第24話 ~崩落~ #2
2人抱き合って、建物の中へと転がる。
そこへ大量の埃と瓦礫が襲いかかった。
天井の大きな塊がすぐ側に落ち、床と共に遥か下に落下していった。
安全だと思われる所まで転がると、2人は立ち上がった。
ルコリーは自分の手が濡れている事に気が付く。
見ると血が付いていた。
「ちょっ、血が出てる!怪我したの?背中の傷が開いたの?」
『グダグダ言ってるヒマは無い。とにかく走る』
サユの言葉から丁寧さが無くなっている。
かなり良くない状態だとわかる。
気が付くと、自分の足からも血が流れていた。
折れてささくれ立っていた梁の木片が刺さっている。
不思議と痛みはなかった。
とにかく走り出す2人。
すぐに立っていられなくなる程の揺れが襲う。
大きな音にルコリーが窓から顔を少し出して確かめると、
最初に登ってきた建物が崩れていくのが見えた。
建物が崩れた後、ゆっくりと山が動き出す。
建物の押さえを失った山の斜面が、崩落を起していた。
その崩れが広がって、徐々にこちらに向かってきている。
「山が崩れてる!ここもすぐ崩れるよ!」
「ドズ、その下だ!ルコリーがいる!」
ルコリーが泣き喚いたのと、別の建物からフィアが指差して叫んだのが同時だった。
大きな揺れの中、サユはルコリーを引っ掴んで走り出す。
『敵からは私たちは丸見えのようだ。
とにかく走るしかない。
隣に行く通路がこの先にあるのか、わかるか?』
「う、うん!」
泣くのをぐっとこらえて、走り出す。
ドズの攻撃と山崩れと揺れが降り注ぐ中を、逃げていく。
2人は瓦礫を身体に受けて、土砂をかぶり、転んでは立ち上がる。
外からは
「そこだ、そこに居る!」
「ソコダヨー!」
フィア、サンシャの声が飛んでくる。
サユとルコリーに休んでいる暇は無かった。
いくつもの連絡通路と建物を超えていく。
先回りしたドズが、連絡通路の床を叩き落とした所で足が止まる。
遥か下に、別の建物の平たい天井が見える。
「うっそぉぉぉ」
『どうした、なぜ止まる?』
「床が、床を落とされたのよあのハゲに!」
「ハハッ、いつかの谷と立場が逆になったな。
このまま山に呑まれるといい!
ちなみに私はハゲてはいないぞっ!」
ルコリーの嘆きを面当ての中で笑い飛ばすと、ドズは通路の先へ走ってゆく。
「どうしよう…」
『………
天井はあるのでしょう?』
サユがルコリーの肩を組む。
「いや、待って待って無理ムリ!」
『上に出られる場所を探して』
「無理ムリムリムリ!
高すぎるって!怖いって!!」
『じゃあこのまま山に埋まって、
何百年か後に発見されて
”肩を組んでとても仲の良かった2人の少女の遺体”とか言われたい?』
「なんかそれは絶対イヤ!
他の人はともかく、あなたとは絶対イヤ!」
『じゃあ探せ』
「探すわよっ探せばいいんでしょっっ!」
どうせ死ぬのならサユと一緒の方がいい、と思ったが素直にそれを言うつもりはない。
2人は肩を組み走りまわる。
途中、ドズが落とした天井から土が入り、坂道が出来ていた。
上ると、青空の下に出る。
「うわあああああっっっ」
ゆっくりと土の雪崩を起して迫る山は、巨大な怪物そのものだった。
『怯むな。走り続けるしかない』
お互い肩を組んで、崩落していく建物の上を走る。
屋根の上を、瓦礫の上を、土の上を、時には崩れていく壁の上を走って行く。
連絡通路の屋根の上も駆け抜けていく。
普段のルコリーであれば、その絶景と高さに恐れおののいていただろう。
だが肩を組んだ2人は怯む事なく走ってゆく。
2人の心は背後の地獄絵図とは逆に落ち着いていた。
こうして肩を組んでいれば、2人はどこまでも行ける気がした。
………
「ハァハァハァハァハァハァ…………」
上へ上へと上ってきておそらくここが一番高い建物の最上階。
その階段のパネルの前に2人で息をついていた。
パネルには、「正門」「広場」の文字が残っていた。
別の建物から上がってきたというモミジも合流していた。
『フゥ…随分上がってきた感じね』
「ハァハァ ハァハァ…この上にハァ…本当の入り口があるハァ…みたい」
自慢のピンクの巻き髪はクチャクチャになっていた。
サユを見ると、頭から砂を被って上半身は茶色になっている。
きっと自分も同じような姿だろうと、ルコリーは思う。
2人の下の地面に血の滴が貯まる。
ドズの攻撃は止んでいたが、大きな揺れが続く。
「いずれここも崩れるわよ。先を急ぎましょう」
モミジはそう言うと、階段を上って行く。
サユとルコリーは肩を並べて無言でそれに続く。
階段を上りきると、大きな出口が口を開いて待っていた。
外の光が眩しい。
モミジを先頭に外に出た。
塀に囲まれた大きな広い空間があり、ここと左右の3つの建物が建つ。
左の建物からマフラーをたなびかせたフィアが、
右からはブーメランを振り回すサンシャが出てきた。
正面に崩れかけた門柱と鉄扉があり、その前に面当てを付けたドズが立っていた。
「用心の為にここにいたが、
まさかあの中を生き残るとはな!
だがその強運もここまでだ。」
くぐもった低い声が面当てから響く。
サユがロープを渡してきた。
『目を貸して、お願い』
ルコリーは黙ってロープを体に巻きつける。
サユはロープを通して細かい指示を与えていた。
その後、モミジに触れて言う、
『援護をお願いします』
2人は合図も無く走り出した。
サユが声をかける前に、すでにルコリーの身体が前傾して走り出していた。
サユは杖を振りながらゆっくり走る。
「サンシャ、ピンクの髪の女を片付けろ!」
「ゴハンヌキハイヤナヨー」
「あっ、サユちゃんは私のものだ!」
ドズ、フィア、サンシャも走り出す。
5人は広場の中央を目指して走っている。
ドズ達3人が攻撃の為、武器を振り上げる。
その時、サユはロープを放した。
サユは大きく足を振り上げ全力疾走する。
ルコリーの目で、目の前に障害物が無いのを確認済みだ。
魔法を全開で放ち、3人の動きを読む。
何度か走るサユを追い回していたドズ達だったが、手引き無しに全力疾走するサユはそれまでの比ではなく、想像以上の速さだった。
フィアとサンシャはその速さに出し抜かれ、攻撃のタイミングを大きく狂わされた。
サユは剣を抜き、鞘のシャフトを放り投げると大きくジャンプする。
斜め下に振り下ろされる半斧と、振り回されるブーメランの間をすり抜けた。
まさに紙一重の間一髪の隙間を。
両者の得物の風圧を感じる。
もしこれがルコリーなら胸とお尻を切り落とされていただろう。
天はこの時の為だけに、サユの胸の成長を止めたのかもしれない。
同じく、攻撃のタイミングを狂わされたドズ。
鎚を振り下ろす時には既にサユは懐深く入っており、
サユの剣は火花を散らして、器用に鎚の柄を滑って行く。
剣がドズの腹部を刺し貫いた時、
ありったけの魔法を込めた鎚が地面に振り下ろされた。
4人の周りに大きなクレーターが出現した。
サユはドズの太腿に足をつくと、剣を引き抜き振り上げた。
無意識に利き手を庇って鎚を手放したドズは、左手を吹き飛ばされた。
4人はクレーターの中に落ちていく。
サユはドズの体を土台にして横に飛ぶ。
「サーユーーーー!
ロープ、ロープ!」
あのおバカなお嬢様は、投げたロープの端を顔に当ててきた。
おかげで端をどこかに取り逃がす。
「もっと上、右、右、今度は左」
ルコリーの指示でロープを探し当てる。
「モミジ、手伝って!」
2人でロープを引き上げようとした時、
「させるかーーっ!
死ねっピンク女!!」
クレーターに落ちたショックからいち早く立ち直ったフィアが立ち上がった。
半斧を投げるために構える音が聞こえる。
壁を蹴って、フィアの声の方向に足を突き出す。
「ナイス、顔面ヒットー!」
ルコリーの嬉しそうな報告の後、
「ナヨーッ」
「ぐふっ」
フィアがドズ、サンシャの上に倒れたらしい音が聞こえた。
サユを引っぱり上げて、2人がサユに肩を貸して走り始める。
その時、大きな地鳴りと揺れが襲う。
広く砂煙をあげて山は崩れ、大きく形を変えていった。
………………




