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下等勇者のはかりごと~泥啜る不断の努力とゲーム知識で、魔王を凌駕する~  作者: 笠鳴小雨


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第20話:洞木波音の決意


 洞木うろきは、下等勇者の文楽と向き合っていた。


 事前に小神や迅から話は聞いていた。

 この世界で彼は皆と同じ「下等勇者」という欠陥を抱えた勇者として召喚させらたらしい。

 だというのに、魔王討伐でもほぼ単独で魔王を撃破したという。それ以外にも一睡もせずに三日三晩走り続けた精神力、何よりも魔王の胃袋で生き抜いた胆力は、計り知れないものだった。


 洞木にとって、まだこの世界は「未知で溢れているゲームのような環境」というふんわりとした情報でしか捉えられていない。

 だけど実際にチュートリアルで白い化け物と戦い、血を流し、皆で必死に生き抜いた十五分間がこの世界は現実だと教えてくれた。戦うために立ち続けることが、この世界で生きるための唯一の方法だと知った。


 だからこそ、今ここで拠点最強の男に勝負を挑んだのだ。


 勝てるか、勝てないか……じゃない。

 洞木を信じる皆のためにも、勝って自分こそがここのリーダーであると胸を張って言いたいだけだ。自分には皆をまとめる才能などないから、背中で追ってもらうことしかできない。


 だから、戦うと決めたんだ。


 文楽は徐に腰から短剣を取り出すと、コンソールの方へと歩いていく。

 そうしてコンソールで何かを操作すると、洞木の目の前に奇妙な画面が現れた。


『――勇者ID:神々廻文楽より模擬対戦の依頼が届きました』

『受理いたしますか? YES/NO』


 戦いの許可を求めているのだろう。

 最初は不可思議に顔を傾げていた洞木であったが、内容を確認してすぐに「YES」を選択した。ゲームはあまりやったことはないが、どうやら正解だったみたいだ。


 相手の文楽が再び何かを操作すると、こちらを見て軽く会釈をしてきた。

 それから間もなく、訓練場全体にアナウンスが響き渡る。


『勇者ID:神々廻文楽および勇者ID:洞木波音の模擬対戦が成立しました!』

『緑の円環にそれぞれ入ってください』


 そのアナウンスとともに、訓練部屋の床に緑色の円形マーカーが二つ表示された。

 二人は案内に従って、円環の中にはいる。



『――10、9、8』



 開始までのカウントが進んでいく。


 洞木は相手の微細な動きを注視する。

 相手の手はどんな状態か、利き脚はどちらか、どんなスキルで攻撃をしてくるのか、些細な重心移動や反応から推測を立てていく。


 洞木はその時気がついた、文楽には武道の心構えが無い。

 だけど、その瞳は全てを見透かしているかのような、自信がみなぎっていた。


 無音の会話を続けること七秒後、カウントが終わった。


『――0。模擬対戦スタート』


 開始の合図が鳴ると、フィールド全体が青く光り輝いた。


 先制攻撃を仕掛けたのは、洞木の方だった。

 スタートと同時にポケットから両手を出すと、その両手には溢れんばかりの植物の種が握られていた。どこからそんな物を持ってきたのか尋ねる間もなく、それらを前方へ無造作に放り投げる。


「樹魔法――怪花園帯イ・カルーヤ


 種が急速に成長して地面に根を張る。

 播かれた種の内、三本の種から勢いよく螺旋上の蔦が飛びてきた。

 真っすぐと、文楽の方へと伸びていく。


 その攻撃には意図があった。

 右へ避けることで、この先々に罠を仕掛けていたのだ。


 しかし、文楽はそれを見切っていたのだろうか。

 あえて攻撃が密集する左側へと走り出し、蔦の攻撃を紙一重ですり抜けていったのだ。しかも蔦がどんな速度、どんな角度、どんな挙動で迫ってくるのか、一ミリ単位で把握しているようなそんな神技だった。


 文楽はそのまま円弧を描くように近づいてくる。


「樹魔法――怪花園帯イ・カルーヤ


 播いていた種の一つを対象に魔法を発動した。


 生まれた蔦が勢いよく増殖し、洞木と文楽の間に巨大な植物の壁を築こうとしていた。

 文楽はそれを察知すると、発芽した種目掛けてすかさず短剣を投擲する。種に短剣が直撃すると、種の成長が止まり、壁の増殖も終わってしまったのだ。


 魔法発動中に種を攻撃されると、魔法が不発になることは知らなかった。


 洞木は驚きつつも、新たな発見と強者との邂逅に笑みを浮かべていた。


「なるほど、そんな魔法の止め方があるのか」


「樹魔法は強力だが、発動の初期動作がわかりやすいことは欠点だな」


「覚えておこう」


 そう言いつつ、洞木は隠し持っていた刀を取り出した。

 これはチュートリアル攻略後に報酬として受け取った何の変哲もない刀だった。

 そのまま剣道の構えをして、文楽を迎え撃つ。


 小さい頃から高校まで、ずっと剣道をやっていた。

 女性らしくないと、大学ではやめてしまったが、それなりの心得はあった。それなりの成績を収めた経験もある。

 元々魔法みたいな力よりも、刀の方が性にあっているんだ。


「こちらだけ武器をすまないな」


 スキル――鹵獲解体。

 先ほど投擲した短剣をスキルで引き寄せると、文楽は短剣を掴んでいた。


「気にするな。俺も使う」


「そんなこともできるのか」


 不意を突かれた洞木は最初驚くが、咄嗟に片腕を出して魔法を発動する。

 足元に準備していた種が肥大化すると、再び植物の壁が出現する。それと同時に足元にあったもう一つの種を発芽させると、それは斜め上に成長していく。洞木はそれを踏み台にして、大きく横へと飛んで移動した。


「だから、樹魔法は挙動がわかりやすいんだ」


 確実に逃げられたと思っていた。

 気がついたときには、背中に短剣の切っ先が当てられていたのだった。


 移動先を未来視でもしたのだろうか。

 比喩ではなく、気がついたときには背後を取られていたのだ。


「……降参だ」


「いい戦術だったが、相手が悪かったな」


 そう言うと、文楽は短剣をひっこめた。


 悔しくて、強く唇をかみしめていた。

 そんな情けない自分を押し殺して、洞木は振り返った。


「もう一度やらせてほしい。今度は本気のあんたとだ」


「本気?」


「手加減していただろ? そんなの見ればわかる」


「……これは訓練だ。力を見せびらかす必要はないだろ」


「それでいい。私はあんたとの距離を知りたいだけだ」


 これではっきりと分かった。

 今の洞木は、文楽との実力差は計り知れないものだと。


 文楽は今の戦いでたった二つのスキルしか使っていない。

 武器を遠隔で手に入れるスキルと、身体能力を上げるスキルの二つだ。

 出会った当初に見た黒い靄も、もう一つ腰に携えた剣も使っていない。


「……一度だけだぞ。これっきりだ」


 文楽はやれやれと肩を竦めながらそう言うと、再び模擬対戦をセットしてくれた。

 洞木は感謝しつつ、次は最初から一つの大きな種子を持って構えていた。


 これが洞木の出せる最大火力。

 通じなければ、今の洞木ではどれだけ足掻いても文楽には敵わない。

 そうなったら、リーダーという職務に自分は相応しくないことを、見ている皆も知ることになるだろう。むしろそのために、戦いを挑んだまである。


 本物のリーダーを決めるのは、皆の総意になるだろう。


『――模擬対戦、スタート』


 再び、開始の合図が鳴った。

 洞木は躊躇せずに、手に持っていたひと際大きな種を開花させた。


「樹魔法――怪花園帯イ・カルーヤ


 その種は巨木となって成長し、勢いよく文楽目掛けて解き放たれた。

 ひと三人分ほどの太さがある巨木は、真っすぐと突き進んでいく。


 その瞬間、文楽は一歩前に駆け出した。


 まるで子供とじゃれ合っているかのような顔で攻撃を上に飛んで回避すると、巨木の上を走って迫ってくる。その表情は何一つ変わっていない。

 攻撃を攻撃とすら認識していないような、当たり前の顔だ。


 また攻撃を見切られている。


 それでもまだだ。

 まだ試合は終わっていない。


「樹魔法――怪花園帯イ・カルーヤ

「樹魔法――怪花園帯イ・カルーヤ

「樹魔法――怪花園帯イ・カルーヤ


 三度連続で、再び巨木を召喚して文楽へと解き放った。

 しかし、次の瞬間には巨木が一気に枯れていく。


 文楽が体から解き放った、あの黒い靄だ。

 出会った当初に茄子子に使っていたスキルと同じ能力だ。

 あれに巨木が触れた瞬間に崩壊し、チリとなって消えていくのだ。


 まさか攻撃だけではなく、あれは防御にもなったとは。


 洞木は呆れた様子で、両手を上にあげた。

 ほぼそれと同時に文楽の姿が視界から消えると、真横に短剣を構えて立っていた。気づけば首元には短剣の刃先がちらついていた。


「降参だ。あんた強すぎるよ」


「だから言っただろ」


 そう言うと、文楽は踵を返していくのであった。


 悔しい。

 圧倒的な力の差を見せつけられたうえで、何もすることができなかった。


 皆に持ち上げられて、自分が優れた勇者であることを知った。


 中等勇者?

 それがなんなのだ。

 そんな階級など関係ないほどに、文楽は強かった。

 彼は下等勇者という弱い存在らしいが、あんなのが弱かったら世の中の弱いの基準がわからなくなる。それどころか、自分は井の中の蛙で、もっと上がたくさんいるのではないかという恐怖にさえかられる。 


 これからは一層邁進するしかない。

 自分が弱いだけかもしれないし、文楽が強いだけかもしれない。


 それでもやることは一つだ。

 いつか文楽と並んで戦えるだけの力をつけなければ、この世界では容易に死ぬってこと。

 彼でさえ、最初の魔王討伐ではボロボロの瀕死状態であったという。


 ならば、私は私のできることをやりきろう。


 洞木は切実にそう願い、再び訓練に邁進することになる。



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