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下等勇者のはかりごと~泥啜る不断の努力とゲーム知識で、魔王を凌駕する~  作者: 笠鳴小雨


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第38話:魔王【骸騎王】


 私は騎士だった。

 いつもと同じ稽古や戦の準備をする日々。


 戦へと出陣したある日――私は別の世界にやってきた。


 そこでは異形の化け物と戦う日々を強要された。

 戦では多対多を前提としたはかりごとで戦うことが多いが、ここではたった一体の魔王と呼ばれる異形の化け物を倒すためだけに私たちは準備を続けた。


 魔王と戦い、友が増え、再び魔王と戦う。


 そんな日々を繰り返していく中で、私は多くの友を失った。

 三日に一度は墓を作る日々だった。墓を作って何か月、何年と繰り返していくうちに、もう墓を掘る場所もなくなった。見渡す限り、拠点の中は墓石で埋め尽くされていた。


 気がつけば私は最古参の”勇者”となっていた。


 一体、何人の死を看取ってきただろうか。

 屈強な漁師や街の鍛冶屋のドワーフ、平凡な農夫、 大領地の領主の末息子など、ここに連れて来られ死んでいった勇者たちは様々な暮らしをしていた人たちだった。だけど、前の世界でどんな暮らしをしていようとも、ここに来れば呆気なく死んでしまう。それこそ王国軍の将がやってきたことがあったが、数日後には亡骸となっていた。


 この世界では、この世界で生きるための術だけが求められる。


 もう私の感覚は麻痺しているのだろう。

 私が召喚された当初は友が死ぬことに悲しみ、魔王から生き延びることだけに必死だったというのに、今では魔王を怖いとは思わない。確実に倒す方法を模索し、考え、それを実行するために月日を消費すれば、彼らを倒すことはそれほど難しくなくなっていた。


 この変化も仕方ないことだろう。


 だって――私はもうここに三十年もいるのだ。

 しかもたった一人で、私は魔王と戦い続けている。


 ここに来た頃には色男だったというのに、今では見る影もない年老いた老爺になっていた。鏡を見れば髭や髪が白髪交じりになり、笑うこともなくなった私の表情筋は死に、騎士の闘志が消えた虚ろな瞳が映る。最初の頃は女性も多くいて、見た目にも気遣っていた。だが、もうそんな必要もなくなってしまった。


 五年前から新たな勇者が召喚されることはなくなり、正真正銘私はたった一人で生きている。

 おそらく私はこの世界に見捨てられたのだろう。鬼子の姿を最後に見たのも、もう十年も前のことで、彼らから感じていた恐怖も懐かしいものだ。


 今はたった一人で暮らし、魔王と戦っている。


 ある日、私はこう思った。



 ――疲れた。



 先の見えない戦いを続け、私は未来を見失っていた。

 何のために戦い、生きているのか、その意味がわからなくなっていた。


 孤独な時間にはもう耐えられなかった。


 そうして私は、最後にもう一体だけ魔王を倒してから自害しようと決めた。



 だけど――そんなときに彼女が現れた。



 魔王と戦い、勝利した後に、私は最期にもう一度だけ外の世界を見ようと思った。

 戦場の外に出れば人がいることは知っていたが、彼らは私に何の反応も示さない。最初は人がいたことに嬉しく思ったが、気づけば誰もが私に気づかない恐怖を知り、私は外の世界に行くことがなくなっていた。


 本当に何気ない、死ぬ前の散歩だった。


 そんな折、私を見つめる女性を見つけた。

 こんなことは初めてだった。

 外の世界では、私を認識できる者はいない。


 だというのに、彼女だけは私の方を色物でも見るかのようにジッと見つめていたのだ。



 ――何んでそんなボロボロなんだよ、おっさん。とりあえず酒でも飲むか?



 彼女は酒場の看板娘のようで、樽酒を豪快に持ちながら笑いかけてきた。

 なぜ私が見えていたのかわからなかった。

 だから私は尋ねたのだ「私が見えるのか?」と。



 ――あ? 何言ってんだ。とりあえず飲んでけ、私は機嫌がいいんだ!



 ゲラゲラと笑いながら、彼女は大層面白そうに私の肩に手を回してきた。

 久しぶりだった、人と触れ合うことが。


 その日、私は彼女と酒を酌み交わし、時間がくるまで楽しんだ。


 そうして再び拠点に戻ったとき、私は自害しようと準備していた縄を捨てていた。


 もう一度、彼女と酒を片手に語らいたいと思った。

 生きるための希望を見つけたのだ。


 それからは、私は鬼のごとく魔王と熾烈な戦いを繰り返すようになった。


 魔王と戦ったあとには、何度か彼女と出会い、酒を酌み交わすことができた。

 それが私にとっての唯一の楽しみで、戦うための目標になっていた。

 魔王を倒して、彼女と酒を飲んで笑いあう時間がたまらなく好きだった。



 だがある日――私は魔王の討伐に失敗した。



 失敗の末に、魔王は現世に解き放たれた。

 魔王は人を選ぶことなく、近くにいた住人たちを片っ端から蹂躙し始めたのだ。


 私はすでに戦える状態ではなかった。

 片足を失い、片目を失い、武器を壊されていた。

 もし戦えたとしても、目の前の魔王を倒す方法がわからなかった。


 そんなときだった。

 魔王から逃げる町娘の格好をした女性を見つけた。


 彼女だった。

 生きる意味になっていた、酒が大好きな彼女だったのだ。


 足が小鹿のように震えながらも必死に住人たちに声を掛け、子供や年寄りの逃げる助けをしていた。彼女はこの街で生まれ、育ち、そして皆から愛される酒場の看板娘だったのだ。


 はやく逃げてほしい……そう思ったが、彼女は最後まで皆を逃がしていた。

 その結果――凛々しく、愛らしい彼女は逃げるのが遅れた。


 魔王に目をつけられた。


 私は右足を失っていた。

 彼女を助けたいと足掻いても、地面を這うことしかできなかった。



 そうして――彼女は死んだ。



 成すすべなく、腹を一突きされて呆気なく死んだのだ。

 唯一の希望だった彼女が血反吐を吐き、衣服が赤く染まっていく姿を見て、心臓がぎゅっと締め付けられた感覚になった。


 私は泣いた。

 いつぶりかもわからない涙を流し、拠点に戻っても三日三晩は泣いたころに――涙が枯れた。

 彼女が死に、私は彼女を心の底から愛していたのだと知った。

 こんなみすぼらしい爺の事情も聞かずに、毎度酒を飲ませてくれた心優しい女性。少し髪を切っただけで気づいてくれ、髭を剃れば彼女は二枚目だねと褒めてくれた。


 私は愛を知った。

 だが愛する人を失った。

 この経験が初めて、私がやっている戦いに意味があることを教えてくれた。


 負ければ魔王が世に解き放たれることを知った。


 ようやく”勇者”の意味を知った。


 私は彼女のような弱き存在を守るために、誰にも知られず密かに世界を守っていたのだ。

 騎士としての意地もあるが、それ以上にもう誰かを守れない男にはなりたくないと思った。


 せめて最期まで足掻いて、彼女と天国で再会したいと思った。


 それから私は一心不乱に槍を振るい続けた。

 倒せない魔王だとしても、何年、何十年もかけて地道に倒す方法を実践した。


 気づけば、彼女が死んで二十年が経った。


 私は走るのもままならない老人となっていたが、それでも戦い続けた。



 ある日――全ての魔王を倒した。



 全てを成し遂げた私の前に現れたのは、天使の輪が生えた鬼子だった。

 彼ないしは彼女は言った――新たな勇者の誕生だ、と。


 私は久しぶりに笑っていた。

 ようやく彼女と天国で会えそうだ、と。


 しかし――その日から地獄の時間が幕を開けた。


 意識もままならない日々の中で、私は再び魔王と戦っていた。

 今回の魔王はそこまで強くはなく、むしろ弱いほどだった。数で殺そうとしてくる有象無象な魔王だった。急に神の嗜好が変わったのかと思っていたが、あるとき気がついた。


 私が魔王になったのだ、と。


 私が魔王だと認識していた有象無象は、新たに召喚された勇者たちだったのだ。


 私は、善良な勇者たちを毎日のように殺し続けていたのだ。

 私自身、最近は記憶が定かではなくなっており、記憶を操作されているのではないかと知った。


 それから何年もの月日が流れ、私はこの世界を操る神に逆らえないのだと知った。


 彼女と天国で会いたいと思っていたが、私は深い地獄に落とされるだろう。


 だから願った。

 勇者が魔王になる負の連鎖を打ち破り、私を天国に連れて行ってくれる勇者の登場を。


 最悪、私はどうなってもいい。


 最後に一度だけ、彼女と酒を酌み交わしたかった。




 ◆





 私は、稀代の勇者に出会った。

 これから私は地獄に落ちるだろう。

 それでもいい、私は多くの善良な勇者を殺してきた魔王だ。


 せめてもの抗いで、私は稀代の勇者に遺産を残してきた。


 世界を操る神を倒すための、一助となってくれると嬉しい。


 さて、そろそろ地獄に行こうか。


 霧がかかった川を渡っていく。

 どれだけ歩いても、川を渡り終えることができない。

 これが私に与えられた地獄だろうか。

 歩いても歩いても、対岸が見えてこない。


 もう何時間歩いただろうか。

 あるいは、何日も歩いているのだろうか。


 わからない。


 そう思ってた矢先、うっすらと対岸が見えてきた。

 対岸には暖色の明かりがぽつぽつと輝いており、私は必死にそこへ辿り着こうと早足になった。そうして対岸にたどり着いた。


 その景色には、なぜだか見覚えがあった。


 少し遠くに私をじっと見つめる人影があった。

 目を凝らしていた私の目には、大粒の涙が溢れていた。



「何んでそんなボロボロなんだよ。また……一緒に酒でも飲むか? 騎士様よ」



 彼女の笑顔を見て、私は膝から崩れ落ちていた。


 ありがとう。


 私は天国に来れたようだ。


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