【エイプリルフール】
【エイプリルフール】初出20130401
「ルダーさん」
「ん?」
「今日は何の日か知ってますか?」
「今日? ……四月一日だな」
知っているが、それで?
そんな雰囲気で、彼はふっくらした形のよい唇の片方だけを持ち上げた。唐突な話題を持ち出したわたしの様子をうかがっている。
おかしな誤解は招きたくないから、先に宣言しておこう。
「エイプリルフールです。今日だけは嘘をついてもいい日です」
「うん」
彼の翠の瞳が、ふ、と細められる。笑っているようにも、何かを画策しているようにも見えた。
ルダーさんはいつもわたしよりずっと先を読んでいて、それがどっちに向くかわからない。何もかも知っている大人の余裕なのか、それとも悪戯に仕返ししようとするこどもみたいな企みなのか。
でも、ま、負けないんだから。
「だ、だから───」
じい、っと視線をこっちに据えられて、少し怯みそうになったけれど、今日こそは。
「だ、だ、だい、 」
「だい?」
「だい、きらいです!」
「───ふうん?」
今度は間違いなく、ルダーさんは笑った。でもにやりとつり上がったのは唇の端だけじゃなくて、まなじりもだった。
えっ、ど、どうして怒ってる、の?
思わず後退りしたわたしに、ルダーさんはその長身を利用して上から迫ってくる。
「俺は大、 好 き だが」
───え。
それは、嘘と真実、どっちの意味で───
大きな手のひらが伸びてきて、がっ、とわたしの頭を両側から掴みあげた。
ちょっ、まままま待って近い近いちかいいい!
近すぎて、わたしの視界はルダーさんの唇と、顎と、喉仏の浮き上がった首筋だけで埋められる。
「冗談でも嫌いだと言う気は無いな」
……、あ───!
「ご、ごめんなさい」
どうしよう、ひどいことを口にしたのかもしれない。
しっかり捕まえられた頭は一ミリも動かせなくなっている。彼が今どんな顔をしているのか、見ることができなかった。
怒らせた? 悲しませた? それとも呆れてしまっただろうか。
「ごめんなさい! 違うんです、本当は、 」
「本当は?」
ささやくようなバリトンが、至近距離でわたしの髪をくすぐった。
本当は、わたしだって大好きなのに。
それをなかなか言葉にできないから、エイプリルフールを利用してさかさまの言葉で言ってみようなんて、馬鹿なことを考えた。
「ほん、とうは───」
言わなくちゃ。そう思っても、いざ口に出そうとすると、心臓の鼓動が一気に跳ね上がる。
どくどく脈打つ早いリズムに気ばかり焦って、思考はさっぱり働かない。
たった一言、それが言えなくて喘いでいたら、ルダーさんの唇からくすりと笑いがもれた。
「やっぱり駄目か」
……やっぱりって。
「ルダーさん、ま、またからかいましたね!」
くやしい。彼の手をはずそうと、目一杯力を込めてその腕を引っぱったけど、びくともしない。
「いいや、からかってない。本気だからな」
ルダーさんが鼻先でわたしの前髪をかきわけて、あらわになった額にキスを落とす。
「今はこれで許してやるが、あまり焦らすと後悔するぞ」
───何を、ですかー!?
いつだって後悔しっぱなしだと思う、だって結局また惨敗なんだもの。
今日こそはって、思ったのにー!
(´・ω・`)額は友情のキス。友情なわけないのだぞミハルさん。




