第22話 ~創痍~ #1
12/30
オレギンがサユの猛攻をすり抜け、動いた。
「ふんぬっ」
長いリーチの拳が、サユの腹部に入る。
身体が吹き飛び、2人を閉じ込めている鎖に当たって止まる。
ゲフッとむせるサユに今度は、横面を引っ叩く平手が飛ぶ。
彼女はよろけ、檻の支柱となっている木にぶつかる。
頭をむんずと掴まれると、木に後頭部を打ち付けられる。
全てはほんの短い時間の出来事で、剣を振る間をも与えられなかった。
意識を失いかけ前屈みで倒れそうになるところを、持ち直し踏ん張った。
踏ん張ったその体を、上から足が踏みつける。
強く地面に押し付けられサユの胸から、強制的に大きな息が吐き出される。
傷ついた背中を踏みつけるオレギン。
痛みの為、無言でもがくサユ。
「お遊びか、子供の、剣を振り回すだけの。
戦いたいのだ、俺はお前の師匠と。
つまらん、お前では」
次に顔を踏みつけたオレギンは屈んで目隠しを捲る。
「醜いな。
美しかった、お前の師匠。
お前は何一つあの方には及ばない」
暗い笑い声が落ちてくる。
いつの間にか手放していた剣を、腕に結んでいた紐を頼りに手繰り寄せるサユ。
シャフトはどこかに落として見つからない。
「終わりにしようか、なあ」
オレギンが鎌を振り上げる。
サユは剣を逆手に持ち、両手を顔の横に置くと、
踏ん張って顔を地面にこすりながら足の下から強引に引き抜く。
顔の左側を地面で擦り剥き、目隠しが取れた。
上半身を起すと、剣で振り下ろされた鎌を受け止める。
「やれるか、まだ。
いい根性だ」
顔が近い。
目の見えないサユでも相手のいやらしいニヤニヤ笑いが伝わる。
咥えたタバコの煙が目と鼻に染みる。
鎌と剣が離れると、お互いそれぞれの構えに入る。
オレギンは、得物を上段横に振り上げる。
サユは体を回転させながら立ち上がる。
破れたアオザイの裾が舞い上がる。
オレギンに向かって行くと見せかけ、敵のいない見当違いの方向へ進む。
両手に剣を持ち直したサユは、やはり見当違いの方向に刀を振るう。
「何だ、踏みすぎたか、頭を」
笑うオレギン。
先程もたれかかった時、木の太さがわかった。
自分の体の幅より一回り大きい太さだ。
大きい木ではない。
だが、自分にそれが出来るかわからなかった。
斬りつけた木がミシリと音をたてる。
サユは、その木にぶらさがった。
幹の大部分を斬られた木は正常な状態を保てなくなり、
サユが押す方向へゆっくり倒れて行く。
同時に絡みついてた鎖が緩んでいく。
ある程度傾いた木を離れたサユは、後は倒れていくのに任せ、
早足で鎖の檻の場所から離れていく。
剣で足元を確かめながら進む。
傷が痛む。
それでも足を止めるわけにはいかない。
ボロボロになって片肌が脱げたアオザイを破り捨てる。
ある程度進むと、振り返る。
倒木一つで倒せる敵とは思えなかった。
案の定、倒れてきた木の枝や葉を払って、オレギンが立ち上がってくる音がする。
大きな音を立て、檻を形成させていた鎖を魔法で素早く巻き取る。
サユは身構える。
次は2本の鎖鎌で来るだろう。
どう戦うべきか。
肩口で顔から滴る血を拭う。
「ああーおい、まだ残ってたんだぞ、半分。
タバコ。もったいねぇ。」
枝葉を掻き分けながらグチるとサユに向かい、
「おい、忘れ物だぞ」
オレギンが投げてよこしたものを、剣で打ち上げる。
音と感触でそれがシャフトだと気が付くと、落ちてくるところを左手で受け止めた。
オレギンの気配が消えていた。
「サユー、サユッ!
きゃあああどうしたのよ、すごい傷!」
もう聞き慣れたけたたましい声を聞くと、膝から崩れ落ちその場に座り込んだ。
「ルコリー、あまり触るな!サユ大丈夫か」
『オレギンにやられた…まだその辺りにいるかも』
モミジが周辺を警戒する。
『2人ともどうしてたの?』
しゃがんだルコリーにもたれかかり聞くサユ。
「あの猿みたいな男、強いの!?
「マインド・ソナー」を打ったでしょ。
その時にモミジさんが敵が来る!って言うから隠れていたの。
敵が周りにいる、って言うから動けなくて。
それよりもサユ!これって…」
「とにかくここに居てもしょうがない。
バルハカンまでもう近い。2人で運ぶぞ」
早口でまくしたてるルコリーを遮り、モミジが指示を出す。
2人に肩を支えられてサユは歩き出した。
**************
3人が立ち去った後に、ひょっこりオレギンが戻って来た。
背広のズボンに付いた砂埃を払う。
靴に付いた血は、サユの捨てたアオザイで拭う。
刺繍の付いた高級そうなその服には傷一つ付いてなかった。
「サユよ、見事だな、この切り口」
倒された木の斬り口を見て、さも愉快そうに笑う。




