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貪食  作者: 鬱ほ
1/1

出会い



食べることは幸せなことだ

人間はみな、食べるという罪を犯して生きている

私も、例外ではない



某県某市、何の変哲もない汚いボロアパートで私は朝を迎えた

高校時代、ちょっとしたことから不登校になり、学校を辞め、家を追い出され…

いくつかのバイトを点々としながら今に至る

「こんなはずじゃなかったのにな、俺の人生」

そう呟いてもこの部屋にはこたえる者はいない


孤独であった、元来の物ぐさな性格が災いしてか、バイトは長続きしなかった

そんなものだから友人も出来ず、学生時代の少ない友人たちも私から離れていった


高校も出られず 定職も持てない そんな私を友人たちは避けるようになったのだ


職場とアパートをひたすらに往復する それだけの人生


何の喜びもない、そんな人生



今日も退屈な一日が始まる、そう思うともはや起き上がることすら億劫だった

しかし私がだらだらとしている間にも時は進む、重い体を無理嫌理に起こし、着替える


朝食を食べるのはとても面倒だ、朝のエネルギーは大事などと世間はのたまうが、朝食を食おうが

食わまいが私のやる気のなさは変わらない、それなら何も食わない方が幾らか得というものだ



「おはようございます…」

バイト先のコンビニ、私が挨拶しても返事をする奴は誰もいない

皆チラと私を見て、目を逸らす 居心地が悪いので早々に着替え仕事に入る


私の住む土地はいわゆる田舎、と呼ばれるようなさびれた場所なのでコンビニと言えど来客は少ない

たまに来る客も見覚えのある常連ばかりで新鮮みがない


しかし、今日は違った


もうすぐバイトが終わり、夕食はどうしようかなどと考えていたそんなころに彼は現れた

スーツを着て杖をついた紳士風な老人、よたよたと飲み物のコーナーへと向かっていき缶ビールを手に取った

そしてレジに商品を置き

「印でかまわんよ」

と言った

「は、あ、はい」

丁寧な物腰で高級そうな財布から小銭を取り出す老人は、片方の瞳を閉じていた

「あ、あの」

普段の私ならあり得ないことであったが、この時は何故だか無性に、目の前の老人が眼を閉じている

理由が気になった

「なにか?」

レシートを受け取りながら、私より背の高い老人は怪訝そうに答えた

「そ、その、眼の事なのですが…」

「………」

しまった、と思った

見下される形で私を見つめる彼の迫力にすっかり気圧されてしまった私は慌てて

「申し訳ありません!お気になさらず!」

なんて事を吐き捨て店奥に逃げ込んだ

まぁ、クビになってもいいかなと思いながら恐る恐るレジを見ると


そこにもう老人はいなかった



その日の夜 私は彼の事ばかり考えていた


一見すればただの紳士にしかみえない老人が何故ずっと片目を閉じていたのか 


そんなくだらないことをいつまでもいつまでも考えていた



休日 休日の私はといえばなけなしの給料を使いただひたすらに街を歩くだけであった

他にすることはなにもないのだが何かしなくてはならないという漠然とした焦りが私を

街に繰り出させるのだ

しかし毎週毎週そうしているうちにこの行為にも限界を感じてきた 

私の住む場所は別段都会ではない かといって田舎とも言い難いような中途半端な街な

のだがとにかく変化がない 先週と同じ景色が今週も広がっているのだ

最近では何も変わらないこの街につい自分を投影してしまい嫌悪感すら覚える


今日も吐き気を催しながら街を闊歩していた 

何かないか 何かないか と変化を探しながら歩くことにはまだ楽しさを見いだせていない

気づけば俯きながら歩いてしまう

「…あ」

ふと 顔をあげると 見つけた


装飾もなく 明かりもない小さな建物 そして 

<食事処始めました> 

と書いた小さな立て札


先週見たときはこんな建物はなかったし 建築している様子もなかった

そこに突然現れたかのようなこの店に 私はときめきに近い感情を抱いた



「こんにちは…」

ドアを開けると店内は暗く 人はいなかった 入口にはclosedとは書いていなかったが閉まっているのだろうか

とりあえず中に入り 戸を閉める 目を凝らして店内を改めて見てみるとやはり装飾らしい装飾はない

「…?…うわ…!」

しかし店内の奥 厨房らしき場所に見つけてしまった 


人形だ 幼い子供の形をした 人形

何故あんのものが厨房に そう悩んでいると不意に

「いらっしゃいませ」

と 何者かに声をかけられた

「うわぁぁ!!!」

本来なら店員が中に入っていた客に注文を取りに来たのだ とすぐに分かるのだろうが店の不気味な雰囲気に呑まれてしまったのか 叫んでしまった

振り向くとそこにはやはり店員と思しき風貌の初老の男性 なぜか身体が斜めに傾いていた

「どうぞ、お席へ」

男性は丁寧な動きで しかしなぜか身体は傾いたままで私を案内した

「あ…はい」

誘われるままに私は席に着く

「お客様、当店のご利用は初めてでございましょうか」

「え、はい、そうですが…」

妙なことを聞くものだと思った 質問自体は不思議でもないが 出来たばかりの店ならば大抵の客は初めてのご利用ではないのだろうか

「では、こちらにサインを」

差し出された紙にはこうあった



    本日は我がレストラン 開拓亭 をご利用いただきありがとうございます 

    つきましては当店のご利用に関して以下の点をかならずお守りください 

    ・当店に関する一切を他言しないこと

    ・出された料理をけして残さないこと

    ・食材等を持参する場合事前に連絡すること

    ・前記のことを破った場合の処罰には従うこと


     以上の事柄に同意していただけるのであればサインを

     していただけないのであればどうぞ、さようなら


「…?」

とことんおかしな店だ 料理を残さない や 事前の連絡 はまだ分かるがそれ以外のことに関しては全く意味がわからない

処罰とは何なのだろうか 罰金でも取られるのだろうか

「お客様?」

いつまでも紙をにらんでも仕方ない どうせ大した約束事でもない

私は軽い気持ちでサインをした


「ではシェフをお呼びいたしますので少々お待ちください」

そう言って男性は去って行った

シェフが直々に来るなんて もしかするとここはとてつもない高級な店のなではないのだろうか

あの規約も珍しい食材や希少な食材を使用しているからではないだろうか

手持ちはあるが 不安になってきた


「いらっしゃいませ」

先ほどの男性とは違う人の声


その主は先日レジで見た老人であった


「あ…」


「初めまして、私当店のシェフを務めております、岩城と申します」

どうやら老人は私のことを覚えてはいないらしい 安堵した

「ご利用は初めてとのことですので僭越ながら私が当店のご説明などをさせていただきます」

「よ、よろしくおねがいします」

やはり ここは高級志向な店に違いない 失敗した と思った

そんな私の心配を余所に老人は語りだす

「世にレストランは星の数ほどありますが当店はそういった有象無象の店とは違い、お客様に未知なる体験をしていただくことをモットーとしています。お客様は日ごろどのようなものをお食べになっているのでしょう?いえ、答えていただかなくてもかまいません、恐らくそれは珍しくもない、いわゆる普通、のしょくじでございましょう。しかし生きる上で常についてくる食という行為でこれはあまりにも退屈ではないでしょうか。人は刺激をもとめるものです、死ぬまで行われる食には、時に革命が仏要なのです」


後半は怒鳴るようになっていた老人の演説は 妙な説得力があった

「そのような快感をお客様に提供する、それが我々の使命だと考えております」

私は興奮していた この老人の語ることはまるで私自身の人生のようだったからだ

私は人生に退屈していた 刺激を求めた 今 それは目の前にある

「こちらは本日のメニューになります、食材調達の都合上内容は日替わりとなりますのでご了承ください」

渡されたメニューを開き 私は仰天した 

「あの…こ…れ…」

老人は初めてほほ笑み こう言った

「当店でお取り扱いしている食材は、人でございます」

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