第十話:青い軌跡
俺はシーゲルを探し、格納庫に向かう。
「シーゲル」
シーゲルは格納庫でブラオクーゲルの整備を行っていた。
「何かようですか? オーバーホールなら明日の午前中一杯までかかりますよ」
「俺は、ユーリを連れて逃げない」
甲高い音を立てながら、シーゲルの手からこぼれ落ちた工具が転がっていく。
「今の状況を理解していての判断ですか?」
「もちろん。その上でそうすると俺は決めた」
「つまり、自分の出世と恋愛のためなら、自分に尽くしてきたユーリさん、肉親を見殺しにするというわけですね」
「お前の言うとおりだ。ユーリには犠牲になってもらう」
「ふざけるな。おまえは、ここに来たときから、メア、メア、メア。そればっかりだ。ユーリさんの気持ちを踏みにじってばかりだ。
私は、ユーリさんを愛している。それでも今まで彼女に手を出さなかった? それがどうしてか、おまえにわかるか?」
「……」
「ユーリさんが、おまえを好きだからだ。おまえと一緒にいることが彼女の幸せだと信じていたからだ。
だけど、おまえは裏切った。裏切ったんだ。彼女の信頼を踏みにじった。もう、おまえには期待しない。僕が彼女を幸せにする」
「無理だな。ユーリを幸せにできるのは俺だけだ」
「そう思っていたよ。今まではね」
捨て台詞を残して去っていくシーゲル。引き留めようとするが、俺の手は振りほどかれてしまう。
ひどく嫌な予感がする。しかし、俺には彼を止める言葉も資格も持ち合わせていなかった。
食堂で食事をとっていると甲高いアラームがなる。
「緊急事態発生。シーゲル副主任が、ユーリ主任を人質に、ブラオクーゲルを強奪して逃走中。方角はネールフです」
ああ、やっぱり。予測していた。彼ならこうするだろうと。
食事を中断し、ブラオクーゲルの予備機がある格納庫を目指して走る。おそらく細工されているだろうが、何もしないよりはましだ。
格納庫につくと、あまりの出来事に整備士たちが呆然と立ち尽くしていた。
「予備機は出られるか?」
放心状態の整備士に確認する。
「ああ、出られるが調整不足だ。あいつには追いつけねえぞ」
「相手は素人だ。追いついてみせる」
素早く、機体に乗り込み起動させる。技師が慌てて機体から離れていく。
機体をチェックするが、特に異常は見受けられない。無事に動きそうだ。
ホバーで外に出てから、ロケットエンジンを点火。
猛烈な勢いブラオクーゲルが飛び出す。
ただ、全力でブラオクーゲルは低空を疾走する。シーゲルと、そしてユーリに追いつくために。
「ユーリ。おまえはそれで後悔しないのか」
機体を制御しながら独白する。
シーゲルが行動を起こそうとするのは理解でるがユーリがそれに同意するとは思っていなかった。
機体に備え付けられている通信チャンネルに片っ端からアクセスを試みる。
駄目だ。返事がない。まだ遠すぎてアクセスできないのか?
それとも、チャンネルを閉じられている?
ありえない。シーゲルなら俺と話す機会を必ず用意するはずだ。
予備機に細工していない以上、俺が追ってくることは想定済みのはず、それなら何かしらのアクションが必ずある。
今は、ひたすら全力で飛ぶ。
しばらくして特徴的な青い機体が視界に入る。それと同時に、シーゲルからの通信が入った。
「マテウス。やっぱり君が追ってきたか」
「ああ、ブラオクーゲルに追いつけるのはブラオクーゲルだけだから」
「見逃してくれる気はないのか?」
「毛頭ない」
「こいつを止めるためには破壊するしかないよ。ブラオクーゲルは不器用だからね。私はともかく、一緒に乗っているユーリさんごと君はブラオクーゲルを打ち抜くことができるか?」
「当然、そのつもりだ。容赦はしない」
「わかりきっていたことですが、本当にユーリさんに対してなんの感情も持っていないようですね」
こいつは根本的に勘違いしている。
確かに再会したばかりの頃は戸惑いがあった。
だが、ユーリとすごして、あいつの強さと弱さに触れていくうちに、俺は間違いなくユーリに惹かれていた。ユーリに惹かれない男なんてこの地球上のどこにも存在しないだろう。
「勘違いするなよ。俺は心の底からユーリを愛しているよ」
「だったら」
「世界で二番目に。それが答えだ」
ロケットエンジンを切る。
機体は乱暴に着地して土煙をあげなら大地を滑る。
パイルバンカーを作動させる。撃ちだされた四本の杭が強引に機体を地面に縫いつけ固定する。
160mm滑空砲の照準を合わせる。狙いはシーゲルのブラオクーゲル。外さないという確信があった。
引き金に指をはわせる。
「だからな、他の男に連れていかれるくらいなら、殺したほうがましだ」
声に出してすっきりした。なんて自分勝手。自分でも呆れてしまう。だが、紛れもなく本心だった。
「あはははははは、そうですか、ああ、なんだ、ちゃんと愛しているのか。安心しました。本当は黙っているつもりでしたが。明日廃棄予定の格納庫にある予備パーツのボックス。帰ったら開けてください」
「……ありがとうシーゲル」
シーゲルの言葉で全ての謎がとけた。
「本当に嫌になるぐらい似ている。私もあなたもユーリさんも。愛しているから全てを犠牲にできる」
「なあ、シーゲル。ユーリの兄として聞く。ユーリのどこに惚れた?」
「それは秘密です。自分でも馬鹿だと思います。ユーリさんを見捨てるだけで、この先の人生遊んで暮らせた。女性だって選り取りみどりだったでしょう。
でもね、後悔はしない。僕はこの想いを手に入れた。他の全てを捨てても構わないと思う。たぶんこれが真実の愛と呼ばれるものだから」
シーゲルのブラオクーゲルから青い光が消える。バッテリー切れ。
整備を実施しているならこのタイミングで止まることはない。つまり初めから止められるつもりでここにいる。
「さよならだ」
引き金を弾いた。
砲弾はシーゲルのブラオクーゲルを引き裂いた。
ロケットエンジンに引火し爆発する。通常状態の装甲ではロケットエンジンの爆発に耐え切れず木っ端微塵になる。
中の人間は、”原型もとどめていないだろう”
方向転換し、帰投する。
シーゲル。あいつとは最後まで友好な関係を築けなかった。しかし、あいつの生き方は眩しく映った。
この事件は俺の評価としてはプラスになった。
軍曰く、シーゲルをたぶらかし、敵国に軍の最新兵器を売り渡そうとした歴史上最悪の王女を撃ち殺した英雄。
街中に張られた俺のポスターに引きはがしたい。俺をほめ称える全ての記事を破り捨てたい。
しかし、それを受け入れることしか、ユーリとシーゲルの想いを無駄にしない方法はなかった。
ただ、進もう。そう決意する。
揺らがぬ様に。