第34話:魔王討伐2ー⑫/騎士の声
鎧が爆ぜ、骸騎王の筋骨隆々な肉体が露わになった。
腰から下は黒い体毛に覆われたばん馬のようなゴツくて太い四足で、上半身は六つに鍛え抜かれた凹凸が浮かび上がる灰色の肌だった。相変わらず首から上は骸骨ではあるが、首より下の完成された肉体はあまりに威圧的な存在感を放っている。
環境が違えば、その肉体美で多くの女性を虜にできたであろうその肉体をようやく露わにした骸騎王が、不意に前足を高く上げた。続いて自分の化身でもある必中の神槍を天へと突き出した。文字どおり、槍から最後の電撃が放たれ、雲を穿ったのだ。
雲の合間から、月が顔をのぞかせる。
その瞬間に、ときが止まった。
『――王蛇より事は聞いている、稀代の勇者』
凛々しく、精悍で、言葉で一国を傾けられそうなほど綺麗な声だった。
声の主は間違いなく、ときが止まった世界で唯一動けている骸騎王だ。
最初は目を瞠っていた文楽であったが、すぐに思慮深い瞳に変わる。
「……骸騎王、お前もこっち側か」
『――我らを無限の地獄から解放してくれ。頼んだ』
骸騎王がそう言うと、光の紙が目の前に表示される。
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名称 * 魔王救済クエスト<骸騎王>
概要 * 魔王<骸騎王>の完全討伐および解放
依頼 * 必中の神槍で心臓を破壊する
報酬 * 神話級武器・必中の神槍
報酬 * 神話級スキル・鎧銀反射
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薄々こうなるのではないかと予想はしていた。
王蛇との会話でわかったのは魔王の自認は勇者であるということ、魔王救済という名のクエストを発注してきたこと、そして何かしらの能力でクエストを発注できる権限を有しているということ。これらから、魔王は元々勇者であったのではという推測ができた。
骸騎王も元は勇者側の陣営として、戦わされていた一人の人間だ。
だが今は運営側で、ゲームのギミックの一つとして立ちはだかっている。
文楽が戦い、勝利することで、骸騎王も王蛇と同様に解放されるのであれば、充分に戦う意味がある。志を同じにする者――つまり、運営をぶっ飛ばす同盟ならばなおのこと。
文楽の瞳に迷いはなかった。
「引き受けよう、骸騎王」
文楽が短く回答すると、光の紙が粒子へと姿を変え、文楽の胸元に吸収されていく。
これは文楽が誓った約束でもあった。
以前、王蛇に勝利しその本体に自分の中へ取り込んだとき、彼女の記憶を見た。
彼女が経験した辛い過去から記憶は始まり、ゲームでどんな戦いをし、悲しみ、楽しみ、そして絶望してきたのか――その軌跡を知った。
彼女の悲痛と望みを知って、文楽は同情と責任を感じた。
今もなお苦悩している魔王たちを解放できるのは、文楽だけだ。
物語の終わりを知っていて、魔王の力を吸収してシステム以上の成長を期待できる稀代の勇者となる器を持っている。こんな境遇にいる勇者は文楽だけだ。
だからこそ、文楽は彼らの意志を受け取ることにした。
自分が強くなり、代わりに運営をぶっ飛ばしてやると。
(必ず成し遂げる)
そう心に誓った次の瞬間だった。
骸騎王が前脚を着地させると同時に、再び時が動き出した。先ほどまでの勇者のような顔立ちの骸騎王はそこにはおらず、魔王としての骸騎王がそこに立っていた。
「ここからが正念場だな」
長剣の天叢雲剣を握りしめ、文楽は真剣な眼差しを向けていた。
お互いに視線で火花を散らし、ゆっくりと間合いを詰めていく。視線や足の運び、重心の移動を見極める骸騎王に対し、文楽は攻略する道筋を考える。
もう骸騎王には使える能力は無い。
ここらは正真正銘、一つの致命傷が生死を分ける本気のぶつかりあいが始まる。
『――ッ!!』
最初に火蓋をきって下したのは、骸騎王の方だった。
予兆なく一足で五メートル前に進むと、神槍を首元目掛けて突き刺してきたのだ。あまりに速く、神速の言葉が似あう突き技だった。その間合いは完璧で、確実に文楽の頸動脈を斬る意図があった。
文楽は間一髪、長剣で首元を守り、槍の軌道をほんの僅か逸らしていた。
武器防御の応用技で、僅かに軌道を逸らすことで、相手を無防備にできる受け流し技術だ。完全に弾くのではなく、相手の軌道を逸らし懐に入る高等テクニック。
成功した瞬間、文楽は前に出た。
一歩踏み出す。
しかし骸騎王は物理法則を無視した力技で槍を引き戻すと、引く力を使って再び頸動脈を狙ってきた。
文楽はにやりと笑みを浮かべる。
それさえも読んでいたのだ。姿勢を低くすると、神槍は空を斬り風切り音を鳴らした。
その引く動作だけで周囲のアスファルトを削り、近くのビルに風穴を開けていた。
そんな威力など気にせず文楽はまた一歩踏み出した――その時だった。
『グカアァァァァァァァァァァッッッ!!』
骸騎王が地を揺らすほどの雄たけびをあげると、文楽の体は硬直していた。
筋肉が強張り、どう足掻いても動けない――金縛りにあったような感覚だった。
無防備な隙を狙って骸騎王が神槍を振り下ろしてくる。
(ヤバいッ!?)
脳天に衝突する直前に硬直から解放されると、文楽は反射的にパリィを成功させる。
両者の武器が激しい衝突をすると、反動でお互いに五メートルほど後ろへと押し出される。
「こりゃあ一つミスれば死ぬな」
あまりに命がけの一騎打ちに、文楽は冷や汗を掻いていた。
今まで何度か経験した命を懸けた戦い。だが、たった一つの判断ミス、一秒でも判断を誤れば、胴が泣き別れになる。
ゲームと現実では勝手が違う。
やり方はわかっていても体がついてこなければ終わりだ。
こんなときに武道系の部活をやっていれば、と内心後悔する。
そんなことを考えていると、骸騎王が着地と同時に再び攻勢に出てきた。
一合打ち合い、二合目を打ち合う。
三合目を打ち合い、四合目もなんとか凌ぐ。
そんな攻防が何度か続く。
天叢雲剣と必中の神槍が、火花を散らすたびに建物が衝撃波で崩壊していく。お互いに神話級の武器を振るえば、こうなるのも必然だ。
だがお互いに譲らない。
両者ともに最後の気力を振り絞り、たったの一刀を当てるために武器を振り続けた。
何合を打ち合っただろうか。
どれだけのときが経っただろうか。
気づけば、お互いが肩で息をするほどに消耗していた。
不思議なのだが、どれだけ肉を削っても骨を断ち切れない。
相手の裏をかこうと文楽はあらゆる手を尽くしたが、骸騎王は騎士のごとく流麗な槍捌きでなんなく致命傷を回避してしまうのだ。
――と思った矢先のことだった。
ようやく――骸騎王が最初で最後の隙を見せた。
ガクッ、と骸騎王が膝を地面についていたのだ。
それを見た瞬間に、文楽は力の限り叫んでいた。
「――今だッッッ!!」
合図を終えるよりも前に、それらは行動を起こしていた。
地面が隆起すると、巨大な蔦の槍が骸騎王の前脚を二本串刺しにしていた。
音もなく現れた大男が、後ろ脚の腱を斧で断ち切っていた。
骸騎王が初めて、文楽の前で地面に伏した瞬間だった。
これが最初で最後のラストチャンスだ。




