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第25話 ~流転~ #2


 ルコリーは他の乗客に迷惑がかからないよう、馬をあやしている。

 馬の足元でサユはぐったりと俯いて座り込んでいる。


「ねえ」


 足でサユの足をつついて小声で話しかける。


「これって、タウチットと違う方向に向かってるじゃない。どういう事?」


 お互いの足を通してサユの心の声が聞こえる。


『20日使って、まだ半分しか進んでいません。

 しかも敵がしつこく、他にも問題が大有りです。

 よって、使いたくなかった最後の手段に出ます』

「何よ、最後の手段って」

『話の続きは船を降りてから……』


 そう言い残すと、サユはピクリとも動かなくなった。


 今日のサユの目隠しは、偶然か波模様の刺繍。

 ルコリーの方は、これも偶然か波のように4段のフリル連なる下着にしていた。

 水面にはほとんど波は立っていなかったが。


 サユがこんな状態ならゼルレグに付いて来てもらった方が良かったのでは、と思う。

 別れ際の照れたような満面の笑みで、大きな腕をブンブン振り回す姿を思い出す。

 悪い奴ではなさそうだが、やはり一緒に旅するのは無理だ、と思い直す。


 サユにも色々考えがあるのだろう。

 彼に出した指示は、私達が北へ進んだようにみせかける事だった。


………


 船を降りると、馬で西へ進む。


 右側前方にアルケン山と呼ばれる、高く美しい山が遠くに見える。

 その成層火山の周りには樹海が広がり、湖が点在する。

 樹海までは果樹園が広がり、のどかな風景が続く。


 馬を速歩で進ませる。

 足で馬の身体を強くはさんでいないとズリ落ちる為、

 これ以上スピードを出せる自信がルコリーには無く、


『血を流しすぎたか…』


 と背中でぐったりしているサユにもこれが限界だった。

 馬の動きに合わせて、胸が波打つ。


「話を聞きたいけど、大丈夫?」


 気を遣いつつも、この不可解な道程に不満を隠せないルコリー。


 背中に、あるかないか分からない膨らみと、筋肉とあばら骨がわかるサユの胸部から魔法の心の声が伝わる。


『うー、結論から言うと西のシャイワールの知人を頼って、

 そこから一気にタウチット城国に向かいます』

「ちょっ、シャイワールって蛮族の地じゃない!

 殺されに行くつもり!?

 それに遠回りすぎるでしょ!」


 東のフラクシズ・ソリドニア地方から見れば、

山や湖を隔てた向こうのシャイワール地方は未開で蛮族の地と言われる。

 ルコリーの持つ地図にも、フラクシズの隣に少しだけシャイワールが記されているが、

主要な都市が書かれているだけで街道らしきものは見当たらない。


『うー、だから最後の最後の選択肢で、一か八かの賭けなんです』

「無茶苦茶ね、なんだってそんな道を行くのよ」

『うー、では聞きますがあなたは地図を誰かに見せましたか』

「大事に持っとけ、って肌身離さず持ってたわよ」


 実際、お風呂に入るときも体を洗う時も、細長い革袋に入れて体に縛り、ほとんど手放さなかった。


『そう、私達の行く道は師匠と私達の4人しか知らない。

 ボロクの町の北からバルハカンの町までの道は、

 2人で迷ったように迷路みたいな道。

 それでもオレギン達に先回りされていた』


 ルコリーは山に入る時のモミジの言葉を思い出す。

 「ここからは、山歩きね。…迷わないようにね」と。


「ねえ、そういえばモミジさんは?」

『彼女は来ません。

 私達が西に向かってる事も知りません。

 バルハカンに閉じ込められているか、北に向かったゼルレグを追ってるでしょう』


 サユはハッキリと断定する。


『あのまま北東を、山道を進んでも街道を進んでも、

 敵の待ち伏せがあるはずです。

 私達の行程は敵に知られています。

 たとえ殺されなくても、相続会議には間に合わないでしょう』

「まさかモミジが…

 ねえウソでしょう」


 モミジと自分とは何か気が合わないと思っていた。

 しかしサユを気遣う様子は、2人の長い付き合いを物語っていた。


 サユの方を振り返る。

 口をへの字に曲げて眉を寄せている。

 それがウソだと言って欲しいのはサユの方だろう。


『ウーノスの待ち伏せは、あの道しか北に出る道がなかったから出来たのです。

 馬車を拝借してドズと戦うまでは、

 彼らは確かに私達を探しながらついてきました。

 だから最初から裏切っていたわけではないハズです。


 サンシャと出会ったあたりからが怪しいのですが、

 それでもあの人は私達に協力的でした。

 正直なところ、未だにわかりません。

 本当に裏切ったのならルコリーを消す機会は幾らでもあったはずです』


 サンシャと聞いて思い出す。

 サンシャがモミジに初めて会って戦う時、


「あいつらには、報告連絡相談て常識はないのかしら」


 とモミジは呟いた。

 その時は単に敵の統率を揶揄してるだけかと思ったが、もっと深い別の意味があったのかも知れない。

 裏切っていたとしたら、味方のはずのサンシャが挑んできたのだからさぞ驚いただろう。


『バルハカンの町の近くで、迷った私達とモミジさんと合流しました。

 その後すぐに出会ったのが…』

「オレギンね。

 そういえばあの時、周りに敵がいるとかでずっと隠れるように言われたけど。

 あれはウソだったのか…」


『迷っていつどこから出てくるかわからない私達と、

 偶然出会ったにしては不自然すぎます。

 とにかく敵は私達の行く道を知ってます。

 だから地図にはない道を行かねばならないのです』


 それからサユは、オレギンの目的が師匠である事、サユの腕試しで襲った事を語った。

 他に聞きたいことがあるルコリーだが、次の一言で会話は打ち切られた。


『ちょっと話し疲れました…』


 さらにぐったりとサユはルコリーに一層寄りかかった。


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