第08話 ~宿屋~ #1
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「顔の傷って、その10年前の?」
特に何の考えもなくルコリーは聞いた。
聞いてからしまった、と思う。
女性の顔の傷。
これはモミジさんが言うようにかなりデリケートな話ではないだろうか。
それを軽く聞いた事に少し後悔する。
『……ん。寝る』
肯定のような否定のような、意外に短い答えが返ってきた。
サユはすぐに寝息をたてて、寝入っていた。
その速さに驚かされる。
「………」
ルコリーは暫く目隠しをずっと見つめていた。
………
「やっぱり傷見せてよ」
ベッドは2つしかなく、一つはモミジが既に寝入っている。
夜になって下着姿になった2人がベッドに座って、さあ寝ようかという時にルコリーが言い出した。
服は梁と梁の間にかけられたロープから、洗って吊るされてる。
宿にはたいてい蒸気屋さんが常駐しているか、
掛け持ちして回ってくる。
衣類やモノの水分を蒸発する職業魔法を持つ人である。
仕事中、蒸気をモクモクとたててるので、その名で呼ばれている。
明日の朝、この宿に来るらしい。
「その、イヤならいいのよ。
でも軽い気持ちで、とか興味本位でとかじゃない。
寝るのに、その…やっぱり邪魔じゃない。
変に気を使われるのもいやだし」
まあ、確かに。
気を使って今みたいにルコリーにモジモジされるのも気持ち悪い、と思うサユ。
サユが手を泳がせて、ルコリーの太ももに触れて手を置く。
『私はいいけど、驚かないでね』
「んん…保証はできないけど…それほどなの?」
ゆっくり目隠しをはずす。
ルコリーが緊張しているのがわかる。
長い前髪を片手で上げる。
『…………』
「………………………………」
ルコリーがサユの顔に両手でそっと触れる。
しばらく無音が続く。
「…こんな…酷い…こんなむごい事が出来る人間がいるの?…」
ルコリーの嗚咽が聞こえてきた。
サユは驚いた。
怖がられたり驚かれたりする事はあったが、泣かれるのは想定外だった。
むごさで言えば、この数日で何人かの男の頭を斬り割ったサユの方が勝っている。
しかし「深窓のお嬢様」には、顔の上に左右に走る裂傷の痕を見るのは泣く程怖いだろう。
『やっぱり泣き虫ですねぇ。
…えーっと、白目なのは義眼だから。
黒目入っていると、すぐ左右違う方向向いて直すのが面倒なのよね…』
熱いくらいの視線を感じる。
サユは段々恥ずかしくなってきた。
長い前髪を下ろす。
『えーっと…やっぱり目隠しして寝るから、泣かないでください』
「…ごめん、もう大丈夫」
鼻をすすって、顔を濡らす涙を拭くルコリー。
『やっぱり怖いでしょう』
自嘲気味に聞くサユ。
「だから大丈夫だって。
痛々しいと思うけどほら、前髪でほとんど見えないじゃない」
と、返ってきた。
ただのわがままお嬢様かと思ったら、
意外とそうでもないのかもしれないとサユは思う。
「誰にやられたの?」
『敵の、ガラントの傭兵。師匠に敵対してた男で私を人質にした時にグッサリと』
「すごい痛かったんじゃないの?」
『もう昔の事だし、小さい時のことですから。
確かすぐ気絶したと思います』
ルコリーがまた鼻をすする。
なにか気まずい。
『昔々、目を失なった少女がいました。
外にも出れず、部屋に籠ってばかりいました。
周りの大人達は気を使って、少女の気の済むようにさせていました。』
『するとある日、大きな女が窓から入ってきて、
少女を外に連れ出すと木刀を持たせました。
大きな女が言います、「やることがないなら木刀振ってなさい」と。
部屋に籠る事に飽きてきていた少女は、
言う通りに毎日毎日木刀を朝から晩まで振っていました。
これが師匠の出来る限りの最大の優しさだったんだから、笑えるでしょう』
ルコリーが真面目に話を聞いてる。
あれ? 笑えるところではなかったらしい。
『これが、剣士サユの誕生の瞬間だったのです』
「…………」
ますますおかしな空気になる。
こういう時に冗談の一つも言えないからクソ真面目なんだ、といつも師匠に笑われる。
『…ね、寝よっか』
「うん」
ルコリーは今何を考えているのだろう。
同情だろうか憐憫だろうか。
そんな風に思われてこれから旅を続けるなら、傷を見せるべきではなかったと思う。
2人並んで横になった時、肘に覚えのある柔らかいものがあたる。
サユがルコリーに突然抱きついた。
「!! ちょっと、何よこらっ!」
『これよ、夢だと思ってた!これだったのね!』
ルコリーの大きな胸に顔をうずめるサユ。
「ばかばかばかばか!離れろーー!!」
頭を何度もはたかれたが、痛くもかゆくもない。
『いやだっ。
女の子ってこんなに丸く柔らかくなれるのね、
あなたってこんなに無駄な肉が付いていたのね、
気持ちいい!!』
「無駄な肉じゃない!太ってなんかないし!
お前はエロオヤジかっ、変態変態変態変態!!」
頭を拳でグリグリされる。
しかし顔の前の気持ちのいい柔らかさの方に夢中で
気にならない。
ほんのりと甘いようないい匂いがする。
『ルコリーの為に傷を負って戦ってるのは誰ですか!
目に傷を負った可哀そうな可哀そうな私を慰めなさい!
こうして抱きついてるだけだから、
抱きついてるだけだからっ!』
ついに頭に肘打ちを入れられた。
本当にもう少しケガ人に優しくして欲しいと思うサユ。
「女同士でも気持ち悪いわーーーー!
さっきのわ・た・しの・な・み・だを返せーーーー!」
隣のベッドの喧噪にモミジは目を覚ます。
仲良くやってほしいものだ、いや仲良くやってるのかと思いながら寝返りをうつ。
「とりあえず、うるせーよ」
と呟いて再び目を閉じる。




