都市国家≪リーズガルド≫①
『伍月』初夏を表すこの暦を肯定するかのように、陽射しは肌に突き刺さるほどに強く、空は『蒼空』と呼ぶにふさわしく、どこまでもどこまでも澄んでいる。
天空の果てに住まうという神々の住処まで見えるのではないかと錯覚してしまいそうだ。
「ミスリード!!納得できない」
「なんで私の仕事がないのよ!」
街の喧騒に負けない大きな声が今日も元気に響き渡る。
反射的に振り返った人々も、微笑ましい苦笑いともに日常の風景に戻って行った。
「どうしてかと言われれば、もう終わってるからじゃないでしょうか」
疑問といえるか微妙な問いに律義に答えたのは、ミスリード!と呼ばれた青年ではなく、その後ろに控えた怜悧な瞳が印象的な女性だった。年のころは20代半ばだろうか、銀色に輝く長髪を無造作に1つに束ねただけの髪型も、白シャツに黒のパンツスーツに包まれたしなやかなシルエットも彼女にかかればそれが当然のように似合っている。
「リーナの言うとおりだ。ていうか、今何時だと思ってるんだ?おまえ」
“呆れた”という意味がこんなに声だけで伝わることを教えてくれた、ミスリード青年は心底疲れた表情でそう嘆息した。
この大陸では非常に珍しい黒髪とそこそこ珍しい程度の黒い瞳を持つ19歳になった青年は、ため息とともに深々と椅子にもたれかかった。机上には書類の山々が連なり、微妙なバランスを保っている。
「“おまえ”って呼ばないで。ちゃんと名前で呼んで」
先ほどからやたらと騒がしい少女から間髪入れず方向性を間違えた返事が来る。
よく見るとこの少女も黒髪・黒瞳だった。性格はともかく100人が100人美少女と答える容姿をしている。性格は残念そうではあるが・・・。
「はいはいフィーネさま」
そんなことで怒りが少し治まったのか、名前を呼ばれ眉間のしわを幾分減らした17才の美少女ことフィーネはビシッと部屋に飾ってある年季の入った柱時計を指さして宣言した。
「6時に決まってるじゃない」
『夕方のな!(ね!!)《です!!!》』
見事な唱和を披露した3名。ここで初めて声を上げたのは入口近くに座っていた男性だった。誰もが羨むであろう容姿に恵まれた20代後半の美形は、これでもかと嘘臭いさわやかな笑顔を浮かべて一言。
「用が済んだんならもう帰って寝てもらって結構ですよ。就業時間外ですから」
「はい。すみません・・・エディウス様。もう遅刻しませんのでお給料の減額はご勘弁を・・・」
涙目で訴える少女は『薄倖の美少女』と呼ぶにふさわしく、一般人なら思わずもらい泣きしてしまいそうになるのだが、エディウスと呼ばれた男は心底楽しそうに仰せになった。
「遅刻?何を言ってるですか、無断欠勤ですよ。無断欠勤。当たり前でしょう」
「そんな~!!!!」
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≪貿易都市≫と呼ばれるこの大陸唯一の都市国家≪リーズガルド≫は、プリンシィパル大陸の東端に位置する港湾都市である。
東には大海へと望む巨大な港を擁し、港に沿って三日月型に広がる市街地には、この大陸の主食である穀物『カーユ』をばら撒いたかのようにたくさんの人と思しき黒い粒でごった返している。
さらに西に目を移すとそこには、断崖絶壁という言葉がふさわしい切り立った崖が城壁のごとくそびえ立ち、リーズガルドをこの大陸唯一の都市国家たらしめる天然要塞を形成していた。
≪貿易都市≫というだけあって、この街には様々な規模の商会が軒を連ね、本店・支店の差はあれ少しでも他の商会を出し抜こうと日夜戦い、知恵と情報と財を結集したさながら戦争の様であった。
この貿易都市に設立わずか7年で中堅商会にのし上がった組織がある。その名も『リーナソーゴ商会』。大陸初の保険ギルドと称される新手の手法を駆使して荒稼ぎする商会ではあるが、その名を高めた最大の理由は幹部達が若く美形であることだった。
巷にはなぜかそれぞれのファンクラブまであるという。。。広告宣伝費が一切かからないこの商会幹部たちは4名の男女で構成されており、このメンバーを知らないものは旅人か王侯貴族のどちらかだというほどの知名度を誇るらしいが、念のためファンクラブ会報の抜粋を以下に掲載しておくとしよう。
【会長:リーナ(女性・??才・銀髪・金瞳)】
【副会長:ミスリード(男性・19才・黒髪・黒瞳)】
【事務局長:エディウス(男性・20代後半・金髪・銀瞳)】
【遊撃隊長兼居候:フィーネ(女性・17才・黒髪・黒瞳)】
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北に大帝国ニールセン、南に5ヶ国連合の一角を担うフォンテイン王国を配したこの都市国家は、7年前のエターニア王国滅亡を記憶している人々にとって、次なる悲劇を生むのではないかと噂されていた。。。が、悲しい記憶を心に留め置くには7年という歳月は長く、空前の好景気に沸く人々の明るさと、不安を払拭したい「人に備わった防衛本能」は、そんな予感を心の片隅へと押しやっていった。
そう心の片隅にはまだ不安がくすぶっていた・・・。
主人公たちの顔出しです。イメージを言葉にするのは難しいですね。
励ましのお言葉などいただければとてもうれしいです。