第21話:束の間の訓練
「――なあ、彼は本当に僕たちと同じ下等勇者なんだよな?」
二人の模擬対戦を見ていた一人の男性――三須原が目を瞠りながらそう呟いた。
その零れた問いに対し、隣にいた若い男性――亜崎が悩んだ末に口を開く。
「まあ確かにそうは見えんよな。実際、あの洞木さんを負かしているわけだし」
三須原と亜崎は、二人して腕を組んで考える。
「彼がここに来たのは、俺たちの一週間前だって聞いたけど。……俺たちも一週間であんなに強くなれるのかな?」
「いやあ、それはな……小神さん、実際どうなんですか?」
亜崎は近くにいた小神へと声を掛ける。
模擬対戦を見ていたのは八人。
古参というには少し未熟な小神と迅、そして枯木。
そんな彼らに加えて、新入りの下等勇者の五人――三須原、亜崎、吉水、野薔薇、福臣。
彼らは訓練の手を止めて、二人の行く末を食い入るように見ていた。
新入りの問いに対し、小神は冷静に答える。
「はっきりと無理だと言い切れますね」
「やっぱりそうですよねえ。小神さんたちの表情を見ていて気がつきました。たぶんあの人が突出して強いんだって」
「その通りです。おそらく私たちでは足元にも及ばないでしょう」
「小神さんだって相当強そうなのに、そこまで言う人なんですか。しかも……あれだけの強さがあっても、魔王に勝つのはギリギリだったわけですよね?」
新入りの疑問はごもっともだった。
彼らからしてみれば、圧倒的に強いと思っていた洞木すらも軽く凌駕する男が急に現れた。
しかもそんな彼でさえ、魔王に勝つときはボロボロの死に体であったという。
そんな話を聞いて、下等勇者である自分たちは本当に生き残れるのだろうか。
彼らはこれから起こるであろう出来事に不安を抱えて、今ここに立っているのだ。
どうにか彼らの不安を解消できないだろうか。
そう少し考え耽ると、小神はようやく口を開く。
「私も詳しくはわかりません。ただ、神々廻先輩はこの世界の法則にかなり詳しいようです。私も訳も分からず先輩の信念を信頼してついていきましたが、実際に私たち三人は生き残りました。神々廻先輩についていったおかげです」
その言葉が彼らを安心させたのか、少しだけ顔色が良くなった気がした。
そこで若い女性――吉水が、意を決したように顔を上げた。
「実は私、このゲームほんの少しだけだけどやったことあるんです」
「え? そうなのですか!? 吉水さん」
突然のカミングアウトに、三須原が驚きの声を上げていた。
吉水は小さく頷くと、力強く言葉を続ける。
「本当に冒頭だけです。当時話題になっていたので、興味本位で買ったのがきっかけです。ですが、私は三日かけても魔王討伐1すらも攻略できませんでした。それくらいこのゲームは難しいんです」
「み、三日!? そんなに難しいゲームなの?」
具体的な難易度を示されて、三須原は素っ頓狂な声を上げていた。
そんな彼などお構いなしに、吉水は話を続ける。
「はい。プロゲーマーですら攻略できなかったゲームですから、難易度は相当高いかと。でも一部のゲーム好きな人たちが続けていて、彼らのことを界隈では『英雄廃人』なんて呼び方をします。たぶん神々廻さんもこの英雄廃人の一人なんじゃないでしょうか?」
「……英雄廃人か。つまり、彼はずっとこのゲームをプレイし続けた数少ない人ってことだよな? それって普通に信用できる人なんじゃない?」
「いえ……そうとも限りません。このゲームは十年以上誰も攻略できないことで有名なタイトルでしたので。私みたいなFPSばかりやるゲーマーには到底攻略はできませんでした」
「え? てことは、彼でも攻略は不可能なんじゃない? それって俺たち詰んでない?」
「そうだと私も思っています。ただ……これは願望も多く含んでいますが、つい最近このゲームに初の攻略者が出たってニュースを見ました。そのユーザー名は確か――【シシバ】。カタカナではありましたが、神々廻さんの苗字と偶然にも一致します」
「要するに……どういうことだ?」
「もし神々廻さんが完全攻略者だったならば、私たちは幸運です。誰について行けばいいか明白になるのですから。それを確かめてみませんか?」
そういうや否や、吉水は対戦終わりの文楽の元へと小走りで走っていく。
水分補給をしていることなどお構いなしに、堂々と彼の目の前に立つ。
「神々廻さん。私たち新入りのために一つだけ確認させてください」
「……なんだ」
「神々廻さんはこのゲームを攻略した方ですよね? 神々廻さんの苗字が、ゲーム攻略者の【シシバ】と同じだと気がつきました」
「経験者か?」
「はい。とはいっても、魔王討伐1すら攻略できませんでしたが。で、どうなんでしょうか? 神々廻さんが世界で初めての攻略者の方ですか?」
「――まあな」
その言葉を聞いた瞬間に、吉水の表情は今まで見せたどんな笑顔よりも明るいものに変わっていた。あまりの嬉しさに文楽の手を反射的に握っていた。
「これから一生ついていきます! 私、頑張りますので!」
「勝手にしろ。俺は俺のやるべきことをやるだけだ」
そう言いながら手を振りほどくと、文楽は顔を上げた。
目線の先には小神がいて、彼女に向かって手を招く。
さあ続きをやろうか、と言いたげな好戦的な瞳だった。
女性から離れていく文楽を見送ると、女性は仲間たちの元へと駆け寄っていく。
「みなさん、私は神々廻さんについてくと決めました」
「ということは!?」
「はい。彼が例の世界でたった一人の攻略者です! 私たちは幸運ですよ!」
先ほどまで暗かった皆の表情が、拠点に来て初めて明るくなった。
雲を掴むような状態から、糸が降りてきたのだ。
こうして彼らは誰についていくかを決めたのだった。
そこが地獄の道であることも知らずに。
◆
その日、文楽は小神と何度も模擬対戦を繰り返した。
結果としては全戦全勝。だが、一度だけひやっとした場面もあった。
とはいえ、この模擬対戦の目的は勝つことではない。
お互いに戦う感覚を身に着けるための予行練習のようなものだ。
下等勇者のような戦いの素人が一朝一夕で、武器を手足のように扱えるわけがない。
それどころか振り方すらままならないのだ。
だからこそ、彼ら――下等勇者は緊迫した状況で数をこなして、ひたすら血のにじむような努力を積んで、一歩一歩学んでいくしかない。
他のみんなは模擬対戦ではなく、ひたすらに走りの訓練を続けていた。
小神の入れ知恵だろうが、下等勇者の彼らにとっては悪くない選択肢だ。
◆
さらに翌日、文楽は早朝から訓練部屋を一人で使用していた。
今日からは自分用にカスタマイズをした、独自訓練を実施していた。
凹凸のある坂道を延々とダッシュすることは、さほど変わらない。
そこに一つだけ要素を加えたのだ。
走っているときに白、黒、青、赤、黄色の五色のカラーボールが四方八方から野球ボール並みの速度で飛んでくる。その色に対して、特定の行動をする訓練要素を追加した。
「おはようございま――え、なんですかその訓練!?」
元気よく三須原が口をあんぐりと開けて驚いていた。
続いて、その他の数人が入ってきて、見たことのない訓練に動揺する。
走っている文楽目掛けて、一度に五個のボールが襲ってくる。
白のボール二つを難なくキャッチし、黄色の三つのボールをすんでのところで回避する。
そんな行動を何度かして、ようやく対面の壁までたどり着く。
「おはようっす!」
そこに、少し遅れて枯木が訓練のエリア内に入ってきた。
何も知らない枯木は勢いよくエリア内に入ると――。
「うわッ!? なんすかこれ!!」
部屋に入った途端に、白いボール三つ、枯木目掛けて飛んできたのだ。
反射的に枯木は手に持っていた盾でそれを防ぐが――、
「アバババババババババッッッ!?!?」
全身に強烈な電気が流れて、間抜けな顔を晒したのであった。
三秒ほど攻撃を食らうと、間を置かずに再び白いボールが飛んでくる。
「何やってるんだ」
そう言いながら文楽はそれをキャッチし、枯木を守る。
何が起こったんだと動揺する枯木は静かに尋ねた。
「な、なんっすかこれ」
「色に対して特定の反応をしないと攻撃を食らうだけだ」
「そ、そうなんっすか……事前に説明してほしかったっす」
「魔王と戦う時に同じことが言えるのか?」
そう言いつつ、文楽は他の人などお構いなしに走り始めるのであった。
それに続くように、訓練室にやってきた九人も文楽の背中を追って走り始めた。
◆
そうして数日間を拠点で過ごした、ある日。
拠点内にアナウンスが鳴り響き、全員が魔王討伐の玄関口へと呼び出された。
部屋にはすでに二体の鬼子が待機していた。
軍帽を被ったベルナーと、角が半ばから折れたトトコであった。
「みなさまお待たせいたしました」
「……お、お待たせいたしました」
ベルナーの紳士的な声に続いて、トトコが弱弱しい声を発する。
あまりに対照的な鬼子の存在に、皆が少し戸惑っていた。
「魔王討伐2の日時が決定いたしました」
皆の反応を楽しむように少し間を置くと、ベルナーは言葉を続けた。
「開始は明後日の朝十時」
「今回の魔王討伐は――二拠点の合同討伐となります」
にやり、と獰猛な笑みを浮かべる。
「それでは当日までごゆるりとお過ごしください」




