第22話:確かな一歩
「――今回の魔王討伐は、二拠点の合同討伐となります」
「――それでは当日までごゆるりとお過ごしください」
そう告げると、ベルナーとトトコの二人は帰っていった。
取り残された勇者たちは、各々行動を開始する。
拠点内の派閥は完全に二分していた。
文楽および洞木を筆頭とした、訓練を続けて魔王討伐に備える順応派閥。
もう一つが眼鏡姿の男――宇京を筆頭とした、拠点内を隈なく探し回り帰る方法を模索する懐疑派閥。
どっちも正しい選択だ、と文楽は考えていた。
真正面から魔王とぶつかる険しい道を選択するか。
はたまたゲームから抜ける方法探しを選択するか。
ゲームが現実となった今、どちらが正解かと聞かれても正直わからない。
結局のところ、エンドロールを見ていない彼らにとっては、死なずに家に帰って再び幸せな人生を送ることがゴールなのかもしれない。
皆が鬼子の言葉に不安を感じている中、文楽は無言で部屋を出ようとしていた。
あと二日と決まれば時間が惜しい。
訓練を急ぎ再開し、魔王との戦闘に向けて最終準備に取り掛からなければ。
部屋を出ていく文楽の背中を見て、小神が順応派閥の皆に声を慌てて掛ける。
「みなさん、訓練を再開しましょう。未来に怯える時間があったら、その時間で少しでも強くなりましょう。今生きる力を身に着けるんです」
「そうっすね!」
「はい!」
「ごもっとも」
そうして順応派閥の皆々は、訓練部屋戻っていく。
彼らを見送った懐疑派閥の面々の間には、重たい空気が漂っていた。
そんな雰囲気を変えようと懐疑派閥筆頭の宇京が、手を叩き注目を集める。
「僕たちは、僕たちのやり方でここからの脱出を目指しましょう。わざわざあんな怖い思いに飛び込む必要はありません。さあ、調査を再開しますよ!」
宇京がそう言って笑顔になると、細目がより細くなる。
しかしその鼓舞は皆に届かなかった。宇京を除く五人全員が動こうとしなかった。
順応派閥の彼らの雰囲気を見て、鬼子の言葉を聞いて、決意が揺らいでいるのかもしれない。
どんよりとした暗い空気が、部屋を支配していた。
そんなとき一人の若い女性――小金が静寂に石を投じた。
「私たちは本当に帰れるんでしょうか?」
その言葉は、刃物よりも鋭利な意味に感じた。
俯いていた人たちが顔を上げて、彼女の動揺している表情を見る。
「この数日で何も手がかりが出てきませんでした。私、不安なんです。もしかしたら汗水流しながら頑張っている彼らの方が正しいんじゃないかって」
「そうかもしれませんね」
案外、宇京は涼しげな顔であっさりと肯定した。
そんなの皆がとうの昔に気がついているし、誰だって何が正解かはわからない。
この行動が成果に繋がるのかは、宇京にだってわからない。
それでも帰る道を模索しようと、宇京を発起人として一致団結したのがここにいる六人だ。この中には訓練が辛くて逃げてきた者も多いだろう。だからこそ彼らは戻れない。
あの地獄の訓練は、常人にはあまりに厳しすぎる。実際、あそこに残っているほとんどの人たちは若者で体力が有り余っている人たちだ。
宇京たちのような衰えた肉体の大人たちには、あまりにも厳しい。
「もし僕が不正解だと思うなら、いつでも洞木さんの元に戻ってもいいですよ」
「で、でも……そしたら宇京さんが一人に」
「僕は気にしないでください。どちらにしろ、足の悪い僕はあの訓練にはついていけません。なので、僕は僕なりの戦い方を模索します」
宇京はみなへ優しく笑いかけた。
そうだ、ここにいる六人はそれぞれの事情を抱えている。
宇京は大学生の頃に何度も足の手術をして、今では走ることもままならない。
だったら、自分にできる最大限の戦い方を模索するしかないのだ。
「さて、僕はもういきますよ。今の僕にできるのは、一つでも多く家に帰るヒントを探すことだけですから」
そう言って、宇京は拠点内を再び物色し始めるのであった。
◆
順応派閥の面々は訓練を再開していた。
必死に障害を避けながら坂道を走っていく訓練を行っていた。
そんな中で珍しく、文楽は部屋の出入り口で休んでいた。
壁に寄りかかりながら両手を組み、何やら考え事をしているようだ。
そこへ両手に大量の水を抱えた小神がやってくる。
「珍しいですね。神々廻先輩が休むなんて」
「そうか? 俺だって少しくらいは休むぞ」
「説得力のない言葉ですね。一昨日だって寝ずに訓練していたの知ってますよ」
「それは必要だからやってるだけだ。必要ないならやりたくない」
「そうなんですか。でも、少しは休んでくれて安心しました。それよりも……何をぼーっと考えていたんですか?」
そう聞かれて、文楽は訓練部屋で汗水垂らしながらひた走っている面々を見つめる。
彼らはすでに鑑定部屋に入るためのノルマ45時間を突破していた。
それぞれ適正にまつわるスキルもいくつか習得し、魔王討伐への準備を着々と完了させていた。スキルの獲得は小神や迅たちにステータスの鑑定を依頼すれば、誰だって取得できる。だが全員がそれを拒み、自分で強くなる道を選択したのだ。
小神の入れ知恵ではあるだろうが、それでも大した根性だ。
そんな彼らの頑張りを見て、文楽には思うことがあったのだ。
「奴らが死なない方法を考えていた」
「…………え? いま私……幻聴でも聞きました?」
「なぜそんなに驚くんだ」
「そりゃあ驚きますよ! 他人に興味ないって感じじゃなかったですか、ここに来てからずっと」
「いや、まあ……そうかもな。だがこうも必死に毎日頑張ってる姿を見ていると、少しくらいは思うところもある。たとえば毎日十五分だけ俺の睡眠時間を削ったとして、奴らが死なない確率が僅かでも上がるなら……それも悪くないかもと考えていたところだ」
たった数日で、文楽がここまで変化したことに小神は心底驚いていた。
久しぶりに会ったとき、文楽は人でなしだと思った。
クラッツォとの戦闘で誰が死のうと関係ない、といったスタンスを取っていた。
拠点に移ってからもそれは変わらなく、ついてくる者は拒まないが、誰がどんなことを判断しようとも我関せずといった立場を貫いていた。
魔王との戦闘が終わったとき、文楽は少しだけ皆に気を許していたかもしれない。
小神、迅、枯木――死地を生き残った彼らに対する称賛なのだと思っていた。
そうして今日――文楽は間違いなく変わった。
頑張っている皆に死んでほしくない、と。その言葉を堂々と口にしたのだ。
そんな頼もしい文楽を見て、小神は思わず微笑んでいた。
少しだけ、昔の頼もしかった先輩に戻ったみたいだと思った。
「でも、神々廻先輩。重大な問題があります」
「なんだ?」
「だって、先輩……皆さんの名前覚えていないですよね?」
「…………知らんな」
素の表情で目を瞠って驚く文楽を見て、小神はまた笑っていた。
少し、恥ずかしそうな表情を見せながら文楽は言う。
「あいつらの名前を教えてくれ。あとステータス情報もだ」
「はい、もちろん!」
小神は楽しそうに笑っていた。
これから文楽も、この拠点も、雰囲気ががらりと変わっていきそうだ。
それから小神は、端的に情報を共有し、各々最後の準備を整えていった。
二日後。
「皆さまお待たせいたしました――約束の時間になりました」
「今回も処刑執行対象者はいないようですね。素晴らしい」
乾いた拍手音をベルナーは響かせる。
今回、トトコはいないようだ。
「それでは『魔王討伐2』を開始します」
「今回は二拠点合同での討伐となります」
「二体目の魔王――【骸騎王】を討伐してきてください」
「勇者の皆様のご武運をお祈りいたします」
礼儀正しく、洗練された動作で、ベルナーはお辞儀をする。
そうして間もなく、勇者たちの視界に幕が下りた。
再び、魔王との戦いが始まろうとしていた。
第一章 完




