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ページの切れ端  作者: 歌瑞
撃ち抜いたのは
12/13

【ハロウィン1・2】

【ハロウィン1】初出201111あたり

【ハロウィン2】初出20121208



【ハロウィン1】



「ル、ルダーさん、とととりっくおあ、とりーと!」



「…俺が菓子なんかやると思ってるのか」

 してみせろ、その悪戯とやらを。

 返り討ちにしてやろう。

「trick or treat?」

 さあ、俺にごちそうをくれないか。

 出来なきゃどうなるかは、身体が覚えてるよな。 








【ハロウィン2】




 鼻先を甘い匂いがかすめて、いつもの日常と少し違う気配に意識が浮上した。


 熱せられた砂糖と、バニラ。それから……

 ……俺があまり食べないからと、菓子の類を作るのは何かの記念日くらいだったはずだが───今日は何の日だ?

 祝日ならいいが、個人的なものだったら拙い。記憶にない。


 ベッドから身を起こしつつ、寝起きで重い思考を巡らせる。

 誕生日は違う……出逢って何年目だの付き合って何年目だのにミハルはあまりこだわらない。

 そもそもその辺の出来事はほとんど冬に集中している。今はまだ秋と呼べる時期だ。


 ───わからん。


 ここで考えていても埒があかねえ。何の菓子を作っているのかがわかれば、見当もつくだろう。

 疲れの抜けない身体のあちこちを動かしてほぐしながら、クローゼットに手を伸ばした。








 着替えを済ませてキッチンに足を運べば、予測していたとおりの小柄な後姿がそこにあった。

 邪魔にならないようにだろう、黒髪をひとつに束ね、オーブンの蓋を開けて中を覗き込んでいる。

 今声をかけるのはやめておこう。驚いて火傷でもされたら困る。

 無言のまま戸口の柱に軽く身を預け、娘の行動を眺めた。



 ミハルは神妙な顔つきで屈み、オーブンから金属のトレイを引っぱり出してテーブルの上に置くと、そこに並べられた黄金色のものをひとつひとつじっくり見つめる。そうしてひとり、満足気にうんうんと頷いた。

 まずまずの出来、及第点───そう考えているらしい。素直な性格をした彼女の感情は、そのほとんどが顔に出る。わかり易くて結構なことだ。


 思わず洩れた忍び笑いに、はっとミハルがこちらを振り向いた。


「おはよう」

 声をかければ、小さな笑みとともに挨拶が返ってくる。

「おはようございます」


 この一瞬は、いまだに不思議とこそばゆい。



「───南瓜か」

 甘い匂いを放つ焼きたての菓子は、目の吊りあがる笑い顔が描かれた南瓜の形をしていた。

「はい。今日はハロウィンだから、南瓜を入れたクッキーを焼いてみました」

 ココア生地で顔も作ったんですよ、と少しばかり得意げに笑う。

 なるほど、収穫祭か。

 個人的なことには関わりない行事だったことにこっそり安堵した。


「おなか空いてませんか、ごはんならすぐに温め───」


 ───ミハルの台詞に被さって、呼び鈴が鳴らされた。

 来客は滅多にないはずのここに、誰だ?


 彼女と一瞬顔を見合わせてから玄関に足を向ける。



 ドアを開けた途端に、舌っ足らずの高い声が響いた。

「こんにちはー!」

「こんにちはー!!」

 複数のこどもが声をそろえて、雛鳥のようにやかましく鳴いている。


 ……なんだこのチビども。

 黒いマントを羽織ったチビと、獣耳のついたカチューシャをつけたチビと、白い布を被ったチビと。


 呆気に取られて見下ろせば、怯んだようにピヨピヨとやかましい口をつぐんだ。

 が、後を付いてきたミハルを目にして、チビどもの表情がぱっと明るくなる。


「およめさんだー!」


「お、およめさん…?!」

 チビの口から飛び出した言葉に、ミハルは驚いた様子で黒い瞳を見開く。

「ママが言ってたんだ、今年はおよめさんがいるからおかし用意してるかもって! とりっくおあとりーと!」

「とりーとー!」


「───ち、ちょっと待ってて…今焼いた、クッキーがあるから」

 チビどもの畳み掛けるような催促を受け、動揺によろよろしながらキッチンに引っ込んで、すぐに戻ってきた。


「は、ハッピー、ハロウィン……ごめんね、まだラッピングしてないの」

 ミハルがキッチンペーパーに包んだらしいものを差し出すと、チビどもは満面の笑みでそれを受け取る。

「やったー!」

「あったかいー」

「いいにおい」

「およめさんありがとう!」

 そうして、無邪気に駆け去っていく。


 音を立ててドアが閉じ、遠ざかるこどもの笑い声が弾むような余韻を残して消えていった。



「……ああ、たしか去年は不在だった気がする」

 独り身なら仕事に出れば留守になるが、妻がいるなら───そういうことだろう。

 買い物袋を提げて出入りするミハルの姿を見かけて、結婚したと判断したのかもしれない。


 チビどもの悪戯に便乗して、放心したようにドアを見つめ続けるミハルの背後ににじり寄り、その耳元に囁く。

「早いとこおよめさんになって欲しいんだけどな」

 細い腰を引き寄せれば、小さな抵抗があった。

「卒業、してから、って───」

 頬を染めて弱々しく押し返されたところで、何の効果もないが。


「Trick or Treat?」

 俺が欲しがる『饗<もてなし>』を、ミハルはまだ返せない。それを知っていて決まり文句を口にした。


「ず、ずるいです───っ」

 真っ赤な半泣き顔にいろいろと、そそられる。

「待ちきれないのは事実なんだからしょうがない」

 Trick<悪戯> も Treat<ご馳走> も、俺にとっては同じこと。


「やっ、約束したのにー!」

 それはそれ。わかっちゃいるが、聞きたくない。


 小さな唇がつまらん言い訳を形にする前に、塞いで黙らせた。




【ハロウィン2】は完結前に書いたものの、どうしてもルダーさんがミハルさんに手を出してしまうので拍手SSとしては載せられませんでしたオチ。

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