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第24話 ~崩落~ #3


「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いーーーーっ」


 泣き喚くルコリーの声が部屋中に響き渡り耳が痛いほどだ。


「気を張っていると、不思議と痛みを感じないもんじゃ。

 気が抜けると途端に痛くなる」


 恰幅の良い医者が事も無げに言う。


 サユ達3人は、バルハカンの町の医者の元に再び戻っていた。

 曇りガラスの外は、既にオレンジから暗い闇へと変わっていた。


「お前さんのケガは大したことはない。

 むしろ崩落した山から帰ってこの程度の傷で済んだのを、

 幸運に思う事じゃ。

 街は大騒ぎじゃったぞい。

 あの男が防壁を建てたから、町の出入りが難しくなったじゃろ。

 

 …いつかはあの廃墟は崩れると話していたが、

 まさか山ごと崩れるとはのう」


 医者がサユのベッドの方に向く。


「問題はお嬢様の方じゃ。

 打ち身の他に刀傷があるぞい。

 …あの崩落、もしやお主らのしわざじゃあるまいの?」


 お嬢様?

 昨日の医者の話を知らない、お嬢様と呼ばれたサユは眉を寄せる。

 医者の質問に答えるつもりはないし、声が出せないので答えられない。


 それより医者の言った「あの男」とは、朝に町の外で会った傭兵の事だろう。


 夕方町に戻った時、町は四角く削り5層に詰まれた岩の防壁で囲まれていたらしい。

 ルコリーの大声で助けを求めると、岩が下がりあの傭兵が出てきた。

 サユはほぼ意識を失いかけて、ルコリーの大声しか覚えていないが。


 傭兵の男の魔法は、岩など鉱石を自由に動かせる魔法のようだ。

 あらかじめ町の要所に大岩を埋めておいて、有事の時には引っ張り上げて防壁とする。

 岩や石を使う魔法を使う者は鉱夫や建築家に多いが、それらを使った防御特化の剣士がいても面白いと思う。

 どう戦うのか興味が湧く。

 傷が無ければ手合せしてみたかった。


「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いーーーーっ」

「ウルサイぞい、使用人!直に痛み止めが利く。

 やかましい使用人に無口なお嬢様か。

 いいコンビじゃな、まったく。

 おや、そういえばもう一人はどこに行きおった?」


 モミジの事だろう、医者は部屋を見回して探す。

その姿は見つけられなかった。


「まあ、よいわ。

 さーて、こっちは…傷が酷くなっておるぞ。

 もう一度、治療のやり直しじゃ」



 サユが片手をこちらに伸ばしてるのに気が付いた。

 隣のベッドのルコリーが手を握る。


『お願い、握ってていい?

 使用人さん』


 口に出さず、心で会話する2人。


『う、うん。

 って使用人て言うな!アンタは今偽ルコリー。

 訂正が面倒だから』


 少し、クスリと笑ったサユだが、直に顔をしかめる。

 治療の痛みに必死に耐えるサユを見て、ルコリーは黙る。

 

 ギュッと手を握り返した。


**************


 医者は治療が終わり、自室に帰ると考える。

 医師としての務めに手を抜いたり、小細工などはしていない。

 金払いの良い患者は親切に…

 いや、人の道から外れるような事はしない主義だ。


 だが掛け金を「相続人が現れない」に変えようと考える。


 商人の都市タウチット城国で、1、2を争う商家バーキン家の大スキャンダルである。

 周囲が大騒ぎになるのは当然。

 金のある者、暇な者が賭けの対象とするのはよくある事である。


 とにかく相続人の一人がまだこんな所でウロウロしてる。

 しかも山を崩す程の戦いをして先に進めずにいる、と知ってるのは自分一人である。

 もっと掛け金を増やそうか、と考えほくそ笑む。


**************


『ルコリー、起きろ!』

「にゃあっ……」


 眠り込んでいたところに、体中に不愉快な振動が走って声を上げる。

 だが手で口を塞がれ、その声を無理矢理押し込められた。


『静かにして。

 今から出る』

「はぁ、今から?まだ真っ暗じゃない!」


 軽い「マインド・ソナー」を体に当てられ、最悪の目覚めのルコリーが不愉快そうに声を荒げる。


『静かに!モミジさんの荷物からテントの布を出して。

 それ持ってここから出ます』

「モミジさんいないじゃん」

『…後から来ます。とにかく早く』

「???」


 モミジの荷物を漁っていると、サユは窓から外へ出た。


「そこから出るの、なんで?」


 外のサユが早く来いと手招きする。

 よく見ると目隠しもしていなかった。


「うう~重い~」


 ルコリーはテントの布を時々引きずりながら、深夜の町を歩く。

 夕方にこの町へ帰ってきた時は、山の崩落で騒然としていたが、今は全てが寝静まり静かだ。


 朝になれば町の者があの山へ様子を見に行くらしい。

 ドズの最後の撃ち抜きが見事だったのだろうか。

 彼らは、頂上の広場だけが綺麗に残った、潰れた饅頭のようになった山を見る事になるだろう。


「女子供の出歩く時間じゃないだろう。」


 野太い男の声に足を止める。

 前を歩くサユが足を止めたのを見て、急いで近づきその背にしがみつく。


 家と家の間の暗闇から傭兵が出てくる。

 半裸だった昼間と違い、シャツとズボンの上から大袖、胸板や草摺くさずりで武装していた。

 近づいてくると、ひっつめて後ろで括った黒い髪の頭が見下ろしてくる。

 

「こんな時間にどこへ行く。

 お前らは一体何者だ」 


『あなたの特技が役に立つ時です』


 サユが心に囁きかける。

 は、特技?何言ってるのだこいつは。

 わけがわからず黒髪の少女の顔を見つめる。


『いつものように大泣きして

 悪い奴らに追われているのです、見逃してください

 と訴えるのです。』


 そんな恥ずかしい事が出来るか!と返したかったが、

 獰猛そうな男の目、肩に担がれた銀色に光る反りのある刀を見てると恐怖心が湧いてくる。

 こうなればヤケクソだ。


「コワい…悪い奴らに…追われてりゅんですぅ…

 ここから逃がしてくだしゃい…」


 目の前の男が怖い、と思うと自然に涙が出てきた。


 男の目はあいかわらず鋭く疑いの眼差しだったが、表情を曇らせた。

 美少女の涙に迷い、何か考えているらしい。 


『すごいですね。

 将来は役者か悪女になれますね。

 もっと続けてくだしゃい』


 サユがからかってくるのに文句を言いたかったが、それより妙に落ち着いているのが気にかかる。


「とにかく。

 今の状況がわかるまで町からは出せ…」


 言葉の途中で男の身体が宙に浮く。

 突然の事に声も出せず、口を開けるばかりだった。


 「ぐげっ!」


 数歩先で男が頭から地面に落ちる。


 傭兵が立っていた場所には、さらに大きな男が立っていた。


あねさん姉さん、

 よくぞご無事で」


闇へ消えて行ったサユ達3人。

彼らが向かう先とは?

次回、2人の旅に大きな転機が訪れる。

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