第36話 ~夕日~ #2
その思考を押しのけて急に湧き上がる記憶。
「明日も明後日もずっと2人は生きていくの!」
すがる様な泣き声。
「ばか!!
2人とも無事に明後日を迎えられるわよ!」
叱責する声。
アイツと約束したのに。
約束を違える事になるが、アイツが生きてこれから幸せに生きてくれたら、と願うサユ。
「ばか!!」
「ばか!!」
「ばか!!」
「ばか!!」
窒息する頭の中で繰り返されるアイツの声。
うるさいうるさい静かにしてくれ。
そう言い返すときっともっと怒るんだろうな。
ああ、またくだらないことでケンカがしたい。
そう思うと色んな事を想いだす。
アイツの笑い声。
アイツの匂い。
アイツのぬくもり。
もう一度、アイツを抱きしめたい。
思い出から想いへ、そして強い欲求へと変わっていく。
欲求は別のモノへと変換されていく。
『一点集中マインド・ソナー!』
湧き上がる魔力を相手に全て放つ。
オレギンの身体がビクンッと跳ね、サユの首から大きな手が離れる。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
呼吸困難から咳き込みながらも、相手の体を突いたままサユは走り出した。
大事な約束を守るために。
共に明日を迎えるために。
「ぐふぉおおおおぅっっ!」
オレギンが声にならない声を上げる。
男の背中がバーキン家正門正面の家の植木鉢や瓶やどこかの柱やらを、破壊しながら進んでいく。
地面の上を引きずられていく足を踏ん張らせる間も与えない。
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
身体に巻き付く鎖鎌が暴れる。
だがそれに傷付けられようともサユはその足を止めなかった。
オレギンの身体が家の壁にぶち当たった。
「ぐはぅっっっ!」
オレギンが盛大に血を吐く。
魔法で固められていたであろう壁が、大きく凹む。
『はあああっっ!
マインド・ソナー乱舞!!』
男の身体をシャフトで乱打する。
細かく何度も魔法を相手にぶつけて、反撃の機会を与えない。
マインド・ソナーに攻撃力は無い。
しかし先程の反応を見れば相手に耐性がないのが解る。
気力を削ぐのに十分である。
オレギンがあげる絶叫の合間に、彼のあちこちの骨の砕ける音が聞こえる。
全力の魔法と打撃を最後に打ち込むと、壁が崩れてオレギンが建物の中へ押し込まれる。
机やら棚やらを倒して、その巨体が転がっていく音を聞く。
崩れる壁を警戒して、サユは後ろへ下がった。
壁や屋根が崩れていく。
終わった。
きっと今日を生き抜いた。
壊れたシャフトと盾を捨て、身体に巻き付いた鎖を外す。
立っていられる力も残っておらず、その場で片膝を付く。
鎌を持ち上げてみると、かなり重い。
よくここまで引きずってこれたと思う。
それより、これを軽々と振り回していたオレギンの力量の高さに感心する。
その相手をここまで追い詰める事が出来たのは、自分が勝っていたからだとは思っていない。
色々な犠牲が追い風となって自分を後押ししてくれた。
手刀のように片手を前にだし、深く礼をした。
『多くの名もなき魂よ、浄化されんことを』
吹き抜ける風に傷が痛む。
アーマースーツは、主要な部分を残してほぼ引き剥された。
サンシャのビキニ並みに露出した肌は、血で染まっているだろう。
全ての力を出し切った。
気を抜けば倒れそうになる。
複数の人の気配が用心深く近づいてくる。
逃げた街の人達が剣戟が止んだので戻ってきたようだ。
「終わったのか?」
「うわぁぁ、私達の家が滅茶苦茶じゃない!」
「ひでぇ、血だらけじゃないか。
おい、アンタ大丈夫か」
近づく複数の足音に鎖の音が混じる。
肉を断ち、骨を斬る音。
「うわああああああああっっ」
「ぎゃああああああああああっっ」
手を挙げて「まだこっちに近づくな」と制する間もなかった。
もう離れたところに立つ人に声を届ける魔力も残っていない。
また市民に犠牲が出てしまった。
オレギンにトドメを刺せなかった、またその術を持っていなかった事を悔やむ。
家具を倒して瓦礫を掻き分けて、目と首筋にナイフが刺さったままのオレギンが這いずりながら家から出てくる。
「サァユゥゥゥッッッ!
まだだっ、
グハッゲボゴボグハゥッ
ばだ終わっでない!
砕いでも、身体の骨を全部、
俺にばある、鎖が、魔法が、
ごの命尽きる前に
ぜ、ぜめでお前も道連れにっ
グバカァァァッ」
オレギンが血を吐きながら恨み言を呟いている。
鎌が地を引っ掻きながら近づく。
それに連なる鎖が男の身体を引きずってくる。
二度とまともに歩けないぐらい体中の骨を砕いた。
大人しくしていれば、もしかしたら命が助かる可能性もあっただろう。
それでも命を懸けて最後まで戦う事を諦めない。
恐ろしいまでの執念に畏敬すら感じる。
しかしこの男を生かしておけば、身体は満足に動かずともその悪知恵と鎖でこれからも色んな人を巻き込み殺していくだろう。
ここで倒さねば。
ここでトドメを刺してヤツの死を見届けなければ。
不慣れな重い鎖鎌を構える。
オレギンとの間にどれぐらいの瓦礫があるかわからない。
攻撃をしかけても届かないかもしれない、という不安が大きくなる。
それでも立ち上がり武器を振り上げ、摺り足で前へ進む。
お互いわかっていた。
次の攻撃が最後の一撃となり、全てが決する事を。
いくぞ、オレギン。




