第三話:出撃
革命が終わって二ヶ月が過ぎた。
革命が終わってからすぐに軍の組織変更が行われ、俺は異動になり、部屋を引き払って、今ではネールフとの国境に位置するモルゴト砦に常駐していた。
国の政治が変わっても、兵隊の生き方は変わらない。
戦場に出て、敵を打ち倒すだけだ。
そして、ここでの仕事は遣り甲斐があった。
巨人を駆り、敵巨人を打ち倒す。余計な悩みなど入る余地がない。
俺は撃墜王と呼ばれるほどの輝かしい戦果をあげていた。革命前に今の戦争が始まっていれば、もしかすれば、正式な王族になれたかもしれない。
「非常事態発生。戦闘態勢に入ってください」
基地の中に、拡声器での呼び出しが入る。
食堂にいた俺は、食べかけのパンを咥えたまま、駆け出し、ブリーフィングルームを目指す。
「よう、レンツ。最近こういうの多くないか?」
走っていると、俺と同じ、第二巨人小隊員のアーベルが並走してきた。
三十後半の筋骨隆々とした男だ。
悪い男ではないが、お前がママのミルクを飲んでいる頃には、俺は戦場で泥水を啜っていたと、かなり迷惑な絡みかたをしてくるのはいただけない。
「戦時中だ仕方がない」
今は隣国のネールフとの戦争中だった。
先月ネールフからの戦線布告が届いた。
理由はわからない。
ただわかるのは、戦って勝たなければ未来がないということだけだ。
「ってもな~。やっこさん必死過ぎないか? 頻度も投入されている戦力も異常すぎる。リスクを背負ってでも短期で勝負を決めたがっている」
「そんなことを考えても仕方がない。俺たちは俺たちの仕事をするだけだ」
「小僧が、生意気を言いやがって。まあな、死にたくないし仕事はしっかりやるさ。で、ついたぞ」
軽口を叩いているうちにブリーフィングルームについた。
そこには既に俺と、アーベル以外の面子が集まっている。
第一~第三巨人小隊の隊員全てと、各戦車隊及び歩兵部隊の小隊長。巨人乗りが全員呼ばれるのに対し、他の部隊は小隊長しか呼ばれない。
「では、全員集まったなブリーフィングを始める」
この砦の最高責任者のエルク・フーベルト中隊長が声を掛ける。
周りを見渡すと、メアと目が合った。長い付き合いだ。目線で遅いと叱責しているのが伝わってくる。
異動後も彼女が俺の直属の上司だった。メアは今、俺が所属する巨人小隊の小隊長をしている。
「モルゴト砦に向かい、ネールフの陸戦部隊が侵攻を開始した。
戦車隊の他に、巨人部隊も確認されている。現状、確定している数だけでも二個中隊規模だ。だが臆することはない。敵は戦車隊に足を合わせている。早くとも一時間は到着までにかかると予測されている。
既に本国に巨人部隊の増援を要請した。到着までに二時間三十分の見込みだ。
つまり君らの仕事は一時間三十分の時間を稼ぐことだ。特別な作戦はいらん。巨人部隊が前衛で、戦車部隊が援護射撃。それで済む。質問は?」
中隊長がブリーフィングルームに集まった兵士の顔をひとりひとり睨み付け、質問がないことを確認してから大きく頷くと、
「よし、なら全員持ち場につけ」
その言葉でブリーフィングは締められた。
「レンツ。遅れたぶんは戦場で取り返しなさい」
格納庫に向かう途中にメアに声をかけられた。機嫌が悪いのが見て取れる。
「了解しました。スーン隊長」
「スーン隊長。そういう偉そうな台詞は一人前に戦果をあげてからにしてくれませんかね?」
「どういうことだ? アーベル」
「何、一体たりとも巨人を撃墜したこともない隊長が、我が軍のエースに説教を垂れているのが、可笑しくてね」
俺が素直に謝罪した直後に、アーベルから横槍が入った。
毎度のことながら、よくやると呆れてしまう。
アーベルは、メアの事を毛嫌いしている。
彼の気持ちもわからなくはない。
アーベルは歴戦の戦士である。それに対しメアは、エリートコースを走り、自分より若輩ながら小隊長に選らばれた。
しかしその実力は新兵に毛が生えた程度でしかない。
納得がいかないのも無理はないだろう。
配属されたばかりのころは、俺もずいぶん舐められていた。
メアが無能というわけではない。
メアの強みは、戦術や指揮能力だ。今のような三人しか存在しない隊。それも個人技に頼るしかない巨人小隊ではその力を発揮できない。
「私は隊長だ。隊員の指導も仕事のうちだ」
「ほう、指導ですか。俺には八つ当たりのようにしか見えないですよ。第一俺も遅れたはずなのに、レンツだけってところも解せねえ」
「もういい、やめろアーベル。スーン隊長申し訳ございませんでした。あとで自分からも言っておきますので」
そのまま三人で格納庫に向かった。
それぞれが機体に乗り込むまで誰一人、口を開かなかった。
俯せになっている巨人の開けっ放しになっているコックピットに勢いよく乗り込む。
中に入った途端に、空気の抜ける音がしてコックピットハッチが閉まり外界と完全に遮断される。
「行くぞ」
当然、返事など期待していない。一種の儀式のようなものだ。
コックピットの中にはレバーやハンドル等といった操縦に必要だと思われるものが存在しない。ただ銀色の鉱石で出来た椅子と水晶が用意されているだけだ。
水晶に手を伸ばすと、椅子が溶け出して体に絡みつき、次の瞬間には完全に体が固定された。身動きひとつできない状態。
「動け」
声に出して念じる。
視界がブラックアウト。
視力が戻ると、それは自分の視点ではなく、巨人の視点になっている。
水晶を握っている感覚はなくなり冷たい格納庫の床の感触があった。
心臓を強く意識する。
巨人のエンジンと心臓の鼓動がシンクロし、次々と力が湧き出てくるのを感じた。
まず、内骨格に力が流れていく。斥力が発生し機体の重みがほとんどゼロになる。
次に内骨格に這うように取り付けられた繊維状の特殊合金が、伸縮を始め、筋肉の役割を果たし巨人が立ち上がる。
ちょうど、メアとアーベルも、起動を完了させたようだ。
「準備は整ったか? 第二巨人小隊私に続け」
巨人から、メアの音声が出力される。
この巨人には通信機というものが存在しない。
操縦時には巨人と完全に感覚を共有するため、人間用の通信機を操作することが物理的に不可能だ。そのため、常に外部出力された音声での通話が必要になる。
「了解しました隊長」
「りょーかい」
それぞれの武器をもって巨人達が格納庫をでる。
手には銃器なんて洒落たものはなく五メートルほどの無骨で禍々しい青い大槌が握られている。
歩き、規定の配置につくが敵はまだ見えていない。
周りを見渡すと、巨人達がのんびりとしているのに対し戦車隊はせわしなく布陣をととのえていた。
息苦しい。戦闘自体はなんども経験しているがこの空気にはいつまで経っても慣れる気がしない。
メアと軽口を叩ければ少しは気が晴れるのだろうが、大声でピロートークができるほど、図太い性格でもない。
「敵だ。敵がきたぞ」
誰かが声を上げて叫ぶ。しかし、その声は一瞬でかき消された。砲撃の嵐によって。
「隊長。アーベル」
銃声にかき消されないように大声で叫んでから外骨格に力を流し込む。
機体が青く光る。
周りの巨人達も呼応するように青く染まっていく。
そして、その直後に敵戦車から砲弾の雨が降り注いだ。何機かに直撃するも一体足りとも倒れる巨人はいなかった。
巨人は四つの要素で成り立っている。
一つ目は、巨人の核をなすエンジン。
人間でいう心臓に設置され、一切の補給や整備を必要といない永久機関。
そこから生み出される力の正体は解明されていないが、エーテルと呼ばれるエネルギーが機体全体に供給される。
二つ目は、内骨格を構成する黄鋼。
これにエーテルを流しこむことにより、斥力を発生させることができる、巨人はこれにより自重をほとんどゼロにしている。
三つ目は、筋肉を構成する赤鋼。
人間の筋肉を模した繊維状の束であり、エーテルを流すことで収縮する。それにより人間に限りなく近い動きができるようになっている。
最後に、青鋼。
これは筋肉を包む鎧だ。普段は鉄程度の硬度しかもたないが、エーテルを通すことで戦車砲の直撃すらも耐えうる。
そしてこれこそが、巨人が最強の兵器たる所以だ。
「やっと来たか」
銃声にまぎれるように敵の巨人が姿を現した。
対巨人戦闘というものにおいては定石というものが決まっている。
まずは戦車砲の弾幕による足止め、そして足止めした巨人を、巨人の攻撃によって粉砕する。
巨人の装甲は戦車の砲撃すらはじき返してしまうが、けして無敵というわけではない。
永久機関の動力を持っていても一度に出力できるエーテルは限られている。装甲にエーテルを割いてしまえば、運動系に回す分がなくなり、極端に行動が制限される。
現に、普段は時速百キロメートルを超える巨人も、戦車砲に耐えるために装甲にエーテルをまわしているせいで、運動系のエーテルが足らず、歩行するのが精一杯だ。でその圧倒的な力を使うことが出来ずに、じりじりと戦車との距離を詰めることに徹している。
巨人乗りは歯痒い思いをしているだろうが、戦車乗りはもっと必死だ。
距離が詰められれば、もしくは弾幕が途切れた瞬間に意図も容易く踏み潰されてしまうのがわかっているのだから。
「レンツ、敵がそっちに行ったわよ」
当然、このまま硬直状態が続くわけではない。
この現状を打破できるのはやはり巨人なのだ。
戦車砲の直撃すら防ぐ、巨人の装甲を打ち破る手段が存在する。
それは、ひどく原始的な手段。そう、巨人の筋力を持って、大槌を降りおろす。ただ、それだけだ。圧倒的な運動エネルギーによって生まれる破壊力は、戦車砲のそれを軽く凌駕する。
巨人同士が接したとき、お互いの機体がブラインドになり、双方の支援射撃が体をなさなくなる。その際にこそ巨人乗りの技量がためされる。
いつ装甲へのエーテルの供給をとめ、運動系へ切替えるか? どのタイミングで踏み込むのか?
時間が数倍にも引き延ばされる感覚。この瞬間ほど生きていることを実感できることはない。
俺は後ろ足で軽く二度タップする。これは味方の戦車隊への砲撃休止の合図。
装甲へエーテルの出力を解除してしまえば、味方の誤射一発で死んでしまうこともある。
味方の砲撃音が止まった瞬間に装甲へのエーテル供給を止め、運動系に全てのエーテルを注ぎ込み、全力で踏み込むことで一気に距離を詰め、大槌を降りかぶる。
相手の巨人で敵の砲撃の射線を塞ぐコースでの突進。
敵の援護射撃は、相手の巨人が壁となり届かない。
「いやだぁぁあああ、死にたくない」
敵のパイロットの声が聞こえる。
オープンでしか通信できない巨人の宿命か、イヤになるほどこの手の台詞は聞かされてきた。
この距離では、もうどうしようもないことに気が付いたのだろう。
今、運動系にエーテルを回してしまえば、今尚続いている友軍戦車の支援射撃で倒れてしまう。
かといって、鈍重な動きでは俺の機体の攻撃をかわすことも、迎え討つこともできない。
大槌を降りおろす。
大槌も装甲とおなじ材質でできているため、コツがいるのだ。
全力で大槌を降りおろしながらインパクトの瞬間に運動系のエーテルをカットし、エーテルを大槌に供給する。
遅すぎれば、硬度が足りずに大槌が砕け散るだけで、敵を倒すことができない。逆に早すぎれば、運動エネルギーが足りず、やはり敵を倒すことができない。
……今回の攻撃は完璧なエーテル制御が出来たと胸をはって言える。
破砕音。
槌が相手の頭をたたきつぶし、胸に突き刺さる。
改心の手応えを感じ、大槌を手放しバックステップで後ろにさがりながら、装甲にエーテルを回す。
敵が報復とばかりに銃弾の雨を降らせてくるが、ことごとく、機体の装甲がはじきとばす。
「レンツ、今日も調子がいいなぁ」
「ああ、あいにくとな。アーベルとの差が開くばかりだ」
「言っとけ」
近くに居たアーベルが声をかけてきた。
返事する自分の声には、高揚していく気持ちを押えることができず、感情が混じってしまっている。
いつもは恐怖を感じる敵巨人も、今はただの獲物にしか見えない。
砲撃にさらされながら、またじわりじわりと前に進む。次は誰だ?