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第10話 ~術中~ #1

      22/30


「ひああああああああああぁぁぁ!」

『!!』


 ルコリーが道より下に落ちるのに合わせて、右手を掴んでいたサユが体勢を崩す。

 落ちる体を持ち上げようとするが、サユの足は既に道ではないところまで来ていた。


 サユは踏ん張ったが足場は崩れ、ルコリーと急な斜面を滑り落ちる。


 が、すぐに泥だらけの地面に着く。

 谷を滑落した訳でもなさそうだ。


 空気の流れがない。そして異臭が強い。

 これは大量の血の匂い。


「伏せろ!」


 サユが荷物を下ろし、杖から剣を抜く。


「ふにゃぁぁぁぁああ、体になんかくっついた!」


 ルコリーより前に出たサユの体や剣に何かが張り付く。

 後ろのルコリーが暴れ騒ぐ。


「取・れ・な・いーーーっ。糸!糸がいっぱいある!!」

『手を、目を貸せ!ルコリー』


 左手の、鞘でもある白杖のシャフトを後ろへ伸ばす。

 ルコリーが片手でそれを掴む。

 それだけの動きで、2人には何本かの糸が張り付いた。

 シャフトを伝って、ルコリーが見る周りの様子が感じられる。


 背丈の2倍はある高さの窪地に落ちたようだ。

 窪地はそれほど広くない。

 5回程ジャンプをすれば向こうの壁に届きそう。

 穴の中には無数の糸がめぐらされ、自分の背中の向こう、サユの正面に、大きな体の男が立っている。


「うわわ、こっこの間の槍の男…」


 先日、モミジさんが討ち漏らした男らしい。

 逃げ出せる程度の負傷だと聞いたが、今目の前の男は全身から血を吹き出している。


「…た…たし…け…て……」


 か細い声を出した男は、爆発した。

 正確に言うと、体を細切れにして大量の血液と共に辺りにまき散らした。


「ひああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ここで視界が途切れる。

 四散する男を見たルコリーが恐慌状態になり、集中が途切れた。


 無理もない。

 過去の戦争で多くの死体を目にしてきたサユだが、今の光景よりおぞましいものは見た事がない。

 吐き気がする。


「ひぁぁぁぁぁぁ…はぁぁぁぁっっ……」


 声にならない息を吐き出して、ルコリーが身をよじっているのを感じる。

 側に行って落ち着かせたいが、体に張り付く糸がそれをさせない。

 ルコリーも同じなのだろう。

 やがて気絶したのか、後ろが静かになる。 


「よう、お前がサユか。俺様はウーノスってんだ」


 前から声がかかる。

 肉や骨を踏み荒らす靴音が近づく。



 モミジは、窪地全体を見渡せる木の上にいた。

 サユ達が落ちるのを見た時、ドズ・フィアが近づいて来てるのも見えた。

 ここで姿を見せるより、敵3人が窪地に入れば逆に敵を仕留め易いと即座に判断、

木に上り、布の迷彩を変えて木と同化した。


「……?」


 窪地は自然のものではない。

 少し傾斜のある山道の途中にあり、その道を昇っていた自分達には気付かないようになっている。

 手荒く掘り下げられ、掘り起こされた土が乾ききらずに窪地の周りに盛られている。


 鎚で土を操るドズの仕事だろう。


 その盛り土の上で、敵2人は窪地の上で足を止め下を見下ろしていた。


 掘り下げられたその中は、血で染め上げられており、多くの肉片が転がっている。

 槍の男のものだけではない、数人分の肉片。

 何も知らずに山に入った村の者も犠牲になったのだろう。


「何だ!!

 俺様に向かってだんまり決めるとは、いい度胸だな!

 クソガキ!!」


 窪地の中は赤い糸が、縦横無尽に規則性無く張り巡らされてた。

 その中心で若い男が、声を裏返して怒りをぶちまけている。

 糸に触れた途端、動きが鈍くなったサユに対して、男は苦も無く歩いている。

 ウーノスと名乗ったそいつが、糸の持ち主のようだ。


 その男は城国の将軍の礼服のような詰襟のある服を着て、肩や腰に大量の白い糸を巻いた滑車が装着されている。

 耳や顔や、舌なめずりをする長い舌にはピアスや装飾具が目立つ。

 ブラウンの長めのウルフカットに金のメッシュが入った髪、整った顔のいい男に見えるが、下品な笑い方が全てをダメにしている。


「ウーノス、サユちゃんは口が利けないって聞いてただろ」


 狼を模した赤い兜を小脇に抱え、マフラーを首に巻いたフィアと名乗っていた女が窪地の上から代わりに答える。


「だまってろ!」


 ウーノスの注意がフィアに向いた時、モミジはナイフを投げた。

 男の頭へ直進していたナイフは、赤い糸を幾つか切断すると軌道を変えて男の足元に突き刺さった。


「うがっ!

 びっくりさせやがって!

 ドズ、フィア!!

 お前らはナイフ女を押さえとけ!

 この目隠し女は俺様一人で切り刻む。

 邪魔するんじゃねーぞ!!」


 窪地の上の2人は返事を返す事も無く、首を廻らし周辺の警戒を始めた。


 どうやら敵にも色々事情があるらしい。

 腕のたつ傭兵を集めるとよくある事情ではある。

 雇う側からすると、まとめ役を選出するのに苦労するという話はよく聞く。


 しかし夜にサユが襲われた際にはちゃんと連携がとれていた。


 もしかしてあの時にいたまとめ役が、今は不在なのか。


 サユと違って、色々考えるのは苦手だ。

 師匠と同じで直観で動く。

 サユも理性を捨てて、直感で動ければもっと強くなれるだろう。

 だがその身体と魔法の性質上、考えなければ戦えない。

 いつも師匠の近くにいて可愛がられているサユだが、最近はその強さの成長が、伸び悩んでいるように見える。


 それはおいといて。


 敵の事情はどうあれ、こちらには幸運だ。

 上の2人の相手をしている間に、サユには下の残念なイケメンを何とかして欲しい。


 モミジは物陰に隠れながら移動を開始した。

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