第七話:祝勝会
研究所に戻ると、労いの言葉を受けると同時に身柄を拘束され、食堂につれていかれた。
俺が戻ってくるより先に吉報が届いていたようだ。
既にパーティの準備が済んでいた。
ユーリを初めとしたといった機体の開発担当者や、機体を構築する技師達。そしてパイロットや事務関係の人間まで、関係者のほぼ全員が集まっている。
食堂の自席に向かう途中に、ユーリが抱きついてきた。唇が近づく、顔を反らし頬に当たるように調整。
歓声があがる。
女性からは黄色い声が、男性からは呪われそうな怨嗟の声があがる。
「どうしてよけるの? 僕は唇がよかったのに」
俺にだけに聞こえるように小声で呟く。
「そういうのはとって置くものだ。ユーリを好きな人のために」
「僕”が”好きな人じゃなくて、僕”を”好きな人か、相変わらず残酷だねマテウス。こんなときくらい幸せな気分にしてくれてもいいのに」
ユーリは裾を翻し、自席に戻る。俺は呆然と立ち尽くす。
「早く席についてくれ、喉がからからだ」
「主任は、頭が良い分、男を見る目がない」
「シーゲルさん、露骨に嫉妬しすぎです」
周りの声でようやく我に返り、慌てて自席に戻る。
ユーリの挨拶が始まる。
「みんな今まで僕に付いてきてくれてありがとう。たぶんみんなブラオクーゲルが完成するなんて思っていなかったと思う。でも、僕らはやりとげた。
ブラオクーゲルは最強だと証明された。僕らが最高だと証明された。
僕はブラオクーゲルを、君たちを誇りに思う。っとまあ、話はこれぐらいにして、みんな飲もう。飲みまくろう。明日は幸いなことに休みだ。つぶれてくれて構わない。では、乾杯」
歓声が広がり宴会が始まる。
場のテンションが高い。ユーリの挨拶で空気が弾んだのがわかる。ユーリへの信頼や好意が伝わってくる。そういうのが少し、羨ましい。
ユーリのほうをみると、既に周りの人間に囲まれていた。ユーリが遠く感じる。
酒をあおると、安酒特有の据えた臭いがした。しかし、この味もそんなに悪くないと今日は思える。
「君は向こうに行かないのか?」
シーゲルが声をかけてくる。
「俺はここでいい。新参ものだからな。それよりおまえこそいいのか」
「ははは、そうだね。君と話をしてから向かうとするよ。とりあえず、ありがとう」
「感謝をされる覚えはない」
「いや、君だからこそブラオクーゲルはあれだけのパフォーマンスを見せた。撃墜王の名は伊達じゃないよ。ユーリさんに、最後の思い出を作ってあげられた」
「最後って何だ」
「知らないのか? 彼女は近い内に殺されるよ」
なんだ、その話は。
「本当か?」
「ああ、本当の話」
理由が思い当たらない。
ブラオクーゲルの活躍で彼女の研究は認められたはずだ。
ブラオクーゲルが量産されれば、戦争にだって勝てる。英雄と呼ばれても問題ない立場にいる。
「シーゲル。場所を変えよう」
「いえ、この場で話しましょう。この場であれば、よほど大きな声を出さない限りは、周りの騒音がかき消してくれます。それに君と二人で外にでると目を付けられてしまう可能性がある」
「……そうだな。いきなり本題に入るが、何が原因だ?」
「今のこの国の惨状を知っていますか?」
「ああ」
研究所に来る前に合った娼婦を思い出した。
体験だけではなく、数字としても犯罪率、失業率の増加や、飢饉の発生等、この国の状況は、日に日に悪くなっているのが伝わってくる。
「市民の間で革命に対する不満がでています。革命前のほうがましだったとね。どんな革命賛美のきれいごとをならべても、悲惨な生活が続けば、暢気に革命万歳なんて言えなくなりますから」
ある意味、当然の帰結だ。戦争がはじまったのもあるが、もっと大きいのが、政治の腐敗だ。
選挙に勝つために調子のいい公約を掲げる。そしてそれを実現するため無謀な金の使い方をする。選挙に勝つために大量の資金を使いそれを回収するために汚職に手を染める、そもそも自分に都合のいい法を作るために政治家を志すものさえ当然出ている。
この国の悪政はストッパーがかからず崩壊の一途をたどっていた。
「それとこれとどういう関係がある。メアを殺したところで金にはならない」
「この国の金銭事情はもうすぐ解決しますよ。戦争に勝ってネールフから何もかも貪り尽くして。
今、この国がほしいのは時間です。国民を宥めたい。その為に必要なのは、わかりやすいヒーローと、ヒールです。国民の感情を逸らすためにね」
「だったら、ユーリが英雄になればいい。ブラオクーゲルを開発したのは彼女なんだから」
「彼女は王族ですよ?」
ユーリを英雄に祭り上げれば、革命が起きたせいで国が貧しくなり、生き残った王族によって救われるという、あまりに都合の悪いストーリーが完成してしまう。
「邪魔だからユーリを殺すと?」
「殺されるだけではすまないでしょうね。私なら、ありとあらゆる冤罪を擦り付けて、王族に対して悪印象を与えます」
「所詮推測に過ぎない」
「ええ、そうですね。ただ、状況証拠が多すぎる。私をブラオクーゲルの開発者、君をパイロットとした愉快なポスターが大量に発注されています。見出し文を教えてさしあげましょうか?
”道楽王女のおもちゃを、最高の兵器に作り上げた天才”
”味方を庇い巨人を失った悲劇の撃墜王、新たな翼で飛翔”
しかも、彼女はもうすぐこの研究所を追い出されることが決まっている」
絶句する。なんだこの状況は。五分前まで天国に見えていたはずなのに、怪物の腹の中に変化している。
「理解していただけましたか」
「ユーリを助ける方法があるんだな。だから、俺におまえは声をかけた。違うか?」
「話が早くて助かります。ブラオクーゲルのオーバーホールを行います。そしてそれが終わりしだい、ブラオクーゲルでユーリさんと一緒に逃げてください。付近の基地からこの研究所まで距離がありますが、ルートを間違えなければクーゲルの速度ならネールフまで逃げきれます」
つまり、ユーリとクーゲルを連れてネールフに亡命しろと。
「おまえはどうする?」
「私はここで時間稼ぎをします。唯一追いつけるとすれば、ブラオクーゲルの予備機だけですから。細工して動けなくします」
「どうしてそこまで」
「ユーリさんが好きだから。それ以上の理由が必要ですか?」
ああ、必要がない。シーゲルと俺は似ている。ただ、俺と、シーゲルの向いている方向が違うだけで。
ただ、この場で返事をすることが出来なかった。
その話を実行に移せば、おそらく一生メアに会えなくなってしまうことがわかっていたから。
宴会が終わり、ユーリと部屋に戻る。
ユーリがシャワーを浴びている。水の音が気になり、考えがまとまらない。俺はどうするのか、ずっと悩んでいた。
「ねえ、マテウス。ちょっと君暗いね」
シャワーを浴び終わり、下着姿のユーリが後ろから抱きついてきた。ユーリは甘えたいとき、いつもこうする。
「ユーリ、どうして言わなかった」
「なんのこと」
「おまえが今後どうなるかだ」
「シーゲルかな。君に言ったの」
仕方がないというふうにユーリは肩をすくめる。
「僕が言わなかったのはね。言ってもどうしようもないから。こうなることは君がメアを庇って巨人を破壊されたときから決まっていたし」
淡々と告げる。まるで人事のように。その姿があまりにも痛々しくて、
「俺は、お前を助けてやりたい」
迷いがひとつ消えた。ユーリが望むなら一緒に逃げてもいいと思った。たとえ、もうメアに会えないとしても。
「おおかた、僕とブラオクーゲルをネールフに売れとでも言われたんでしょ?」
「ああ、その通りだ」
「確かに僕の命は助かるよ。でもね……」
メアは逡巡し、口をパクパクする。
頭を抱え、何度も独り言をいい、そしてようやくこちらを向いた。
「うん、やっぱり黙っているのはフェアじゃないから言う。死ぬほど悔しいけど。変なことをしなければ、君の夢は叶う」
「どういうことだ」
「このまま順調にいけば、君はメアと結ばれることが可能なんだ。それが知った上で僕と逃げてくれるのだったら僕は喜んでついていく」
意味が分からない。ユーリは泣きそうな顔をしながら続ける。
「まず、僕の未来予想図。ありとあらゆる悪罪をもって死刑。たぶん公開処刑かな? もしかしたら簡単に殺してくれないかも。というふうにすっごく真っ暗。
次に、君の未来予想図。君は、ブラオクーゲルだけで編成された特殊部隊の隊長になるんだ。僕が、そう調整した。そして、この前の選挙で勝ったメア・スーンの直属部隊に組み込まれる。
たぶんこの戦争が終わる頃には君と彼女は英雄になっている。そしてある程度、政治のシステムもましになってバラ色の未来ができあがっているはずだよ。
メアが君を振ったのは君が政治に役に立たないから、でもその頃には君と一緒になる意味ができている。僕はそういう流れを作ってきた」
言葉の一つ一つをまるで血を吐き出すような悲痛さでユーリは紡いでいく。目を逸らしそうになるのを必死に堪える。
「ありがとうユーリ。一つ聞いていいか。おまえが王族だから、おまえは殺される。俺だって同じじゃないか」
「違うよ。君じゃ宣伝にならない。君を殺すのも、道端で通行人Aを捕まえて王族ですと言って殺すのも変わらない。誰一人、君が王族なんて認めていないんだから。でも、だからこそ君は……」
結局、父も、兄も、そして妹すらも俺を王族としては見てくれていない。とっくの昔にふさがったと思っていた傷がまた広がる。
「改めて聞くよ。今の話を聞いて。それでも一緒に逃げてってお願いしたら、来てくれる?」
ユーリは、いつもの様子を装って聞いてくる。
俺の今後なんて言わなければよかった。
ただ、自分の惨状を言って泣きついていればよかった。
そうすれば、きっと俺は彼女を連れて逃げただろう。
ユーリはそれをしなかった。だから、俺は、
「俺はメアと生きていきたい」
ただ、誠実であろうと思った。
「うん、わかった、あれ、どうしてだろう、分かっていたのになんで泣いちゃうのかな?
ごめん。マテウス。僕は、最後まで、ずっと、ただ、僕は、君と」
言葉にならない。
立っていられなくなったユーリは俺を巻き込んでベッドに倒れる。
俺は、軽いはずのユーリの体を支えることができなかった。
馬乗りになったユーリは、俺の胸板をたたき続ける。
必死に声を押し殺し、涙を流し続ける。きれいな顔がぐしゃぐしゃになり、ただその顔が愛おしくて仕方がなかった。
「ユーリ、俺はおまえのことを愛してるよ」
優しく頭を撫でて呟く。
彼女の体力が尽きて眠りにつくまでずっと俺はユーリを撫で続けた。