第26話 ~樹海~ #3
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「あーあ、下っ端役人はツラいね。毎度毎度客人の汚物を洗うのも楽じゃない…」
早朝、樹海の端にあるバタキの町に着いた。
ここはもうシャイワール地方である。
そんな事を客人の前で言う人間だから、いつまでも下っ端なんだ。
井戸でボヤきながら袋を洗うジャハナーを見ながらそう思うルコリーだった。
私達は客人なのだろうか。
なにか肝心なところを、ジャハナーもサユも自分に伝えてない気がする。
聞きたいがサユは熱と痛みにうなされているし、馬車の中では話すどころではない。
「はい、食事と水ね。
ここから草原続くね、揺れマシになる」
ジャハナーが馬車に乗り込んできた。
防水袋と一緒に色々な袋を渡される。
「あの…ここからどこに行くのですか?誰に会いに行くのですか」
ルコリーが勇気を出して聞いてみる。
「お前は何も知らないか。ワタシからは何も言えないね。
ここからアムルバーン城国に向かう」
シャイワール地方について何の知識もないルコリーには、何の意味も持たない回答が返ってきた。
サユが身じろぎした。
「サユ、ご飯食べられる?」
『いらない』
「ああ、食事は少しずつ食べる。
その方が酔わないよ。
じゃあ出すよ、馬車」
時々龍騎を降りては歩く2人の兵士は、すでに先の方を走っている。
馬車は、質素で小さなバタキの町を後に走り出した。
馬車の揺れはマシになった。
ジャハナーがくれた酔い止めも効いて楽になる。
少しずつ食事をしながら、サユにも水につけたパンを口に運ぶ。
手に持ったパンをモソモソと食べるサユを見てると、ペットにエサをあげてる気分になる。
乗り物に弱いサユはやはり辛そうだ。
ルコリーは外を見る。
匂いがこもるとイヤだ、というジャハナーの理由で馬車の戸板はずっと開けたままだ。
広い草原に、大きなテントがいくつも並んでいるのが目に入る。
見慣れない西の景色を驚いて眺めていると、大人しかったジャハナーが話を始める。
「シャイワール、遊牧民多いね。
皆テントで暮らして季節ごと、移動する。
誇り高き騎馬民族、いっぱい居るところ。
皆龍騎乗って戦う」
流暢に話は続く。
「民族の王、いっぱいいたね。
でも今は「赤の師子王」様が配下にして、
シャイワールは平和になったね。
龍騎と気が荒くて強い騎馬民族、それを束ねる「師子王」様。
シャイワールの民はみな強い。
今に龍騎乗りまわして東の城国を傘下に収めるよ!」
きっと案内役の仕事をしている時は、客に同じ話をしているのだろう。
「しかし…」
と話は続く。
「アイマリース商会とかいうのが、王に商売で東と西を繋ごうと持ちかけている。
王もその話に乗る気ね。
だから東に出る気配、なかなか見せないよ」
また、アイマリースか!
タウチットから南へ西へとさらに版図を広げるつもりか。
さすが、鬼の師匠の姉だな、とルコリーは感心する。
さらにジャハナーは「赤の師子王」様がいかに強いかと、生い立ちを長々と話し続けた。
ルコリーはそれを聞くフリをして、サユの頭をずっと撫でていた。
膝の上にあるサユの顔にうっすらと汗が浮かぶ。
自分のようにクセが無く、真っ直ぐでツヤのある黒髪がキレイだった。
………
「あれね、あれがアムルバーン城国ね」
日が落ちて、あまり変わり映えのしなかった草原の景色は闇に包まれていた。
馬車が丘を登った時に、ジャハナーが声を上げる。
真っ暗な中、そこだけが異様に明るかった。
暗い森の中の焚火を思い出す。
高く積まれた砂煉瓦の城壁の中、四角い砂や泥で作った建物がびっしりと並ぶ。
その中心には。
「うわぁ」
中心にある高くそびえる城を見て、ルコリーは少し呆れて声を出した。
石垣の上に5層の城が立つが、その一層一層の屋根に、瓦の代わりに湾曲した角のような、牙のようなものが敷き詰められていた。
城全体がトゲトゲしい。
「雄々しいね、偉大ね、すばらしいね。
あれが我らの偉大なる「赤の師子王」様の居城ね」
少し興奮気味のジャハナーの言葉の中に、思いもよらない人物がいた。
「え、ええ?「師子王」って奴の城なの!?」
馬車が進むにつれて、ルコリーの不安と恐怖が高まって行く。
馬車は城門前に来ると誰何もなく当然のようにゆっくり開き、城へと突き進む。
「いや、まさか城の中に入るとは限らないし」
と独り言を呟いている間に、馬車は市街地を抜け内門を通る。
「城に入ったし!サユ起きてよ、サユ!」
『ん?』
ダルそうな声が帰ってくる。
「知り合いってホントに何者よ!なんか城に入って行くし!」
『あ、着きましたか』
むっくりとサユが起き上がる。
「これはどういう事になってるか説明してよ!」
ルコリーがサユの手を握って詰め寄る。
と、同時に馬車の左右の扉が開けられた。
「下りられよ」
10人ほどの鎧姿の兵士が馬車を囲み、そのうちの一人が声をかける。
サユは左の出口から、ルコリーは右の出口から兵士に担ぎ出される。
ルコリーはサユの手を放さなかった。
「サユ!」
『大丈夫、私が何とかするから少し待ってて』
必死でサユの手を掴んでいたが、兵士に引きはがされた。
サユは数人の兵士に囲まれ、杖を突いてフラフラした足取りで歩いていく。
「サーーユーーーー!置いて行かないでーーサユーーーーーーー!!」
ルコリーは必死で抵抗するが、屈強な兵士達に取り押さえられた。
数本の槍と腕で自由を奪われ、引きずれて行く。
それでも涙を流しながら、無駄な抵抗を繰り返す。
「サーーーユーーーーーーッッ!!」
突如引き離される2人。
西の王の住まう城で捕らわれの身となるのだろうか。
旅はここで終わるのだろうか。
次回、王城の空中で大刀がルコリーを処断する。




