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蒼鋼の人造巨人ブラウ・クーゲル  作者: 赤石たける/秋刀魚
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第四話:出向

 目の前の敵を蹴散らし、周囲の状況を確認すると左翼に敵巨人の侵攻があった。

 そこにはメアの巨人もいる。 

 敵巨人との間合いはまだ遠いのにも関わらず、メアの巨人が足でタップをするのが見えた。

 まずい。早すぎる。

 声に出して制止したいが、そんなことをすれば、ただでさえ絶望的な攻撃が敵に悟られてしまう。


「はあぁあぁぁああああ!」


 メアの巨人が一気に距離を詰めようとする。

 しかし、距離が遠すぎ、相手の巨人が射線を隠すブラインドの役割を果たさない。

 敵戦車の砲撃を肩にうけ、右腕が吹き飛び、メアはバランスを崩し転倒。転倒したメアの巨人は、それ以上の追撃を防ぐために再度、装甲にエーテルをまわし、青く点灯する。


 当然、その隙を相手が見逃すはずもなく、装甲にエーテルを割いたままゆっくりと距離を詰めてくる。。

 メアの巨人が起き上がれないと見て、増援を防ぐため、支援射撃を継続させているからだろう。

 援護にいきたい。

 メアを助けるためには、この銃弾の雨のなか、ノーガードで全力疾走する必要がある。一瞬の逡巡。そして、


「メアぁぁぁぁああ」


 地面スレスレまで姿勢を落とし走るというより滑空するイメージで突撃する。頭の上を銃弾が通り過ぎていく。

 敵の巨人は支援射撃の中、突っ込んでくる巨人がいるとは想定していないのか、こちらには気が付いていない。

 メアの巨人と敵巨人の距離はほぼゼロ。敵巨人は、とどめをさすために、大槌を降りあげている。敵巨人が大槌を振りかぶるのに合わせて、視線射撃がやんだ。


「こっちだぁ!」


 メアから意識を逸らすために、あえて大声で叫ぶ。敵の意識がこっちを向いた。奇襲に持ち込みたかったが、こうでもしないと、こちらの攻撃が届くよりも前にメアの巨人に大槌が降り下ろされてしまう。

 さきほどの巨人に大鎚が持っていかれたため、こちらに武器はない。低空姿勢のまま相手の足下にタックルをかます。

 機体は両者ともに転倒。

 激しく、マウントポジションを取り合い転げ回る。

 お互い、確実にマウントを取るため、全エーテルを運動系に回して力比べになる。


「とった」


 そしてマウントッポジション制したのは俺の機体だった。

 装甲は破壊できないだろうが、中の人間にダメージを与えることを期待して拳で殴りかかる。

 一発、二発と殴るたびに相手の装甲が歪んでいくが、三発目殴った後に、相手の機体は青く点灯しはじめる。

 こちらに、相手を破壊するすべがないことを判断しての対応だろう。

 内心で舌打ちをする。

 対応をしあぐねていると敵の支援射撃が再開した。

 それに気がつき、こちらも装甲にエーテルを注ぐが対応が遅れた。

 左肩と右肘から先をもっていかれ崩れ落ちる。制御ができない。


「ふざけやがって! ぶっ殺してやる」


 さっきまで亀のように固まっていた敵に蹴りとばされる。

 俺の巨人は、二度、三度と転がり、体制を立て直そうとするが、うまくいかない。なんとか膝立ちの状態まで持ち直す。

形勢逆転されてしまった。

 しかも激高しているように見えてちゃんと計算しているのか俺の機体は味方の射線を塞ぐ位置にいた。


「死ねえええええ」


 降りおろされる大槌。

 ぎりぎりで機体の制御が戻り、膝立ちのまま、上体を右に逸らす。

若干だが機体が傾き、相手の大槌はこちらの肩を貫通し太股をたたきつぶしようやく止まった。コックピットははずしたが、俺の機体が二度と動くことはないだろう。

 ただ、相手は機体を壊しただけでは満足しないようだ。もう一度大槌を降りあげている。

 死を覚悟した。

 しかし、いつまでたっても大槌は降りおろされない。

 不思議に思っていると相手の機体が崩れ落ちた。


「大丈夫、レンツ!」


 どうやら、メアが俺に気を取られていた敵機を撃破したらしい。


「命だけはな」


 軽口をいったがおそらく聞こえていないだろう。

 俺はコックピットをぬけだし、基地に逃げ帰った。

 命が助かったが喜べない。

 なぜなら、俺の失業はほとんど決まったようなものだからだ。


 結局、俺が基地に逃げ帰った後も仲間たちが善戦し、味方の増援が来た瞬間に敵は撤退してしまったようだ。

 こちらの損害は全部で、死傷者十八人 負傷者 五十一人 戦車十三台そして、巨人二機。

 これから起こることを想像して頭が痛くなる、すでに中隊長からの出頭命令が下っていた。


「よう、レンツ辛気くさい顔をしやがって」

「アーベル。自分の首が飛ぶかもしれない状況で笑っていられる人間なんてこの世に存在しない」 

「仲間かばっての結果だろう? 首になるのはおまえじゃねえよ。下手をうったあのくそ女だ」


 確かにアーベルのいうことには一理ある。

 しかし不快だった。どうしようもないほどに。


「撃破されたのは俺だ。ただそれだけだ」

「てめえが言わねえなら、俺が直に談判する。だから」


 まるで自分のことにようにアーベルは怒っていた。友人としては嬉しい。だが、今回に限っては、


「余計なお世話だ。俺は行く」

「レンツ、俺はおまえのために言っているんだ。わかっているだろ? このままじゃどうなるかぐらいは」

「ありがとう。気持ちだけ受け取っておく。だが、頼むから余計なことだけはしないでくれ。俺は一生、おまえを許せなくなる」


 会話を打ち切り早足で去っていく。

 確かにあいつの言う通りにすれば、俺は軍に居られるかもしれない。

だが、それは罪をメアに押しつける結果になってしまう。そんなことをするぐらいなら、はじめから俺はメアを助けなかった。


「なぜ、呼ばれたか理解しているかね?」


 尋問室にたどり着いた矢先、叱責の声が響きわたる。


「私が貴重な巨人を破損させてしまったからです」

「そう、その通りだ。六十八。これがなんの数字かわかるか?」

「わかりかねます」


 俺の返答を受けて普段は穏和なエルク・フーベルト中隊長が侮蔑の視線を隠そうともせずに向けてくる。


「昨日まで我が軍が保有していた巨人の数だ。君にも、少しはことの重大さがわかるかね?」

「申し訳ございません。いかなる処罰も受ける所存です」


 巨人を失う罪は重い。

 壊れたからといって作り直すことはおろか、修理することもおぼつかない。だからこそ兵に対する処罰もそれに応じたものになっていた。

そう、基本的に巨人乗りに求められるのは、敵をいかに倒すかではなく、自身と巨人をどう無事に生き残らせるかなのだ。


「君を殺して、巨人が増えるならとっくにそうしている。だが、何をしようとも巨人は戻ってこない」

 当たり前のことだとわかっているはずなのに、それを改めて突きつけられることで胸の奥が軋んだ。


「君は私の部隊にいることは許されない。今日を持って除隊してもらう」

「はっ! 了解です」


 拍子抜けする。

 あまりに処罰が軽すぎる。

 戦場でメアを助けるために踏み出した瞬間には営倉入りを覚悟していた。

 現状を見据える。

 食うだけならしばらくは困らない。

 ただメアの隣にいられないことがつらい。


「除隊後、貴様には、とある研究機関に行ってもらい。テストパイロットを務めてもらう」


 予想外の言葉。まだ居場所があるとは思っていなかった。


「中隊長。なぜ?」

「私は、君の腕は買っているつもりだ。それに実績もある。今回のネールフとの戦争だけなら君は撃墜王だからな。ただ、君は無謀すぎる。そんな君に新たな巨人を与えることはできない。だが、壊れてもいい模造品なら好きに使ってかまわない。今までとは別の形でこの国のために全力を尽くしてくれ」


 模造品という言葉を聞いた瞬間、ユーリの顔が浮かんだ。

 ユーリの研究している人造巨人が関係していることは間違いない。

 これは偶然なのか?


「了解しました」

「異動は明日だ。それまでに準備をしておけ。もう会うことはないと思うが、がんばれよ」

「ありがとうございます」


 本音を言えばメアのそばから離れたくはない。

 しかし、これが温情措置であることは重々承知している。戦い続けていればいつか、どこかで会える。

 わずかだが、希望が見えた。

 俺は、中隊長に深く礼をし、尋問室をあとにした。


「おい、レンツ。どうだった?」


 部屋を出ると同時に、外で待ち構えていたアーベルがすごい勢いで詰め寄って、声をかけてくる。


「除隊だ。今まで世話になった」


 俺は正直に話した。彼に話すことで、問題が大きくなるかもしれないが、隠していてもどうせすぐにばれるし、何より友人に隠し事はしたくない。


「除隊って、おまえはそれでいいのかよ!」


 俺の両肩を掴んで、怒鳴ってくる。軽く耳鳴りがした。


「俺は巨人を失った。仕方がない。むしろ温情措置だろ? 除隊だけで済むなんて」

「くそっ!!」


 アーベルは近くにあったゴミ箱を思い切り蹴飛ばして悪態をつく。


「ありえねえだろ。全部あのくそ女のせいじゃねえか! 自分の部下に責任擦り付けて、その部下の様子も見にこねえ。明日から、自分のせいで部下が路頭に迷うにも関わらずだ。もう、限界だ。お前がなんと言おうが我慢ならねえ、話をつけて来る」

「早まるな。次の仕事先も決まっているから心配はいらない」

「だとしても、許せねえ。そういう問題じゃねえよ!」


 深く、ため息をつく。


「許す。許さない。は俺が決めることだ。それに、アーベル。スーン隊長は……メアはきっと俺のことを気にしてくれている。賭けてもいい。今頃俺の部屋で膝を抱えて泣いている」

「ははは、あの女がそんなたまか?」

「除隊が決まったから言うが、あれは俺の女だ」


 その言葉を聞いてアーベルは目を丸くし、そして笑った。


「っ! そうか、なら仕方ねえ。さっさと行ってやれよ。なぁ、レンツ。俺は正直あの女が大嫌いだ。だがな、おまえが、友達が惚れた女だっていうのなら信じてつきあってやる」

「おまえはメアのことを嫌いなままでいろ。もし、お前がメアに手を出したら殺してやる」

「俺は年上が好きだ」


 三十台後半の男が言うと重みが違う。理解はできないが心の中でエールを送る。


「また会おう戦場じゃないどこかで」

「ああ、約束だ」


 アーベルに背を向ける。

 振り返りはしなかった。

 辛気くさいのは似合わない。

 きっと次に会うときには、笑顔で酒を酌み交わしている。なんとなくだが、そんな未来が頭に浮かんだ。


 宿舎に向かう。自室の扉の鍵は予想通り開いていた。


「お帰りなさいレンツ」

「ただいまメア」


 気まずい空気が流れる。

 何を伝えればいいのか、必死になって言葉を探していると、先にメアから話を切り出した。


「レンツ。あなたが今後どうなるかは聞いた。ごめんなさい」

「メアが謝ることじゃない」

「私がいずれ軍を抜けるのは知っているわよね?」

「ああ、知っている。メアが選挙の人気取りのために軍の最前線にいることも、そして今まで我が身の可愛いさにろくに戦おうとしなかったことも」


 革命が終わってから選挙という制度ができた。

 簡単に言えば、人気投票で国の頭を決めるシステムだ。

 そこで必要になるのはストーリーと演出だ。

 まだ、はじまって日の浅いこのシステムでは、誰も実績なんてものは持っていないのだから。


 メアの父は、選挙で娘を勝たせるために王を殺させた。

 そして、最前線で命を懸けて国のために戦ってきたとアピールするためにメアはここにいる。

 メアは軍そのものに執着なんてものはない。もっと大局を見ている。この国そのものを動かすことを目指している。


「そこまで知っていてどうして!? レンツは軍人として生きていくのよね? 私と違って実績もある。レンツは悔しくないの?」

「悔しいさ、でも仕方がない。惚れた弱みだ。それにさ、俺はメアが作るこの国を見てみたい。だから、メアにはこんなところで躓いてほしくない。メアはメアの夢を叶えてほしい」


 メアは俺の言葉を聞いて口を噤んだ。

 怒ったり、悲しんだり、照れたり、面白いように表情を変える。


「レンツ。改めて言う。私のためにこのまま隊を去って」

「初めからそのつもりだ」

「ごめんなさい。そしてありがとう」


 メアの真剣な眼差しに吸い込まれそうになる。


「あと、レンツ。さっきのあれは告白と受け取っていい」

「それでいい」


 俺の言葉を聞いたメアは、距離を詰めいきなりキスをした。そしてすぐに離れていく。


「私もレンツのことが好き。でも、ここまでしかできない」

「どういうことだ?」

「そのままの意味。好きになってキスをして、それで終わり」


 納得できない。メアが俺のことをなんとも想っていないなら、それはそれで吹っ切れる。でも、確かにメアは今俺のことを好きだと言った。

それで終わりなんて納得が行かない。

 喉まで、最低の言葉が込み上がってくる。


『今からでも、おまえの失態を申告してもいいんだぞ』


 踏みとどまれたのは、良心が働いたわけではなく、それをすることで、取り返しがつかなくなるのが目に見えていたからだ。


「メア。俺は諦めないからな」

「……レンツはいつもそう。だからきっと私も好きになった。でも、これは気持ちの問題じゃないの」

「理由を教えてくれないか」


 声に出して後悔する。メアが答えてくれたとしても俺もメアも傷つくだけだ。そうでないならとっくにメアが口にしている。


「私の人生はもう、決まっているの。そしてそこに君がいない。今までありがとう。さようなら、レンツ」

「そうか、わかった。今は、さようならだメア」


 去っていくメア。メアは結局何一つ教えてくれなかった。

 ただ、誠意はみせてくれた。

 普通なら、この場面で袖にしない。リスクが高すぎる。

 適当にごまかして、あとから突っぱねてしまえばいい。だが、メアはそうしなかった。俺を信じて向き合ってくれた。


「ああ、いい女だったな」


 メアに惚れたことを後悔しない。

 メアのための行動を後悔しない。

 自分に何度も言い聞かせる。

 そして、けして諦めない。なぜならまだ俺もメアも生きているのだから。


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