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第16話 ~血路~ #2


 振動がある度に横に飛びのいた。

 そうすればドズの魔法は避けられる。

 なんだ簡単じゃん、と思うと泣くのを止め周りを見る余裕が出てきた。


 剣戟の音は聞こえるが、滅茶苦茶に走り回ってサユやモミジがどの辺りにいるのかわからなくなっていた。


 振動が響かなくなった。

 ドズが魔法を仕掛けるのは意味がないと悟ったらしい。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………」


 息があがって、足が上がらなくなってきた。胸が苦しい。

 重い足音が徐々に近くなってくる。


 後ろを振り返る。


 もう、自分の身長の3倍ぐらいの距離まで迫って来ていた。

 面当てを付けたドズの巨体は、昔メイド達に聞かされた人を喰らう妖怪に見えた。


「ひっ!」


 再び涙が溢れるルコリーは動かない体に活をいれ、必死で逃げる。


「震・世・しんせかいっっ!」


 体が周りの土と一緒に、宙へ浮き上がる。

 ドズが広範囲に魔法を放った。


 顔から落ちたルコリーは胸を打つ。

 やはり、サユの隆起の少ない胸がうらやましい。


「フコーッ…フコーッ…フコーッ…」


 すぐ後ろから、くぐもった低い呼吸音が聞こえる。

 ボロボロになった土の上で、手足を滑らせてバタバタしながら、追跡者から逃れようとする。


 少し進むと、地面が無くなった。


「にゃあああああああっ!」


 段差があったのか、自分の身長ほどの高さのガケから下に落ちる。

 刹那、頭上からドスンという低い音が響く。


「ええい、手のかかる小娘だ!」


 振動で小さな段差の一部が崩れてルコリーの頭から降り注ぐ。

もし下に落ちなければ、今頃あの大きなカナヅチに潰されていただろう。

 怪我の功名で助かった命だが。


「う、うぇぇぇぇぇぇっ」


 地面の上にひっくり返っていたルコリーは、恐怖のメーターがついに限界を超えて振り切り、泣きだした。


 もう走れない、逃げ切れない。

 身体がいう事をきかない、立ち上がれない。

 ドズがその巨体を、ルコリーの横に落とす。

 ルコリーはドズを見上げた。


「お、おねぎゃい、だだずげで………」


 カボチャパンツが、生暖かく濡れていく。

 涙と鼻水と涎が顔の上を滑って行く。

 恐怖に支配されたルコリーの体は、コントロールを失い、ただ懇願の言葉しか出せなかった。


 ドズは、泣いて懇願する少女を見て少し躊躇した。

 やはり抵抗の出来ない幼い少女を殺す事に抵抗があった。

 これがサユのような剣士なら躊躇はなかったろう。

 だが仕事だ、と自分に言い聞かせて鎚を振り上げる。


 ルコリーは振り上げられた鎚の向こう、木々の間の間、そのせまい隙間から見えた。

 その姿が。

 太陽の下で舞う、白いその姿が。


 瞬間、ルコリーは横に転がった。

 四つん這いになるとジタバタ手足を動かしながら立ち上がる。



「くっくそっ!」


 何もいなくなった土の上に鎚を下ろしたドズが舌打ちを打つ。

 振り向いたドズは再び鎚を振り上げ、広範囲の魔法を放つ。

 四方の土はめくれあがり、土台を失った木々はメキメキと倒れていった。

 しかしルコリーは、大地の揺れや崩壊に翻弄されながらも真っ直ぐ走っていく。

 倒れてくる木々にも一向に注意を向けない。


 ドズは一瞬見せた自分の甘さに怒りを覚え、叫んだ。

 振り返って広範囲の魔法を放ち、ルコリーを翻弄させたはずだったが、

まるで何かに操られるように真っ直ぐ目的をもって林の中を突き進む。


 確かにあの娘はもう限界を迎えているように見えた。

 あの涙と懇願が芝居なら、相当な女優になれるかもしれない。

 女房の言葉を思い出す、いい女ほど泣くのが上手いと。

 平均的な容姿の妻だが、惚れた弱みか彼女の涙に何度も手こずらされた。


 いや、そんな事はどうでもいい。

 ルコリーは、少し斜面になっている地面の上を迷いもなく、一直線に上がって行く。

 大きなお尻が左右に揺れている。

 あの娘は安産型だな、と思うとドズは走り出した。



 サユは概ねフィアの攻撃を見切っていた。

 お互い血を流しているが、かすり傷程度で済んでいる。

 フィアもお喋りを止めて、真剣にサユと向き合っていた。


 次だ。

 次のフィアの攻撃で、敵の懐に入り込んで斬る。


 フィアの出方を待つ。

 そこへ。

 突然、右横からの力がサユに加わり横へ吹き飛んだ。



 もう彼女しかいなかった。

 喧嘩していた事など忘れていた。


「サーユーーーーーーーッッッ!!!」


 学院でも、その後も彼女が何とかしてくれた。

 いつも無表情で澄ました顔をして、丁寧な話し方でイヤミばかり言う。

 かと思うと、いきなり引っ叩いてきたりと色々腹の立つ女だが、目隠しをして小さな三つ編みを揺らして戦うその姿は今は、何よりも心強い味方だと認識していた。

 救世主のように思えてきた。


 サユに横から抱きついて2人で地面に寝転がる。



『ルコリー、放せっ戦えない!』


 魔法の声で叱りつけても、嫌々と首を振るだけ。

 まるで駄々っ子のようだ。


「サユッ助けてっ!サユッ!!」


 余程怖い思いをしたのは、偶然触れた濡れたズボンに触れてわかった。

 手が汚れた、と顔をしかめるサユ。


 とにかくルコリーを引き剥がし立ち上がる。

 が、ルコリーはサユの左足にしがみついて放さない。


「きいいいぃぃぃーーっサユちゃんから離れなさい、このメスブタ!

 ドズ!貴様こんなノロマな子豚もしとめられないのか!」

「う、うるさい!2人でかかるぞ!」


 フィア、ドズが同時にサユに遅いかかる。


 信じられなかった。


 2人の姿がハッキリ見える。

 顔はおろか、ドズの眉間の皺までわかる。

 いままで色んな他人の視覚を借りたことがあるが、ここまで鮮明な事はなかった。


 ただ、視点がひざのあたりなので、自分の視点に置き換えて、

魔法で拾う情報と併せて処理しなければならないので、頭がクラクラしそうだった。


 そもそも、視力を失ってから長い時間を経て、「見る」という感覚を忘れた。

 たまに人から「真っ暗な闇が見えてるの?」と聞かれるが、闇や黒さえ感じない。

 とにかく感覚がないのだ。


 そんな中で、「視覚を借りる」というのはかなり神経を使う作業だった。

 しかし、今は自然に視覚を受け入れられていた。


 三本の半斧の女、

大きな鎚を持つ巨人、

それを見上げているのは、ルコリーにとってはかなりのストレスのはずだ。

 それでも、目を逸らさず自分の「目」になろうとしている。


 木の上では、まだサンシャとモミジの駆け引きが行われている。


 手練れ2人が迫る。

 どこまで戦えるか疑問である。

 勝てる見込みはない、かと言って簡単に負けるつもりもない。


 この状況で、いつも無表情のその顔に、笑顔が灯っていた。


三者三様、乱戦の中でサユにすがるルコリー。

そして同時に襲いかかるドズとフィア。

2人の命運はいかに。

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