第21話 ~奇襲~ #1
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人通りが途絶えた、町に近い山へと続く夜道で一人の男が立っている。
グレーのローブを着て、フードを目深に被って顔は見えない。
「ねぇ~待ったぁ~?」
鼻にかかった甘ったるい女の声が聞こえると、木々の間の藪の中から女が現れる。
女は男によりかかり、抱きつく。
男が何か囁くと、女が楽しそうに笑ってキスをする。
近隣の者に知られず、隠れて逢瀬を楽しむ町の男女だろうか。
深く長いキスが終わると、女は急かすように男の手をひっぱって歩く。
「近くに見晴らしのいい場所を見つけたの。
早く!早く2人で楽しみましょう~」
興奮気味の女に連れられ、男が山に入って行く。
しばらくすると女のとろけるような甘く熱い吐息が、木々のざわめきに混じって漏れ聞こえてきた。
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ベッドの上で、背中合わせで服を着替える。
着替えを除くと、サユに斬られるらしい。
10日以上一緒にいて、何を今さら恥ずかしがるのやら。
今日は、気分が良いので花柄に可愛いリボンが付いた華やかな下着にする。
服は洗って乾かしておいた、いつものパステルのトップスとカボチャパンツ。
そして、クチャクチャになっていた巻き髪にキレイにブラシを入れた。
完璧ルコリー様の完成である。
今日の目隠しは龍だろうか、長細い生き物が火を吐いている刺繍だ。
「ねー、その目隠しの刺繍なんだけど」
『まだ着替え中なんですけど』
身体が近いからか、直接身体に触れずにベッドを通して魔法で話すサユ。
黒いアーマースーツの上に、白く長いアオザイのようなスカートを重ねていた。
「なんかいっぱい種類あるわね」
『旅の無事を祈って、弟弟子達ががんばって刺繍してくれました』
「なるほどー。
それでクオリティに落差があるのね」
『ん?』
「なんでもない。食事に行きましょー」
………
宿を出て多少人の往来の多い、広いなだらかな山道を歩く。
荷を背負う馬に付いた鐘が、時折響く。
交渉に自信はないが北東へ向かう馬車が通れば、無理矢理止めようと張り切るルコリーだが、馬車が通る気配はなかった。
木々の少ない開けた箇所が多く、陽気な日差しに当たる事が多かった。
ルコリーの右の二の腕をサユが持つ、いつもの手引きスタイルで歩く。
サユは考えている。
ルコリーは何ともないのだろうか。
サユはカルデラ湖のバカ騒ぎ以来、彼女の声を聞くと気恥ずかしくなる。
胸のあたりが何故かモヤモヤする。
色々懸念する事が多いからだろうか。
そういえば、とサユは思い返す。
ルコリーは、すぐ怒ってすぐ泣いてすぐ喚いて困らせたが、大人しくなるのも早い。
大らかなのか細かい事を気にしないのか、それともバ…
「ねー何か考えてる?」
『え、あ、うん、色々と。
あ、あなた馬に乗れますか?』
「あ、乗れるわよー。
ゆっくる優雅に乗るのがお嬢様のたしなみだけどねー。
そうか私一人で馬に乗った方が、こんな旅するより早かったかも」
やはり、ルコリーはいつも通りだ。
フッとコロンの香りが鼻をかすめる。
胸の中のさざめきが大きくなる。
何かの病だろうかと、不安になるサユ。
「あ、うそーっ!おーい、おーーーいっ!」
ルコリーが突然興奮して大きな声を出す。
『うるさい!何が…』
何に興奮したか、相手の気配でわかった。
モミジさんがこちらに向かっている。
「やっと、会えたわねお嬢さん達。
バルハカンの町に繋がる道を行ったり来たりしてたら会えると思ってたけど、
正直疲れてあきらめかけていたよ」
謝ろうと、手を前に出してモミジを探す。
すると、
「ごめんなさい」
ルコリーに先を越された。
「えっ?何だ気持ち悪い!このコが謝ってきたわよサユ!」
「気持ち悪いって何よ!
謝ってあげたんだから素直に受け取りなさいよ!」
大声で怒るルコリーと、気持ち悪いを連呼してからかうモミジさん。
邪魔をするのも悪いので、静かに一礼だけした。
「まあ、仲良くやって来れたのだから良かったわよ。
小生意気なお嬢様が、
ボディーガードに切り捨てられる事件だけは避けれたわけね」
「小生意気って誰の事よ!」
怒るルコリーを笑顔のモミジが無視して話を続ける。
「バルハカンの町まで、一日もかからないわよ。
先を急ぎましょう」
………
昼になって往来の脇で簡易な食事をする者が多くなった。
同じようにサユ達も、モミジが町で買った食料で食事をする。
「ほら、ここからは登りで汗をかくから、水飲みなさい水」
「ほんがんぐふぐんぐ…」
「口に詰めすぎだ。ほら水飲め!」
無理矢理水を飲まされるルコリー。
仲良く会話する2人。
それを聞いてると、サユの胸のざわめきが大きくなる。
仲良くしているのは良い事じゃない、と自分に言い聞かせてる。
そんな事を考えてる自分を疑問に思う。
サユはあいかわらずの無表情だったが、
「サユ、気分でも悪いの?」
とルコリーに聞かれた。
それで少し胸のつかえが取れる。
彼女の腕に触れ、
『大丈夫』
とだけ答えた。
そこからは人の往来が多少あった道から外れ、小道に入る。
木々に囲まれ、陽が当たる場所が少なくなった。




