第05話 ~出立~ #3
日が傾きかけた頃。
ルコリーのグチどころか口数が減ってきた。
少し沈黙が続いた後にサユが聞く。
『なにかずっと手に何か当たるんだけど。
ねえ、リュックに何か付いてない?』
「…えーー…
あ、このリュック羽根付きなのよ!かわいいでしょ!」
ルコリーが少し元気を取り戻して答える。
『全く…命が狙われてる身で、派手な服装で羽根付きリュックって。
物見遊山のつもりかしら。
守るこっちの身にもなってくれない?』
「私の服の中で一番地味な服なんですけどー。
てかさー。
その白い長い服の方が目立つんですけどー」
『………あ』
自分の服については何も考えてなかったらしい。
ルコリーがイヤミのひとつも言ってやろうと体を寄せた時。
風向きが変わった。
サユは立ち止まる。
ルコリーもつられて止まる。
真剣、というより険しい表情に変わったサユが魔法で伝える。
『ルコリー、今から何が起こっても驚いたり騒いだりしないで』
「え、あ うん…」
ルコリーの腕から手を放したサユは、相手の体を軽く押す。
少し離れていろ、という意味に受け止めたルコリーは3歩ほど離れる。
サユは杖を地面に垂直に立て、身構えた。
サユの体から強い圧力が放たれたように感じた瞬間。
コーーーーーーーン
と、何かがルコリーの足から頭に突き抜けた。
一瞬動きと思考が止まる。
痛みはないが体の中を虫が走り抜けたような不快さがある。
驚きすぎて、声も出なかった。
『5人?敵が近い!
お願いルコリー』
「え、何今のなに?」
『秘技、「マインド・ソナー」。
師匠が名付けてくれました。
魔法を放って、敵の位置を調べました』
漁師の魔法に、海に魔法を放って海底の地形や海流等の機微の変化を感知し、
魚群のあたりをつける魔法「ソナー」がある。
多分それにちなんで名付けられたのだろう。
今日初めて海をちゃんと見たルコリーに当然、
「ソナー」の知識などある訳がない。
だが、同じ16の歳で「特技魔法」を使いこなすサユを、少しカッコいいなと思うルコリーだった。
『それより周りの様子をよく見てください』
サユがルコリーの肩に手を置く。
「また目を盗むのかー。
敵を見つけろなんて言わないでしょうね」
『盗むとは人聞きの悪い。
早く。周りの景色や地形をよく見て下さい。
地形がわからないと戦えないでしょ。
学院の裏庭みたいにウロウロ調べまわる時間なんてないです』
「わかったわよっ
んんんんんん~~~~!!」
サユは目を見開いて周りを見るルコリーの身体に意識を集中させる。
不鮮明だが、長い間一緒に住んでいる師匠より感度がいい。
視力が良いのだろうか。
集中力が高いのだろうか。
サユは周りの様子が見えてくる。
見えるというより感じるという感覚が近い。
視力を失って10年経つサユには、「目で見る」という感覚をほぼ忘れている。
運良く、この場所は道が平坦で木々もすくない開けた場所だった。
『ありがと、伏せろ!』
ルコリーはしゃがむと、胸を揺らしながら這って近くの岩に身を隠した。
「あああーーっみっともないクセがついちゃったじゃない!
これで敵がいなかったらアンタを後で殴らせ…」
「おい、ガキだ!ガキがいたぞ。おーい、あの男の言ってた通りだ!」
ルコリーは響き渡る野太い大きな声に驚き、
岩の影に大人しく体を縮めた。
用心しながら声のした方向を覗くと、
山の下方に続く獣道から頭も髭も毛むくじゃらの男が現れる。
薄汚れた麻のズボンに、
太った大きな体には寸足らずの羊毛のベストを着て、
大きな斧をひきずって歩いてくる。
「おっいたぜ、白い杖の女が。
近くに目当ての女がいるはずですぜ旦那」
やはり山の下方へ続く木々深いところから紺青の麻の上下を着た、
剣と丸い盾を持った男が現れた。
「おいおっさん…おっさん?
配置についたかよ!?
…チッまだ追いついてないのか」
毛むくじゃらの巨体が愚痴をこぼしている。
会話や行動からして、ただの通行人や猟師でもない。
「白杖の女」という情報を頼りに、
麓から山の上へ出られる最短距離を取って歩いてきた、
この近辺で生業をしている山賊か傭兵くずれだろう。
サユの方はと見れば…
杖を振って舞っていた。
「…………」
驚きあきれていたルコリーだったが、昨日よりまだ心に余裕があった。
青い空が茜色に徐々に染まろうというその時、
木々が暗い影を伸ばしていく中で、
わずかな隙間の光に照らされて踊る姿には、見惚れるものがあった。
ルコリーは必死に岩陰に縮こまりつつも、
サユの舞に見とれていた。
2人の大男達が、徐々に近づいて来る。
他人をバカにしたような、嫌らしい笑顔と共に。
グダグダのルコリーに手を焼くサユ。
次回、休む間もなくさらなる敵が現れ、波状の攻撃に翻弄されるサユ。
ルコリーという大荷物をサユは守り切れるのだろうか。