第26話 ~樹海~ #1
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「おい、お前ら運が悪かったな!」
「よお女だぜ、こいつら女だぜ、やったな俺達ツイてる!」
「有り金全部じゃ済まねぇな、何もかもむしゃぶりついてやるぜ!」
重い足音と鞘が鎧に当たる音、荒々しい男のおしゃべりで前方が一気に賑やかに明るくなった。
背の高い者低い者、汚れて黒ずんだ麻の服に胸当てだけや肩当てだけや、
長い間整えられた事のない髭や髪、無駄にアクセサリーの多い者、
色々な姿格好をした男たちがやって来た。
数は15人ぐらいだろうか。
見ればすぐに誰でも分かる。
野盗達だ。
ルコリーも馬から降りて、サユの後ろに隠れる。
くっつけた体から、サユの心の声が聞こえる。
『敵は松明か、ランプか?』
「ランプが4つ。
光る魔使石ね。
てか戦うつもり?こんなにフラフラで無理よ!」
サユの耳元で小声で、しかし強く答えるルコリー。
いつもの丁寧な話し方をしていないのは、サユが相当体調が悪い証拠だ。
『では降参するか?
言葉通りしゃぶり尽くされて、死ぬより辛い目に会うぞ』
「うう…」
こんな時男がどんな屈辱を強いてくるかわからないほど、ルコリーも子供ではなかった。
ここはフラつくこの剣士に従うしかなかった。
『ルコリー、私に抱きつけ』
「は?」
『早く。そしたら肩に顔を乗せて目線を私と同じにしろ』
ルコリーは抱きつく。
冷えた体にサユの体を暖かく感じる。
3日ほど服を洗っていない服からサユの体臭が鼻に入る。
それは不快ではなかった。
サユも同じように感じているのだろうか。
こんな状況だが少し恥ずかしくて、赤面するルコリー。
「お、何か始まるのか?」
「怖がらなくていいぜ、オジサン達がやさしくしてやるからさぁ」
ジリジリと近づく野盗達。
『目を貸し…』
言われる前からやっている。
ルコリーは周りの様子をくまなく見まわし、念を送っている。
サユは両手に8本のナイフを出すと、素早く投げつけた。
次々と4つのランプは砕け、魔使石が落ちる。
魔法の供給を失うと光が消えた。
「わっ、すごい!」
『モミジさんとの特訓の成果だ、
マインド・ソナーを打つ、伏せろ!』
ルコリーは伏せると、大人しく佇んでる馬の側に寄る。
かの人の名前を出す時に、サユの複雑な感情もルコリーには届いていた。
色んな思いを隠したその無表情な顔に、再び生きて会える事を願う。
サユは杖から剣を抜いた。
それは微かな音がして、2枚の刃が広がり両刃となる。
頭が朦朧とし、フラついていた体だったが剣を持つと意識がハッキリした。
日常では他人の手を少し借りないといけない体だったが、それでも。
私は剣士だ、目は見えなくても。
それ以外の生き方は知らないし、する気もない。
それを示す為にもこの旅を成功させたい。
『マインド・ソナー!』
コーーーンと、背骨を震わす微弱な振動が地を走る。
「何だ!今のは?」
灯りが消えた不安がさらに高まり、男達が動揺して声を荒げる。
「おい、暗いぞ!誰か灯りをっっ!!」
暗闇こそ私のテリトリー。
誰かが手探りで魔使石を探し当てる前にこの事態を脱しなければならない。
マインド・ソナーで全員のだいたいの場所はわかった。
手近にいた男を狙って舞い、斬った。
どこを斬ったか分からないが肉と骨を断つ感覚が手に伝わり、肉の塊りが地に落ちる。
「う、うぐわぁぁぁぁぁっっ
痛えいてええよおおおおおおお!!」
「何だ!?”出目金”の声か?
おい何が起こってる!?」
「ちくしょう、暗いぞ!」
「灯りを…」
「クソッただのガキじゃねえ、ぶっ殺しちまえ!」
長いアオザイの裾を回し、たなびかせながら次の男を斬る。
やはりどこを斬ったかわからないが、移動も出来ず男はその場で叫び声を上げて崩れ落ちる。
右往左往する男達にぶつかると斬り、声を上げた者を斬る。
時々木にぶつかって、オレギン達につけられた傷に響いて痛む。
恐怖が最高潮に達した男達は、手当たり次第に近くの者を斬り出した。
暴走した人間はやっかいだ。
『むっ!』
鈍くて型も太刀筋も何もない滅茶苦茶な剣や槍の振りが、まぐれでも肩や足を引っ掻く。
サユは少し離れると、剣を脇構えにしてしゃがんだ。
あとは味方同士で斬り合ってくれることを望んだ。
「おい、手前ぇ待ちやがれ!」
「待て!その声”ハゲネズミ”か」
「俺だ”金猿”だ!」
「なんだ、敵はどこだ!?」
野盗共は、正気に戻り始めた。
光る魔使石を拾った男が、魔法を込めて石をかざした。
「ひっ!」
野盗の一人が声をあげた。
味方だった血と肉の塊の中心に、全身を真っ赤に染めた少女が座っている。
光と長く伸びる影のコントラストの中、ぼぅと浮かぶその姿はこの世の者に見えなかった。
しゃがむサユはその振動に誰よりも早く気が付いていた。
何かが近づいてくる。
もう気力が尽きて立てない。
体中が痛い。
クラクラする。
もう何が来ても対応できない。
ルコリーの側にいよう、と思った。
彼女を森に逃がして、何とか時間稼ぎをしてみよう。
もしくはいっそ2人ともここで、とも考える。
2人で乗っていた馬の蹄の音がする方へ体をひきずっていく。




