第20話 ~高揚~ #3
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ルコリーがボーッとしている。
下着を着替えていたサユは手を止め、ルコリーに触れて魔法で声をかける。
『何、ぼんやりしてるのですか』
「え、あー…キレイだなーと思って。
サユの体」
昨日とは変わって、快晴の空から朝日が差し込み、サユの体を白く浮きだたせている。
引き締まった体が織りなす光と影の調和が、美しい彫刻のようだった。
『ジロジロ見るな!お前はフィアか!』
「い痛い、痛い、ごめんごめんってか、あんな変態と一緒にしないで!」
サユの軽いチョップの連打が、ルコリーに決まる。
日陰に入った、真っ赤になったサユの顔はルコリーには見えなかった。
今日の下着は、ヒラヒラフリル付きのチェック柄。
目隠しの刺繍は、皮肉なのかカエルと雨のラインが入ったものだった。
『昨日から登りが続いてるわね。かなり上にきてるのでしょうか』
いつもの手引きスタイルで歩く2人。
ガサガサと地図を見るルコリー。
「んんー、この道じゃないかなー。
これかなー。んー。
なにかここだけ丸い線が引いてあるわね。何かしら」
ルコリーは顔を上げた。
「あ、あの岩の上に登ったら、何か見えるかも」
木々が途切れて明るい場所に出た。
「ちょっと待ってて。登って見てくる」
『落ちないでください』
背丈の4倍はある大きな岩だが、あちこちに出っ張りがあって登りやすそうだ。
楽勝だと元気に上るルコリー。
「にゃああああ!」
足を滑らせた。
危ない危ない。
何とか落下は免れた。
後ろから大きなため息が聞こえる。
「ちょ、ちょっと足を滑らせただけなんだから!」
岩の上から大きな声のルコリーの感嘆が聞こえた。
「わあああ!
ちょっとロープ貸して!
サユもここまで上がって来なさいよ!」
こんなところで遊んでるヒマなんかないのに、と思いながらもカバンにかけていたロープを投げる。
しばらくすると、ロープの端が頭の上に落ちてきた。
それを引っ張って安全を確認するサユ。
手だけ動かしてロープをするすると上る。
岩の上に上がると、前方が広い範囲で何もない空間だと風が教えてくれる。
ルコリーが右手を、サユの左手と繋ぐ。
「見て、サユも驚くから!」
魔法を集中させて、ルコリーの視覚に集中させる。
『ほぉぉぉぉ』
思わず感嘆の声を、心の中であげた。
空は大きく広がり、山々の連なりが遠くまで見渡せる。
足元はすり鉢状に大きく広く窪み、その底には青い鏡が広がる。
底まで見えそうな透明度の高い水が、空の青を映していた。
地面に広く穿たれた穴から、別の世界を覗き込んでいるようだ。
『カルデラ湖ね』
「へー、ここそんな名前なの?」
『いえ、昔火口だったところに水が貯まるのをそう言うの』
2人の間を、一陣の爽やかな風が吹き抜ける。
不思議な感覚がして、ふと左に顔を向ける。
『!!』
ピンクの髪の少女が見えた。
サユは目隠しを確認するが、付けたままだ。
何となく目隠しを取る。
「あ、ウソッ!傷が無くなって黒目があるよ、サユ」
『え、私にはルコリーが見える…』
「何これ………」
お互いしばらく見つめ合う。
『意外と美人なんですね』
「意外って何よ。サユはなんかすごく可愛くなってない?」
見つめあいながら、お互い頬を染める。
「な、何かしら、何かの奇跡でも起きたのかしら」
『ルコリーの見せたいって思いが強くて、
私も見たいと思う気持ちが強くなったから?
よくわからないけれど』
「なんでアンタの顔が変わってるのよ」
『これは多分、私が昔憧れてた人の顔。
ずっと憧れていたその姿をあなたに見せているのね』
「私は自分の顔が好きだから、多分そのまんまよ」
『あなたの鬱陶しい巻き髪も、こうやって見るとキレイね』
「あー、今は手入れしてないからクチャクチャよ。
やっぱり少し美人に修正しているのかも。
私はアンタの素の顔、嫌いじゃないわよ」
『これが?』
サユの顔が傷のある顔に戻る。
義眼に黒目が入っていた。
「うん」
『可愛いって言ってくれないんだ』
ピンクの髪の少女はニヤリと笑う。
「あー可愛い、可愛いよ、うん。
そんな事気にするなんて、サユも普通の女の子ね」
サユは口を開けて、肩を震わせた。
『アハハハハ、アハハハハハハハ!』
声が出ない分、心の中で大笑いしてる。
「フハハハハ、ハハハハハハハハ!」
ルコリーも可笑しくなってきて笑う。
空が七色に変わる。
花吹雪が舞う。
足元に白い花が咲き乱れる。
白い雪が降る。
蝶が舞い、鳥が踊る。
カルデラ湖は、色とりどりの花に囲まれ、水面に色々な景色が映り変わる。
『アハハハハ、アハハハハハハハ!』
「フハハハハ、ハハハハハハハハ!」
2人のテンションは最大にハイになっていた。
ルコリーの服が、ブルーの大人っぽいドレスに変わる。
サユの服が、レースとリボンがいっぱいに飾り付けられた白いドレスに変わる。
黒髪が長く長く伸びて、川のように流れなびいていく。
負けじとピンクの巻き髪がどんどん増えて、蛇のようにのたくっている。
ガラスの城が山間から姿を現し、
空から四角い石が降ってくると積み上がり、
ピラミッドが出来上がる。その上にさらに石が積み上がる。
時計塔がつくしのように生えると、太陽に向かって伸びていく。
ルコリーは気が付く。
湖の上に少年と少女が立っている。
あれがサユの憧れていた人かしら、と思ったその時。
湖上に長身で長い銀髪の男性が現れた。
「お兄様!」
男の元へ歩きだそうとすると、繋いでいた手に引き戻される。
気が付いて下を見ると、ずっと低いところに地面がある。
岩場から半分体を乗り出していた。
「にゃああっ!」
尻餅をついて後ずさる。
周りの風景は、元のおだやかで美しい風景に戻っていた。
透き通る青の水面の上には誰もいなかった。
「な、なんかすごく疲れたー」
寝ころんで上半身を起すルコリー。
『私も』
ペタンと座り込むサユ。
無表情に戻っている。
「でも、久しぶりに大笑いした気がする」
『私もー』
岩を通して、身体の下からサユの声が聞こえてくる。
そういえば、直接触れずに話すのは疲れるのじゃなかったっけ。
上半身をサユの方に倒して、その手に触れるルコリー。
『何?』
「笑ってるほうが、ずっと良いよ」
『可愛い?』
「あ、うん可愛い、可愛い」
笑って冗談めかして答える。
無理矢理笑顔を作るサユ。
「キモい」
ルコリーは手をつねられた。
「あ」
『今度は何?』
「村だ、村が見える!
ずっと向こうにも建物が並んでる!
えーと…」
地図を広げる。
「わーお!予定ルートに戻れたみたい。
あの先にあるのがバルハカンの町ね!」
『じゃあ、暮れる前に下りましょ』
それから2人は会話らしい会話はなかった。
いつもの手引きスタイルはしていない。
繋いだ手をブラブラ揺らしながら、山を下りてゆく。
宿に着いた2人には、久しぶりのまともな食事とベッドが与えられた。
オドオドと怯えながら交渉するルコリーと、未成年者2人という事で、宿の主人に不審に思われる一幕があったが、サユが金貨を見せると、とたんに待遇が変わった。
………
2人は肩を並べて寝ていた。
シーツの下で手を繋ぐ2人。
「なんとか湖?
面白かったねー。
私、興奮して寝られないかも」
『うん……あのねルコリー』
「ん?」
『河原でドズと戦っていた時、助けてくれて…その…』
「なに?
サユにしては歯切れ悪いわねー」
『ありがとう、助かった。
…嬉しかった。
て、ずっと伝えたかった』
もし灯りが点いていたら、赤い顔のサユにルコリーは大笑いしただろう。
「あーあれねー、なんで私もあんな無茶しちゃったんだろ。
もーわかんないや」
照れ隠しで、肩でサユの肩を押す。
サユも負けじと押し返す。
2人は肩を震わせて、笑いの息を漏らす。
さらにグッと固く握られる手。
肩を押し合いながら暫く笑い合って、徐々に静かになると、2人の寝息が聞こえ始めた。
一度は壊れた関係の2人だったが、長い試練の中で寄り添っていく。
次回、ついにあの男が動き出す。




