第22話 ~創痍~ #2
………
町に着く頃には、日が暮れていた。
町に医者がいるのをモミジが調べていて、3人で押しかける。
明らかに刀剣での裂傷に渋い顔をした医者だったが、モミジは多めの心づけを渡すと、渋々ながら治療を行った。
魔法のあるこの世界、医者はヒールの魔法を使って傷はたちまち癒される、
なんて事はない。
医療の知識があり魔法で医療道具が使いこなせる、魔法で良い薬が作れる、
魔法で薬の浸透を早くする等の「職業魔法」を持つ者が「先生」と呼ばれる。
ここの医者は「浸透」の魔法の持ち主だ。
治療の間、廊下で待つ2人。
ルコリーは、いつも持ち歩いてるペンを手の上で回している。
「心配?」
ヒマを持て余したか、モミジがいつもの笑顔で聞いてくる。
「んーん、全然。
サユはこんなぐらい大丈夫」
ぐっ、とペンを強く握るルコリー。
「それより、2人とも意外とお金持ちね」
「少なくとも、今のあなたよりわねー」
と少し嫌味に口を曲げた笑顔で答えるモミジ。
確かに、財産を凍結され手持ちのわずかなお金しかない今のルコリーは、お嬢様でも何でもなかった。
「サユの剣とアーマーで、この仕事は報酬を超える大赤字なのよね。
それでも私達には強力なバックがいる」
「アイマリース商会ね」
ルコリーは即答する。
いつかサユが言っていた。
アイマリースの名を持つ学院の設立者と知り合いだと。
コンテリーガで成功を収めた商家が、タウチットへも進出を始めた。
バーキン家にとっては、大きな商売敵の登場である。
が、その頃に商売敵の名を持つ学院に入れられた。
ずっと疑問には思っていた事項である。
転校早々騒ぎを起せば、すぐに商売敵の学院から去れると考えたが、何故かいつの間にか”淑女”の見本とされてしまった。
結局居心地が良くなって、この3年をそこで過ごした。
「あー、まあ知ってるわよねー。
アイマリース家とバーキン家とで友好関係を結んで、
その証し、というか人質で送られたのがあなただもんね」
「え、そうだったの!」
3年の長きに渡る疑問が今簡単に解かれた。
「は、知らなかったの?」
大きく目を開けたので、久しぶりにモミジの黒目を見れた。
「はぁやっぱりお嬢様は違うわねー。疑問に思わなかったの?」
「思ってたし!
執事は何も教えてくれなかったし、学院の中じゃ何も出来ないし!」
「バーキン家の親子関係がなんとなく伺い知れるわね。
亡くなられたレイモンド=バーキンは、
5回結婚して5回離婚してたわね。
兄は最初の奥さん、あなたは3番目の奥さんの子。
親子関係はどうあれ、恋多き男よねー」
モミジが呑気にそう言えるのは、お父様を知らないからだ。
あんな厳格で怖い男に惚れる女がいるのが不思議だ。
いやお金目当てだったのか。
実母もそうだったのかしら、と思うとルコリーは少し暗い気持ちになる。
「しかし、よく知ってるわね」
「ん、それぐらいアイマリースとバーキン家は仲良くしてたって事よ。
この仕事の依頼も、今出てきた人物の中の誰かのものでしょうね」
「お兄様よ、お兄様だわ!
そうよ、それしか考えられない!」
「そうね、その可能性も高いわね」
笑顔で反応するモミジ。
「あれ、じゃあアイマリースとあなた達の関係って?
もしかして”アイマリース孤児院”て事?」
「んー、特に名前はないけど、そうとも呼べるわね。
師匠のお姉さんが、商会会長。
この仕事を私達に投げて寄こしたのも、その会長様」
「ほえーーー」
鬼の師匠の姉なら、あんなに事業を拡大していってても不思議はない、
と妙に納得した。
………
治療が終わって、面会可能と医者に聞かされるとモミジは外に向かう。
見回りをするという。
遅くなるのか聞くと、
「そうかもね」
振り返りもせず、そう言って出て行った。
部屋に入る。
外壁に黄色い壁が使われていた気がするが、部屋の中は全面明るい色の木造で、清潔感があった。
木のベッドが4つあり、そのうちの一つにサユと医者がいた。
患者は他にいない。
「面会と言っても、患者は良く寝てるぞい。
ワシは魔法照射の為にしばらくここを動けんぞい」
恰幅の良い初老の医者は、ルコリーの方を見ずに話す。
サユの寝るベッドを挟んで、ルコリーは医者の対面に座る。
「……?」
サユの頬に涙の筋があるように見えた。
まさか、泣いてたのかな?と思うルコリー。
痛くて酷い治療法だったのか聞きたくなって顔を上げた時。
「この娘、バーキン家の娘じゃろ」
「!!!」
医者に思いもかけない先制攻撃をかけられた。
「バーキン家の当主が殺されて、相続問題で色んな者が暗躍しとる、
とフラクシズ北部では噂になっとるぞい。
こんな田舎町にまで届くくらいにな。
お前さんはお嬢さんの世話係かね」
バーキン家の娘は自分だ。
ルコリーは本当の事を話すべきか迷うが、その前に男性と話すのは苦手なので医者を黙って見つめる。
沈黙を肯定と勝手に受け止めた医者は話を続ける。
「ここにバーキン家の娘が居る事は黙っておくから安心せい。
相続会議が10日後じゃったかの?
まだ肝心の相続人候補が現れなくて、色んな噂が飛びかっとる。
娘がイェンセンに預けられてるという噂もあってのぅ。
お前さん方が血相を変えて飛び込んで来て、ワシはピーンときたんじゃ!」
ルコリーは黙って話を聞いている。
「追い回されて、刀に斬られている娘なんてそうそうおるもんではないぞい。
しかし、ここからタウチットまで馬車で飛ばさなけりゃ間に合わんぞ。
どうするんじゃ?」
やはり、話せなくて黙るルコリー。
「……まあよい。治療は終わりじゃ。
薬が回って、明日は楽になるじゃろうて。
本当は、数日滞在して傷が塞がるのを待って欲しいのじゃが…
すぐ発つのじゃろ?」
ルコリーは黙って頷く。
「では、発つ時はなるべく他の者に見られんようにな。
寝るなら空いてるベッドを使うといいぞい。
ではおやすみ
…しかし娘が盲目じゃったとはのう」
独り言を呟きながらドアを開ける医者を見て、ルコリーは椅子を立って一礼した。
ピンクの巻き髪が垂れ下がり揺れる。
医者が扉を閉め出ていく。
礼をしたまま、全身包帯を巻かれたサユを見下ろす。
視界が歪む。
涙が溢れ落ちる。
止まらない。
自分の為にこんな姿になったサユに胸が締め付けられる。
苦しい。
背中を斬られたサユは右側を下にして、ルコリーの方に向いて寝ている。
イスに座り、シーツから半分出ていた手を握りしめると涙が零れ落ちるのにまかせる。
………
泣き疲れてサユのベッドに突っ伏して寝たルコリーの肩に、
いつの間にかシーツがかけられていた。
そしていつの間にかモミジが帰ってきて、ベッドの一つで寝ていた。
**************
山肌に寄りかかるように建造物が並ぶ。
全て荒れるに任せていた。
廃墟である。
その中に、一瞬人影が走る。
後は重い沈黙だけが残る。
夜空に明るく尾をひく「女神の涙」が、廃墟の中の闇をより一層濃くしていた。
11/30
「もう止めよう、サユ。
私、タウチットに着かなくてもいい!」
翌朝、サユに必死に懇願するルコリーの姿があった。
サユの変わり果てた姿に、ついにルコリーが旅の断念を口にする。
ルコリーの出した答えにサユはどう対応するのか。




