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蒼鋼の人造巨人ブラウ・クーゲル  作者: 赤石たける/秋刀魚
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休章:メア

 私の家族は父だけだ。兄は居たが私と父を捨てて逃げ、母は殺された。王であるダリウス・ヴォルデによって。

 私は10才のとき流行病にかかった。

 その病は国全体に蔓延し、死亡するものも多かった。このときほど、死を近くに感じたことはない。

 誰もが、絶望していた中、吉報が入った。

 王ダリウスの命で結成されていた医療チームがワクチンを完成させたらしい。


「これで助かるわね」


 母がうれしそうに微笑んだのを覚えている。

 ワクチンは、国の要職についているものに優先して配られた。

 国民からは反感の声が挙がったが、国を運営していくのためにはやむなしとの決断だった。

 そちら側の人間である父や、母は喜んだ。私が助かると思って。

 しかし、その認識は甘かった。

 あくまで要職についている人間だけが対象であって、その家族までは対象に含まれない。

 なぜなら、身内が死のうが仕事はできるからだ。

 

 公平な判断。

 平時ならそう思っただろう。

 しかし、自分が切り捨てられる側になると人間は理性を失ってしまう。私の病状はひどく、公平な順番を待っていれば命を落とすことが確実だった。

 そして、母は罪を犯してしまった。賄賂や権力を使って私のために薬を用意してくれたのだ。


 その薬で命を長らえた私の隣に母はいなかった。時間がなく、杜撰な手段を用いた母の罪はあっさり暴かれ、逮捕されていた。

 そして、死刑を言い渡された。

 父を含め、たくさんの人間は、罪が重すぎると抗議するも、その抗議は受け入れられなかった。

 死刑が必要なのは理解できる。

 懲役や罰金、職を失うぐらいで身内を助けられるならと考える人間は掃いて捨てるほどいる。この行為は見せしめとして必要なのだ。

 しかし、心はそれを認めない。その行為で生き残った私も、そして誰より母を愛していた父も認めるわけにはいかなかった。

 一説では、この時の王の決断が後の革命に繋がったらしい、王は公平であるために数え切れない人間の恨みを買った。

 

 その頃から父がおかしくなりはじめた。

 権力に執着し、仕事にのめり込んだ。そして自分の後継者として兄に過大な期待をするようになり、それと反比例して私の存在が父から消えた。

 父の期待も、父の想いもすべて兄に向かっており、また優秀な兄はそのすべてに応えていた。

 ある意味それでもうまく回っていた。兄がなんの前触れもなく私たちの前から姿を消すまでは。

 そこから完璧に父は壊れた。


「メア。おまえがスーン家を守れ」


 私のドレスや、アクセサリーはすべて捨てられた。代わりに銃や剣を与えられた。稽古の時間は全て、訓練と帝王学に変わった。


「スーン家の人間は常に優秀でなければならない。おまえが女だからと言って家名に泥を塗ることは許さない」


 父は兄の代わりを望んでいた。優秀な後継者を。

 しかし、私のせいで母が死んで、弟が生まれることはない。

 新しい女を見つけるほど器用な人間じゃない父は、私に全てを押しつけるしかなかった。たとえ、女であっても。

 嬉しかった。


 兄しか見なくなった父が私を見てくれる。

 母を奪ってしまったことの罪滅ぼしができる。

 私が母の代わりに生きている意味がある。

 母が死んでからはじめて笑った。


 だから、あの日誓った。

 父が望む、誰にも負けない優秀な人間になろうと。

 その後、もともとの才能や、金をかけた教育、そしてなにより私の執念もあって、常にトップを走り続けた。

当然のように士官学校にも合格して、そのときはじめてあいつに会った。


「では、代表挨拶、レンツ・ビヤンキ」


 入学式では、主席合格した人間が挨拶をする。

 呼ばれたのが私でないことに衝撃を受けた。

 しかし、この時の私は、挨拶が女だと格好がつかないからだと勝手に決めつけて安堵していた。


 士官学校に入学後、その認識は否応なしに正される。

 勝てない、どうしても、血反吐を吐くほど、ほかの全てを投げ捨てて努力しても、レンツに勝てない。

 視界に写るあいつは、いつもヘラヘラ笑っていた。


 恐怖だった。

 このままでは父に見放される。

 初めて負けたときは、こんなこともあると慰めてくれた。

 次に負けたときは、がんばれば勝てると励ましてくれた。

 三回目からは、なにも言わなくなった。


 焦燥感。どうしようもないほどに。

 ここで負けてしまっては、私の人生に意味がなくなる。母の命に意味がなくなってしまう。


「やあ、スーンさん。俺はレンツ・ビヤンキ。次の演習は一緒だね。よろしく」


 直接話したのは初めてだった。

 握手を求めてきた手を握る。振り払いたいと思ったが、周りの目がある。

 優しく握り返すと、吐き気がした。


「ええ、よろしく」


 笑顔で答えると、レンツが頬を染めた。

 こういうことに疎いが、あまりにもわかりやすい反応で気が付いてしまう。

 こいつは私に好意を持っている。


 焦燥感に煽られて私は、ありとあらゆる手を尽くした。カンニングや、演習訓練時の八百長試合。果てにはスーン家の権力と財力を持ち出して買収や脅迫紛いのことにまで手を出しはじめた。

 そこまでやってようやく勝てた。ぼろぼろだった。心も体も。あいつに会ってから初めて勝てたのに嬉しいと思えなかった。虚しい。

 死んで欲しい。殺したい。あいつにも同じ思いを味わわせてやりたい。

 そして、しばらくたったある日。


「スーンさん。いいかな?」


 あいつに呼び止められた。


「忙しい。消えろ」


 この頃はもう、周りの目を気にする余裕もなかった。


「消えるわけにはいかない。大事な話がある」


 返事をしない私の手を無理やり引っ張って人気のない部屋に呼び出された。


「なに、告白でもする気」


 手ひどく振ってやろう。少しでもこいつを傷つけてやろう。そう決める。


「やめろ。ああいうことは」

「心当たりが多すぎてわからないわ。わかるように言って」


 カンニングかな? 八百長かな? 裏金かも? あ、それとも脅迫? こうしてみると最近勉強やトレーニングにかける時間減っているのも納得。裏工作に時間のほとんどを奪われている。


「君がやっている……」


 驚いた。

 まさか全部言い当てられるとは、次に来るのは大方正々堂々競おうぜ! とかそんなバカなお説教だろう。それでないなら脅迫だ

 こんな女に好意をよせる男がいるはずがない。


「やめるつもりはない。私は負けるわけにはいかない」


 レンツは黙り込む。次に何を言うか迷っているようだ。


「俺は君に負けてやる。だから、そういうことは必要なくなる。だからやめてくれ」


 あまりの想定外の言葉に、思考が止まってしまう。たぶん、阿呆のように口を開けて固まったと思う。

 こいつは何を言っている?

 正気に戻って、初めて沸き上がったのは怒り。気が狂いそうだった。

 私が、ここまでして、やっと手に入れた主席の地位をあっさりと譲ってやる。わざと負けてやるとこの男は言っているのだ。 

 舐めるな。見下すな。おまえは、おまえは!


「ええ、そうしてくれると助かるわ」


 唇を噛みしめる。血が出た。

 ここで、レンツを殴りとばすべきだった。それはわかっている。でも、駄目だ。

 このまま、裏工作を続けていれば主席でいることは可能だ。だが、私は駄目になる。スーン家にふさわしい能力が得られない。裏工作に費やす時間等、本来持っていない。


「ああ、だから君もあんなことはやめて、真面目に努力してくれ」


 代償に何も求めず彼は私に背を向けて立ち去っていく。

 その行為が私のプライドをより深く傷つける。いっそ身体でも求められたほうがましだった。


「あなたは、主席の地位になんの未練もないの?」


 どうしても、聞いておきたかった。

 私が拘ってきたものの価値、それを見失ってしまいそうな気がしたから。


「未練はある。本来なら何に変えても手に入れるべきものだった。でも、」


 そこで言葉を切って彼は立ち去る。

 残されたのは、呆然と立ち尽くす私だけ。


 奇声を上げながら、目の回りのものに当たり散らした。

 バラバラの花瓶、割れた窓ガラス。粉々に砕かれた木製イス。力つきて大の字になって倒れる。天井を見上げて泣いた。母が死んでから初めてだ。悔しい。私はなんなのだろう。


 その後彼はその言葉を守り続けた。常に主席は私で、次席がレンツ。

 そんなことが繰り返される度に苛立ちと、レンツへの嫌悪感があふれていく。


 しかし、その気持ちとは裏腹に、私は彼の気持ちが変わらないように、彼に媚びる行動を取るようになった。

 周りからは恋人同士と見られるようになり、何も悩まずに照れ笑いを浮かべるこの男を殺そうとした回数は両手の指じゃ足りない。


「ねえ、レンツ。最後は、最後だけは本気で勝負して」


 それは、卒業間近に私が放った言葉だ。どうしても言っておきたかった。

 たぶん、私は、私の目指した私は、こんな私じゃなかった。ここで言わなければ、もう二度と私は、自分の理想に届かなくなる。それはきっと主席の肩書より大事なものだと、やっと気づいた。


「本当にいいのか?」

「ええ」


 レンツが確認したのにも意味がある。

 最終試験は卒業時の成績における比率が大きい。今までの累積では私が勝っているが、ここで負ければ最終的に主席の座を奪われることになる。


「わかった」


 彼が頷いた。

 たぶん、この時はじめて、レンツ・ビヤンキに好感をもった。


 試験の結果がでる。見る前から結果はわかっていた。

 演習時のレンツの動きを見たがこの男は……


「主席おめでとう。メア」


 負けたくせにへらへら笑うレンツ。その態度にさらに怒りがわく。拳を握りしめる。手の皮を爪が突き破って血が流れる。

 確かに成績は、ぎりぎり私が勝っている。

 しかし、いつもは余裕を持ってわざと負けているこの男が、今回は本気を出したと見せかけるためにぎりぎりで負けるように調整した結果だった。

 誰よりも、レンツ・ビヤンキを見てきた私だからこそ、そのことがわかってしまう。


「ありがとう。本気のあなたに勝てて嬉しいわ」


 このとき決めた。

 私はこの男を人間として見ない。

 ただの道具だ。一生利用してやる。約束を破り、私の想いを踏みにじったこの男を絶対に許さない。それが、私が私であるために必要なことだから。


 主席卒業の人間は、はじめから自分の小隊を持つことができる。それも巨人を擁する部隊だ。

 戦場での花形だから注目度も高い上に、その性質上極めて損傷率も低い。


「がんばったなメア」


 久しぶりに父に誉められた。

 そして、父は私の小隊に優秀な人間を斡旋してくれると言った。

 一人目は、アーベルという古強者。

 二人目は、武家名門エリートのフリックス。

 気まぐれでレンツの行き先を聞いた。私と主席争いをした相手だということもあり、父も気にしていたようだ。

 レンツは、戦車兵に配属されたらしい。心の底から笑った。いい様だ。戦車兵なんてただの足止めにすぎない。活躍のしようがない。もう、あいつに未来はないだろう。


「その男が気になるのか」

「ええ、優秀な人だから」


 適当にぼかしたが、その言葉は嘘じゃなかった。

 白兵戦や、巨人の操縦技術は天才的だった。私が、嫉妬で狂いそうになるくらいに。


「こいつを引き込むのもいいかもな」


 父のその言葉を聞いて、自分の以外な心の動きに躊躇う。

 正直に言おう、私は嬉しかった。そして、そうするべきだと考えた。


「ええ、名門の出しか取り柄のないフリックスより、よっぽど使えると思う」

「わかった。そう手配するよ。がんばれよメア」

「ええ、がんばりますお父様」


 なぜ? 自分の気持ちがわからない。

 レンツのことは嫌いだ。

 それも、世界で一番。だが、そばに居て欲しいと願う自分が居るのを感じていた。

 わからない。自分の気持ちが。 

 一人になってからベッドに仰向けに倒れ込んで天井を見上げた。


「ねえ、メア・スーン。あなたは何がしたいの?」


 答えは返ってこない。私の外からも、中からも。

 目をつぶった。数年ぶりに優しい夢を見ることができた。


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