第09話 ~誘導~ #2
「もう疲れたー、だるいー、休むーーーー」
曇り空の中、村から北へ延びる道から森へ入る。
村人が生活する匂いから離れ、木々や土の匂いがする空気で肺は満たされる。
宿では機嫌が良かったのに歩き出すと、この女はこれだ。
『今度疲れたって言ったらチョップします』
「うっさいわ。誰かのわがままで歩かされていると思うと、余計疲れるんですー!」
手引きをしてもらうため掴んでいたルコリーの右の二の腕を放し、左手で軽くチョップするサユ。
「あう、…馬車が来たら無理やりにでも頼んで乗りこんでやるんだから!」
今日サユは、ルコリーの右後方に立って手引きされている。
モミジと話し合って、やはり右手に杖を持つのがいいのでは、ということになった。
というのも、杖のグリップから延びる紐を常に右手にかけていた方が、
誤って剣を落とす失敗が無くて良い、と指摘されたからである。
確かに左で杖を持ち、右で剣を抜いた時は紐を手に通しておらず、
剣を落としたら、無様に敵の前で這いつくばって探す羽目になる。
厳しい修行の中で、そんなドジを踏んだことはないが、実戦では何が起こるかわからない。
モミジさんに相談して良かった。
彼女は10人の兄弟子の中で一番親しく、いつも話や相談に乗ってくれる。
そのモミジは2人の後方に、魔法で迷彩にした布を巻いて、
大きな荷物を担いで、ついて来てくれている。
見る角度によっては盛り上がった地面が、2人の後ろをついて来ているように見える。
「ね、ところでさー」
ルコリーが尋ねる。
『何ですか?』
「その敬語、やっぱやめて欲しいわー。
いやそれよりも。
モミジさん、なんで狐のお面つけてるの?」
そうか、この数日は特に必要なかったから付けてなかったのか、とサユは思い至る。
『単純な話です。顔まで布で隠したら前が見えないじゃない』
今は迷彩色で判りにくいが、モミジは布を張り付けて装飾されたお面を付けている。
「あのお面、どこかモミジさんの顔に似てて笑える」
ルコリーは小声で話して、忍び笑いをする。
確かに、あのお面は以前「お前っぽいから買ってきた!」と、
師匠が東方に旅して来た時に買ってきたものだ。
それ以来ずっと愛用しているのをサユは知っている。
ここは注意した方がいいか、と思い
『お面に関しては、モミジさんの前で触れちゃだめです。
特に今みたいな反応をしたら、半殺しで済むかどうかわかりません』
サユが言う。
その言葉に、ルコリーは静かになった。
「ありゃー」
しばらく大人しくしていたルコリーが間抜けな声を出す。
『今度は、どうしたの?』
どうせまた疲れたとかのくだらない文句だろう、
と思いながらサユは聞き返す。
「大木が倒れて通せんぼしてる」
くだらない話ではなかった。
おまけに人の気配が近づくのを感じる。
しかも鎧を付けた者の音。
倒木の上を歩いてくる。
「また会ったわね子猫ちゃん達。
私の名前は、フィア=オルレノン。
”赤のお姉様”と呼んでくれてもいいのよん。
ねぇサユちゃーん。
今日の水浴び姿は感動的でしたわぁ。
まるで、白い天使が舞い降りたようだった。
その細い体に無駄のない筋肉。
全ての曲線が芸術だった!
今、思い出してもゾクゾクするぅ~~」
長い青い髪をなびかせ、その前髪の下にはギラギラとした瞳。
オレンジの服に赤い兜に赤い鎧、赤い半斧の女が倒木の上に現れた。
兜や鎧には、狼のような獣の飾りがついている。
変態が現れた。
だがサユは声に聞き覚えがある。
3日前の夜に脇腹をえぐって、背後から自分を殺そうとした女だ。
こんなにおしゃべりな女には思えなかったが。
「右に行く道があるよ」
ルコリーが震える小声で、サユに囁く。
『そっちへ』
2人は右の道へ入る。
「あら、サユちゃーんもういっちゃうのー。
お姉さんとお話ししましょう」
前に進む度に、フィアと名乗った女の話し声が少しずつ遠のいていく。
「朝の水浴び、私の忠告が正しいことがわかったでしょ。
どこに変態がいるかわからないものだし。
斧持ってるし、女だし。
キモい!」
怯えからくる怒りを持った声で話すルコリー。
『善処します…いや本気で気を付けます…』
サユは本当に深く反省した。
『あなたも何か合図をくれれば、心の声を私が聞き取ります。
さっきみたいな重要な話は、声に出す必要はないですよ』
と、サユが魔法で話しかけると、
『ばーかばーか、サユの変態、露出狂』
との言葉が体の中に伝わってきた。
ルコリーの二の腕を強く掴む。
『痛い痛い! サユ痛い!!』
「あ、また…」
『今度は何?』
「今度も木が倒れているの」
また、人が近づく気配がする。
木の上を歩く、重い足音が少しずつ大きくなる。
「我が名はドズ=ドホル。
サユとやら、私と戦え」
浅黒い肌に厳めしい顔。
剃りあげた前頭部に対して、後頭部からは長い髪を束ねて垂らしている。
銅の色をした胸当てに、鉛色をした大きな鎚を持った大男が倒木の上に現れた。
サユはその声に覚えは無かったが、モミジさんからもらった三日前に襲った3人の情報の中に、体の大きい男がいた。
多分道を破壊した男だろう、と予測する。
『何なの、さっきから?左に道』
ルコリーが右肘を当てながら、怯える感情と一緒にそう伝えてきた。
左にルコリーを押す。
その合図で2人は左にある脇道へと入る。
「完全に罠ね」
ルコリーが呟く。
『子供でも、ルコリーでもわかる罠ですね』
イヤミに反応してルコリーが右手で太ももを軽く叩いてくるのに対して、
二の腕を軽くつねって反撃するサユ。
「もしかして、前襲ってきた3人?」
『正解です』
ルコリーの質問に答えるサユ。
「同時に襲ってこなくて良かったんじゃない?」
『この先の罠でじっくり、て作戦かも』
「どうする?引き返す?」
『私達にそんな時間の余裕はないです』
「そーね、乗り物に弱い誰かさんのせいでー」
ルコリーの言葉を無視するサユ。
暫く2人は無言で歩く。
気配を消して少し距離をとって、モミジがその後に続く。
道を進むにつれ木々が多くなり、曇り空も重なって辺りは昼間なのに薄暗くなっていく。
サユは空気が重く、山の匂いとは違うものが風の中に混じるのを感じた。
気を付けて、とルコリーに注意を促そうとした時、
「ひああああああああああぁぁぁ!」
『!!』
ルコリーが道より下へ滑って行く。
突然の出来事にサユの反応は遅れた。
ウーノスの罠か!?
落ちていくルコリーの運命は?
次回、服が裂け血肉が切り刻まれる時、全てが明らかになる。
そしてついにルコリーが。




