第26話 ~樹海~ #2
蹄?
そうだ、この振動は馬だ。
馬の蹄が近づいている。
それも相当の大きさの。
「やべぇ、アムルバーンの軍だ!」
「逃げるぞ!」
残り少ない野盗は、連れ立って森に逃げ入る。
しゃがんだままサユは剣をしまい、杖を振って合図を送る。
馬を連れてルコリーが近づき、倒れるサユをそっと支えた。
「助かったの?」
『野盗は何とか。軍馬が近づいてる。
敵か味方か…
ん、もしかして泣いてます?』
「泣いてないわよ!
…ちょっとだけよ。
だって…だって生きてるかどうかわからなくて…
…心配で…」
たとえ何が来てもルコリーを森に逃がそうと決めた。
わずかな確率でも彼女だけは生きててほしい、とその腕の中で願った。
大きな音と地響きが大きくなる。
サユが生きていた安堵で一杯だったルコリーの心が、再び真っ黒な恐怖に塗り替えられる。
強い光を放つ二匹の大きな生き物が目の前で止まった。
光る魔法の石が眩しくて直視が出来ない。
光の中から野太い声が落ちてくる。
「何だ、これは。まるで戦場ではないか」
………
「命によりお迎えに来た。ワタシ、ジャハナー言うね」
馬車の中にいた、紺の身ぎれいな服を着た中年の小男がそう紹介する。
「え、えええ~~っ」
龍騎に乗った2人の兵士の後から、馬車が来た。
ルコリーは驚き続きであった。
まず、龍騎を初めて間近で見た。
大きく恐ろしい風貌、立派な角、逆巻くタテガミ、ギラギラ光る大きな鱗。
雑食の口は、馬具で閉じられていた。
そして、どこかの城国の軍と思われる、同じ兵装した男性2人。
トドメはその後に来た、馬車。
馬車自体は質素だが、龍騎二頭立てである。
これだけで、ただの出迎えでないとわかる。
一体サユはどこのどんな知り合いを頼ったというのか。
外で兵士に応急処置されたサユが、馬車に担がれて入れられた。
普通に座っていられない様子なので、ルコリーの膝を枕に横に寝かせる。
「アンタ達東の人ね。これ袋。汚いのこれに入れる」
ジャハナーと名乗った貧相な顔の男が、事務的に袋を渡す。
牛か何かの動物の内臓をなめして作った袋だ。
防水加工。
ここでトイレでもしろ、というのか。
この小男は変態なんだろうか。
が、馬車が動き出して全てを理解する。
「にゃああああああーっ」
龍騎は馬に似て、全く違う生き物である。
足に割れた蹄があり、退化した他の指もその後ろに見られる。
走るときは背中が大きくしなり、背骨の上下動が激しい。
最速の乗り物であるが、どれだけ頑丈な武将でも、長時間これに乗る者はいない。
いざ戦う時に馬酔いになっていては話にならないからである。
その龍騎の馬車が全力疾走で、悪路を走る。
乗り心地、なんて言葉は甘えに等しい揺れが襲う。
気絶していたと思われたサユの声が、太ももから伝わる。
『ごめん、酔う。てか吐く』
「私もこれは無理っ!吐くっ!」
目の前の小男は慣れているのか、2人に何の関心も示さず大人しく座っている。
ルコリーにはそれが小憎たらしく見えた。




