくこんな面倒な女とここまで旅をして来たな、と思う。




