第37話:魔王討伐2ー⑭/戦の後始末
骸騎王討伐のアナウンスが、フィールド全体に鳴り響いた。
それを聞いて文楽は佐々原の元へと駆け寄り、声を掛ける。
「早く拠点に戻れ、佐々原」
膝を着いて顔を覗き込むと、佐々原は今にも死にそうな青白い顔をしていた。
言葉も話せないのか、力を振り絞って文楽の手を握ろうとしてきた。勝利を讃えたいのだろうが、手に力も籠められておらず握力をほぼ感じない。
それでも必死に感謝したいのか、何かを訴えかけてくる。
気づけば、佐々原の頬に涙が伝っていた。らしくない表情に文楽は、真剣な表情で言う。
「いいから早く戻れ。まじで死ぬぞ」
文楽が本気でそう伝えると、佐々原はようやく小さく首を縦に振った。
消え入りそうなほどに小さな声で「ありがとう」と言ってくると、力を振り絞って表示されているシステムウィンドウに手を伸ばし始めた。文楽はその手を補助し、無理やりYESを押させた。
それから間もなく、佐々原の体が発光し始めた。体の端々が大粒の光の粒子となって空に昇っていくと、数秒後にはそこから佐々原の姿は完全に消えたのであった。無事に帰還したようだ。
土壇場でなんとか佐々原は一命をとりとめることができた。
最初は自分を犠牲にしたのかと驚いたが、彼にとってこれが合理的な判断だったのだろう。
帰還した彼に感謝しつつ、文楽は緊張をほぐすように後ろに倒れ込む。
少し間、じっと空を見つめていた。
ようやく長い長い骸騎王との戦闘が終わった。
三日三晩戦い続けた文楽は、気を緩めると一瞬で気を失ってしまいそうになっていた。
それでもここで気絶するわけにはいかないと、自分の頬の二発叩いて気合を入れ直す。
ゆっくりと立ち上がり、骸騎王の亡骸に向かって満身創痍な足取りで近づいていく。
胸に突き刺さった必中の神槍へと手をかけ、静かにそれを引き抜いた。
「報酬はもらっていくからな」
肩に槍をかけ、文楽は手のひらを骸騎王の死体へと向ける。
黒い煙が解き放たれると骸騎王の体を包み込み、端々から崩れ落ちていき煙と同化していく。そうしてすべての分解を終えると、文楽は骸騎王の体を王蛇と同様に体内へと取り込んでいくのであった。ほんの僅かに苦しそうな表情を浮かべるも、すぐに悲しい表情に変わっていた。
そうしてしばらくの間、文楽はその場に立ち尽くしていたのであった。
◆
戦いが終わり、彼らには一時間の猶予が与えられていた。
この場にいる拠点の代表として、文楽と嬉野の二人はドラム缶を挟んで対面していた。
その手にはコーラ缶を持っている。周囲には佐々原たちの拠点の勇者数十名に、洞木ら数名も来ていた。怪我を負った勇者たちや一部の勇者は、この場にはいない。骸騎王討伐後には早々に拠点へと帰還して回復に努めている者や、ここから家が近い者は討伐と同時に走ってどこかへと行ってしまった。
ここにいる勇者たちは全員がコーラ缶を持ち、そのときを待っていた。
それ以外にも余った食料がドラム缶の机の上に無造作に置かれており、拠点の差別なく全員がそれを囲っている。
そんな中で嬉野が言ってきた。
「神々廻さん、勝ち鬨をお願いします」
「なんで俺が」
「神々廻さんがこの戦いの一番の功労者だからですよ。あなた以外の勝ち鬨は、ここにいる全員が認めません。ね、みんなそうですよね?」
嬉野が周りに同意を求めると、全員がにやにやと笑みを浮かべて同意する。
皆が文楽の言葉を待っている。
彼らの視線を一身に浴び、文楽は大きくため息をついていた。
「こういう飲み会のノリは苦手なんだが」
「そこをなんとかお願いします、神々廻さん」
「はぁ……わかったよ。らしいことは言えないからな」
渋々といった様子で文楽はコーラ缶を掲げていた。
そのまま緩い声で文楽は言う。
「まずはみんなお疲れ様」
文楽の言葉を遮る者はいなかった。
誰もが口を挟もうとせずに静かに次の言葉を待っている。文楽の尋常ではない戦いを見て、彼らが信じるべきは神々廻文楽という男であると理解していたのだ。
彼に希望を見出した。
それを感じ、文楽は悪い気はしていなかった。
責任は重いものの、それ以上に嬉しさがこみあげてきたのだ。
こんなこと思うなんてらしくないなと思いつつ、文楽は言葉を続ける。
「魔核を集めてくれた嬉野たち五十七名――そして勇者の指輪を探し出してくれた九名。お前らの助力が無ければこうも上手くことが運ぶことはなかっただろう。ありがとう」
そうして嬉野たちへと向き直る。
「次にお前たちに会うのはクエスト5以降になるだろう。それまでは自力で戦い抜け、佐々原や嬉野らに生き抜く術はすでに教えている。そうしたら――交流機能が解放され、俺たちの拠点と合併することも可能になる。だから……」
少し間をおいて、文楽は言った。
「死ぬな。次は俺たちと一緒にクエストと戦ってもらうからな」
少し硬くなった雰囲気を吹き飛ばすために、文楽は笑う。
「さて、束の間の祝杯だ。生き残って、全員でまた祝杯をあげよう。乾杯」
「乾杯!!」
「お疲れ様です!」
「勝利の祝杯を!」
その合図を待っていたと言わんばかりに、全員がコーラ缶を頭上へと掲げて盃を交わす。そのまま勢いよく全員が甘さと酸っぱさを噛みしめるように、一気にコーラをあおったのであった。
そこからささやかな祝勝会が開催された。
陽気な彼らを見て、文楽は思っていた。
あまり多くは語らず、酒はなくとも、多くの勇者たちがこの空気に酔っていた。
誰かの功績を褒めるグループがあったり、洞木らを中心としたしっぽりと食事を楽しみながら情報交換をする真面目なグループもあれば、文楽と話したくて仕方なかったファンのような奴らまで、彼らは多種多様な時間を過ごしていた。
ほんの一時間というひとときの幸せ。
その輪に向かって、一人の女性――小神が息を切らしてやってきた。
小神は膝に手をつき慌てた様子で、全員へと叫ぶ。
「私、家族に会えました! フィールドの先には普通の世界がありました!」
その言葉に、全員がざわめき始めた。
小神はその後に、皆へ丁寧に説明してくれた。
魔王討伐のフィールドの中は変わらないが、ひとたびフィールド境界線の外側に出ると、そこには皆が知っている世界が広がっていた。
だけど、そこにいる人たちへ干渉することはできなかった。
通行人も店員も、等しく全員が小神のことを認識できていなかったらしい。たとえ話しかけても無視され、人や車、電車などに干渉しようとすれば、体にノイズが入り硬直し、気づけば数秒前に自分がいた場所まで戻っていたらしい。
電車やバス、タクシー、自転車などの移動手段は使えなかったので、小神は走った。
必死に走って、新宿からそこまで遠くない家へと向かった。
家にたどり着くと、そこには無事に夕食をとる両親や姉の姿があったという。
だけど家族に声をかけることはできないので、静かに見守るしかできなかった。
窓越しに家族だんらんをする愛する家族を眺めることはでき、小神は涙を流した。
たとえ話すことはできなくとも、その姿を一目見れたことに小神は泣いて感動していた。
ここまで必死に生きてきてよかったと、そう告げてきた。
小神は最後にこう言った。
――私、大事な家族を守るためにこれからも戦います。




