第35話 ~正体~ #2
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何か尖ったモノ4つが近づく感覚がある。
1つを盾で、3つを長剣で薙ぎ払うと4つの鎌が進む方向を見失う。
何かが目の前に立っている感覚があるので、それを右足を上げて水平に蹴った。
「いでぇぇぇっ」
オレギンが苦痛の声を上げて、横に飛んでいく。
鎌と鎖が地面を跳ねてガンガンと鳴る音と共に。
「ぐへぇっ肋骨が肋骨がぁ
ゲボォ…」
オレギンが吐瀉している。
周りの全ての状態が感覚として伝わってくる。
頭の中が情報で一杯になり破裂しそうだが、見えないよりも良い。
飛び跳ねると全ての感覚を失った。
しかし着地点にオレギン以外に転ぶようなモノはなく、地面までの距離もわかる。
目が見えなくなって以来、一人で自ら高くジャンプをするなんて初めてだ。
男のいる方向へ剣を振り下ろす。
だが、大地を斬ったのみ。
オレギンほどの強者はそう簡単には斬らせてくれない。
大地に立つと再び全ての感覚が戻ってくる。
オレギンは攻めてはこず、鎖をガチャガチャといじってる。
『んっ?』
左手の盾の近くに何か付いている。
右手で触ってみるとゴワゴワして、かつネバネバしたもの。
これは。
ウーノスの糸球では。
ジャンプの着地の時、左手で体を支えた時付いたらしい。
糸球は持ち主を失ってもかなりの粘着力があり、今度は右手にくっ付いた。
一定の期間、目的を持って魔法を込められたモノは「魔品」(マシン)となる。
光る魔使石や、この旅でずっとお世話になった傷用のテープもそうだ。
恨み憎しみを込め、魔法で作り出した剣も時として「魔剣」となる。
それがこの世界の摂理だ。
この半月ウーノスの魔法と共にあったこの糸球も、本人は亡くなったが「魔品」として残った。
サユの頭に閃くものがあった。
感覚を探ると、まわりにモサモサとしたものが幾つか落ちているのがわかる。
それをかき集めた。
このネバネバの元は誰かの血液。
アムルバーンの医者のようにこの血を入れることは出来ない、いや入れたくもないが。
この粘着力の体液ならば傷を塞いで止血が出来るかもしれない。
かき集めた糸球を、プレートがはがれた場所に押し付けていく。
止血されたかどうかはわからないが、傷の痛みがかなり和らいだ。
傷口が腐るかもしれないのが心配だ。
この戦闘を生きて終わらせたなら、即刻糸球を取って消毒をしたい。
「くそっくそっ!
約立たたずだ、死んだ後まで。
邪魔な糸くずめ!」
オレギンのほうは地面を転がった時に鎖に糸球が付いたらしい。
糸球を取り終えたオレギンはサユを見て失笑する。
「フッ、とうとう狂ったかサユ。
それとも油断させる気か、笑わせて、俺を」
オレギンが笑うのももっともだ。
プレートと糸を体にまとった女。
どう考えてもおしゃれには見えないだろう。
サユも苦笑いをする。
生死に関わらずウーノスは人の気を散らす才能に秀でた男だ。
この緊張した状況で少し和んでしまった。
対峙した2人は無言で音を鳴らし、得物を構える。
仕切り直しの合図のように。
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「つまり、お父様とルコリーの両方のサインが入っている証書があるのですね」
ヒースフレアがミサキに確認する。
「そうです、しょれが…
それがその証書です」
彼女はこの大事な場面で、ちょっと噛んだ。
ルコリーはミサキに急に親近感が湧いてきた。
「そんな証書、偽造に決まっている!」
「そうよ、そうよ!」
「僕は認めない!」
「これはアイマリースの陰謀だ!」
偽ルコリー一同が一斉に抵抗の声を上げる。
全身から薄く汗が噴き出る。
ここだ、と思うルコリー。
ここで自分が動かなければサユとの旅も、ミサキさんの援護も無意味になるかもしれない。
ただの汚れた服を着た可愛い女の子で終わってしまう。
無い勇気を振り絞って声を出す。
臆するな私、がんばれ私。
「ど、どなたか紙を下さいませんか。
私が今サインをして見比べて頂ければ全て明らかになると思いますわ」
ここ数日間忘れていた”淑女”たる話し方を思い出しながら、なるべく優雅に余裕のある声で発言する。
最初噛んだけど。
「もちろん、そこのお2人もサインをお願い出来ますわよね」
偽ルコリー達ににっこり余裕の笑みで話しかける。
実際にはぎこちない笑顔だったが。
3人に紙が渡され、ルコリーはいつも持ち歩いていたペンのキャップを外す。
一見して高級なモノだと分かる輝くペン先。
独特のインクの匂い。
価値のあるものだとわかっていたので、重要な要件でしか使用したことは無い。
いや入学の初日以来だろうか。
平生、高級なそれはルコリーの手の中で玩ばれるのが主な仕事だったが。
壇上のお歴々に次々と証書と3人のサインが渡って行く。
一番奥の、壇上で一番貧相に見えた男まで紙が渡ると、その男は声をあげた。
「いや、見事だ」
「そうでしょう、見事に作られた偽物でしょう」




