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五人の悪役令嬢  作者: 九葉(くずは)
カティア編

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第3話 あたしの勘はあたる

あたしの勘は当たる。


当たってほしくないときほど当たる。これは才能じゃなくて呪いだと思う。



旅商人の一団がグレンツに入ってきたのは、用心棒を始めて十日目の昼過ぎだった。


荷馬車が四台。馬が八頭。人間は十人前後。砦町の正門から堂々と入ってきて、広場の一角に天幕を張った。


酒場のカウンターに肘をついて、窓越しに眺めていた。


「旅商人だよ。月に二、三回は来るさ」


グレタさんが皿を拭きながら言った。


「ふうん」


見ている。天幕の設営を手際よく進める男たち。荷馬車から木箱を降ろしている。看板が立った。布地、香辛料、陶器──よくある品揃えだ。


よくある品揃え、なのに。


「グレタさん。あの商人、前にも来たことある?」


「いや、初めてだね。見ない顔だ」


あたしは窓に近づいて、もう少しよく見た。


おかしい。何がおかしいのか、まだ言葉にできない。ただ、首の後ろがざわざわする。学園の廊下で「今日は裏に近づくな」と体が警告してきたときと同じ感覚。


午後になって、商人の一人が広場で子どもたちに菓子を配り始めた。


蜂蜜飴。この辺りでは珍しい甘味だ。子どもたちが群がった。商人は人のよさそうな笑みを浮かべて、一人ひとりに声をかけている。名前を訊いている。家はどこかと訊いている。


──普通の商人は、子どもの名前なんか訊かない。


歯の奥が軋んだ。



その日の夜、酒場を閉めた後に砦壁の上から町を見下ろした。


月明かりの下、旅商人の天幕は静まり返っている。


──いや。


荷馬車が一台、動いていた。


音を立てないように。灯りもつけずに。天幕の裏手から、町外れの廃屋のほうに向かっている。


昼間は動かさなかった荷馬車だ。あたしは品物を降ろす作業を見ていた。四台中三台の荷は降ろされたが、一台だけは開けなかった。「壊れ物だから」と他の商人に言っていた。


壊れ物。


夜中に、灯りもなしに、廃屋に向かう壊れ物。


「……行くか」


壁から飛び降りて、影を追った。



町外れの廃屋は、かつての番所の跡らしい。屋根が半分崩れて、壁は蔦に覆われている。荷馬車はその裏手に停められていた。馬は繋がれていて、御者の姿はない。


建物の中に入ったのだろう。


壁に背をつけて、耳を澄ませた。声が聞こえる。低い話し声。二人──いや、三人か。内容は聞き取れない。


回り込んで、窓のない壁側から近づこうとした。


角を曲がった瞬間、目の前に人がいた。


旅商人の一人。背の高い男。昼間、子どもに飴を配っていた奴だ。


目が合った。


「──誰だ」


男の手が腰に伸びた。短剣の柄。


まずい。見つかった。こっちは丸腰だ。用心棒の仕事に刃物は要らないと思って、剣は宿に置いてきた。


「通りすがりの酔っ払いよ。道に迷っ──」


「嘘をつくな。さっきから尾けていただろう」


気づかれていた。あたしの尾行が雑だったか、こいつが慣れているか。たぶん後者だ。この男の目つき、構え方──ただの商人じゃない。


男が短剣を抜いた。


月明かりが刃に反射した。あたしは半歩退いて、距離を測った。素手対短剣。不利だが、やれなくはない。相手の右手首を狙う。刃を持つ手さえ封じれば──


その時だった。


背後から、影が動いた。


あたしの背後じゃない。男の背後だ。


音もなく現れた別の人間が、男の短剣を持つ腕を掴み、捻り上げ、一息で床に組み伏せた。


速い。


あたしが三人を制圧した時と同じくらい──いや、もっと。無駄がない。音がない。訓練された動き。軍人の動きだ。


男が呻きながら地面に押さえつけられている。短剣は弾き飛ばされて、あたしの足元に転がった。


組み伏せた人間が立ち上がった。長身。フードを被っている。月明かりの中でフードを外した。


厳つい顔。切れ長の目。頬に古い傷痕。無表情。あたしを一瞥して、それから地面の男に視線を戻した。


「邪魔をするな」


──は?


「こちらはフェーレンの案件だ。素人が首を突っ込む場所じゃない」


低い声。抑揚がない。命令に慣れた喋り方。


あたしの中で、何かがぶちっと切れた。


「素人? あんたこそ誰よ。この町の用心棒はあたしだ。怪しい連中を調べるのはあたしの仕事でしょ」


「用心棒」男は一瞬だけ眉を動かした。それだけ。「酒場の喧嘩を止めるのと、組織犯罪の捜査は別物だ。帰れ」


「帰らない」


「帰れ」


「帰らないって言ってんの。あいつら、子どもに手を出そうとしてる。あたしはそれを見過ごせない」


沈黙。


男があたしを見た。暗くて表情は読みにくいが、値踏みされている気配は分かった。


「……お前。あの酒場で三人を素手で制圧した女か」


噂が回っているらしい。


「それが?」


「腕は立つようだな。だが腕だけでは組織は潰せない。情報がいる。お前にはそれがない」


正論だ。腹が立つほど正論だ。


「じゃああんたには何があるのよ」


男は答えなかった。代わりに地面の旅商人を引きずり起こし、手際よく縄で縛った。


「明日の夜明け前に、この一団は動く。その前に拠点を特定する必要がある。お前は宿に戻って、いつも通りにしていろ」


「勝手に仕切るな」


「仕切ってるんじゃない。事実を言っている」


フードを被り直した。あたしに背を向けて、闇の中に消えようとする。


「ちょっと待ちなさいよ! あんた名前は!」


「……レオン」


それだけ言って、本当に消えた。影に溶けるように。足音がない。


あたしは暗い路地に一人残された。足元に転がった短剣と、縛られて気を失っている旅商人と。



宿に戻った。


壁に拳を叩きつけたい気分だったけど、壁に穴を開けたらグレタさんに殺される。代わりに枕を殴った。あんまり気持ちよくない。


「素人、って言われた……」


十三回殴った。全員組織の人間だった。七年間、学園の裏で戦い続けた。それを「素人」と。


──いや。


悔しいけど、あいつの言ったことは間違ってない。


あたしは殴れる。止められる。守れる。でもそれだけだ。組織の全体像が見えていない。資金源も、構成員も、目的も分からないまま拳を振り回していた。学園でもそうだった。目の前の子どもを守ることに精一杯で、組織そのものを潰す手段を持っていなかった。


あのレオンとかいう男。フェーレンの案件だと言っていた。隣国の人間が、この国境の町で潜入捜査をしている。つまりこの組織は、国を跨いで動いている。


──学園の連中と、繋がっているのか?


拳を握った。


夜道で飴を配っていた旅商人の顔を思い出す。子どもの名前を訊く口調。家を訊く口調。手慣れていた。一人や二人じゃない数をこなしてきた手つきだった。


あの男が、組み伏せられる前に言いかけた言葉が耳に残っている。


「こちらはフェーレンの──」


レオンが遮った。あの先に何があったのか。


窓の外、月が雲に隠れた。グレンツの夜が一段暗くなる。


──あたしの勘は当たる。


あの旅商人たちは、先週裏路地で子どもの腕を掴んでいた男と同じ匂いがする。同じ目をしている。あのとき逃げた男が着ていた外套と、今日の一団の服が似ていた。先遣隊だったんだろう。下見をしてから本隊が入ってきた。


計画的だ。


こいつらは、この町の子どもを狙っている。


手紙の束に触れた。十一通。懐に入れたまま、まだ持ち歩いている。あの子たちの声。


「あんたにどう言われようがね、レオンさん」


誰もいない部屋で呟いた。


「あたしは引っ込まないよ」


素人だろうが何だろうが、目の前で子どもが連れ去られるのを見過ごすつもりはない。


情報がないなら、掴みに行く。


やり方が分からないなら──悔しいけど、あの嫌な男に訊く。


拳を開いた。閉じた。


学園の頃と違う。今度は一人で全部背負わなくていい──かもしれない。あの男の腕は確かだった。あたしを「素人」と呼んだ口は気に入らないが、旅商人を組み伏せた手際は認めざるを得ない。


レオン。


嫌な奴だ。でも、同じ方向を向いている。たぶん。


明日、あいつを探す。蹴ってでも情報を引き出してやる。

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