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下等勇者のはかりごと~泥啜る不断の努力とゲーム知識で、魔王を凌駕する~  作者: 笠鳴小雨


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第18話:密室談話

 正義の鉄槌が、顎にクリーンヒットした。

 慌てふためいていた茄子子なすこ部長は、防御することもなく無様に食らっていた。絵に描いたように後ろへと飛んでいくと、背中での着地と同時に「ふぎゃ」という情けない声を出していた。


 皆が思った――どこからそんな声を出したんだ、と。


「な、な、な、何をするんだー!! この……このオレ様に向かって!?」


 な、でスタッカートを踏むリズムで起き上がり、ついでに怒鳴り散らかす茄子子。

 しかし周囲の冷ややかな目に気がついたようで、目を泳がせていた。


「こ、これには深い事情が――」


 言い訳をしようとした、その時だった。尊敬していた洞木うろきが背後から躊躇なく頭を押さえつけ、底冷えするような声で言い放つ。


「見損なったぞ、茄子子」


 ぎらりとした鋭い眼光に、茄子子は怯えていた。


「う、洞木さん!? こ、こ、こ、これには深い事情があって」


「上司なら全ての結果に責任を持て。他責は反吐が出る」


「た、他責だなんて一ミリも思っていなくて――」


「自分を正当化する前に、まずは謝れ。道理も言い訳もそれからだ」


 洞木うろきは本気で怒っていた。

 良い年したおっさんがうだうだと言い訳を続けて、醜く足掻いていることに。こんなにも阿保らしい奴を自分が救ったのか――と自分の過去の行いを恥じていた。それを体現するかのようにため息を吐きながら、頭を抱えて、力づくで頭を押さえつけている。


 バツが悪くなり気づけば目を合わせようとしなくなった茄子子は、地面に向かって小言をぶつぶつと呟いている。それを見た洞木は、茄子子の汚い頬を片手で挟みこむと、無理やり上を向かせた。


「彼女に謝罪しろ。いい歳したおっさんが、女性をモノのように扱って恥ずかしくないのか?」


「そ、それは……」


「今すぐに誠心誠意、謝罪しろ。じゃないと、あんたとは今後一切関わらない」


「……は、はい! わかりました!」


 自分よりも立場が上の者には逆らわない質なのだろう。

 ハラスメントばかりしていた上司が、小動物のようにちょろちょろと動いて、小神の前でプライドを捨てて膝を着いていたのだ。


 真剣な眼差しで一度小神の顔を見ると、額を床にこすりつけた。


「本っっっ当に申し訳ありませんでした」


 たった一言、深く謝罪をしていた。

 それだけでは気に食わなかったのか、洞木は靴底で茄子子の後頭部を踏みつける。


「心が籠ってない。それに敬語もまともに扱えないのか? 豚が」


「す、すみませんでした! オレ……わたしはやってはいけないことをしました。ホテルでは下心がありました、すみません! 一族経営なことを盾に、パワハラと横領を何度も繰り返していました、すみません!」


 茄子子は、地面にめり込むんじゃないかというほどに額を擦り続けていた。

 そんな醜い元上司を見て吐き気を覚えた小神は、両腕を組んで仁王立ちしながら洞木と同じく後頭部を踏みつける。


「他には?」


「……ぶ、部下を感情のはけ口につかって、数えきれないほどの部下を辞めさせました」


 その言葉を聞いて、小神のこめかみには血管が浮き出る。

 感情任せに元上司の髪を掴むと、その首を雑に持ち上げて目線を合わせる。


「他の罪状もすべて吐いてくださいね、茄子子クソ部長」


 小神がそう詰め寄ると、茄子子は恐怖のあまりぺらぺらと自分の罪を話し始めた。


 社長の子孫であることを良いことに、こいつはやりたい放題していたようだ。

 接待と偽って会社の経費で毎日キャバクラ通いや毎月旅行三昧。それどころか下請け業者を脅して不当な仕事を押し付けたり、キックバックという手法で横領をしたり――会社では毎日セクハラ、パワハラなどのハラスメント三昧。妻はいるようだが、金にものをいわせた浮気の数々――正真正銘のクソ狸だった。


 出てくる悪事の数々に、皆が心の底から嫌悪していた。

 汚物でも見るような表情で、地面に這いつくばるクソ狸を見下ろしている。


「こ……これ以上は何もございません! 本当です!」


 罪を白状するたびに、ビンタされ続けた茄子子の頬は赤く腫れあがっていた。


「そうですか」

「そうか」


 小神と洞木は納得したのか、茄子子を雑に放り投げて解放していた。


 僅かの間、この部屋はしんと静まり返っていた。

 悪事だらけのクソ狸の独白と、強い女性二人による拷問。

 あまりに現実離れした光景に、皆がついていけていなかったのだ。


 その空気に耐えかねた文楽は、動悸がおさまったどころか、あまりの悪事の数々にため息をついていた。まさか、ここまで茄子子がクソ野郎だとは思ってもみなかった。自分が知っているよりも真っ黒な男だったようだ。


 もう疲れた、といった表情で踵を返す。


「き、貴様は…………神々廻か!? お前もここにいたのか!?」


 空気を読まない茄子子のセリフに、皆が茫然としていた。

 こいつはたぶん一生更生しない、と。


 文楽はふと立ち止まると、ゆっくりと顔だけ振り返る。


「これ以上喚くな、茄子子」


「あ゛!? 上司に対して一体何様のつもり――」


「だから喚くなって言ってるだろ」


 そう言った瞬間、文楽は反射的にスキルを発動していた。

 スキル――呪い之王(ダ・オヌ)、無数の呪いを内包した魔王の権化とも呼べる能力だ。発動と同時に体から勢いよく黒い呪いの塊が溢れ出てきて、文楽の周囲を黒く染めあげた。


 その黒い煙が発する禍々しい空気に、皆の表情が凍り付く。


「そもそも俺はもう、お前の部下じゃない」


「な、な、な……なんてこと言うんだよぉ」


 あまりに威圧的な存在感を放つ文楽に対して、茄子子は自信を無くしていた。

 せっかく絞り出した言葉も、尻すぼみに描き消えていく。


「武力行使はしたくない。だから、お前も拠点では大人しくしていろ」


「…………」


「それと――俺の前に、もう二度とその反吐がでる顔を出すな」


 文楽は最後にそう告げると、初期部屋のモニターに目線を移す。

 そこには今回の魔王討伐1での貢献度ランキングが記されていた。そこには予想通り、一位の欄には文楽の名前が表示されている。そしてその隣には緑色で『報酬未開封』と記載されている。


 静かにつぶやく。


「報酬を開封する」


 その言葉に応えるように、文楽の手元に灰色で丈の長い羽織ものが出現する。

 報酬を受け取ると、それを握りしめて文楽は部屋をあとにした。



 ◆



 文楽がいなくなると、小神が率先して新たな勇者たちに事情を説明していた。

 クラッツォの試練をクリアしたこと、拠点で訓練をしたことでスキルを使えるようになったこと、王蛇という魔王を倒したこと、今までに六人が死んだこと――。


 皆、その事実を知って絶望していた。

 優れた勇者である洞木うろき波音はねがいなければ、自分たちも同じような道を辿っていたかもしれないと知ったのだ。


 それらの話を聞いた洞木が皆を説得し、全員で訓練を行うことになった。小神らが経験した設定と同じ、ヘルモードの一段階目で皆が必死に訓練を始める。

 その訓練の最中、小神の隣で走っていた洞木が話しかけてくる。


「神々廻文楽――彼は何者なんだ? 明らかにあんたたちのリーダーだろうに、なぜ新参者の私たちを無視するんだ。魔王とやらを倒すためには、戦力が必要のはずだ。能力がある者が皆を率いるのは常だ。違うか?」


「そうですね…………神々廻先輩は私たちにもあまり詳しくは話してはくれません。でも、一つだけ――これだけははっきりとわかります。先輩の言った通りに行動して、私たちはあの地獄を生き延びることができました。先輩が正解だってわかれば、私はそれでいいんです」


「盲目的だな」


「そう見えますよね。でも、踏み入っちゃいけない領域もあるって私は知っていますので」


「旧知の仲であるあんたならそうなるのか。まあ私には関係ないが」


 冷静にそう言いきると、洞木は一層速度を上げて走っていくのであった。





 その日の夜だった。

 洞木は皆が寝静まった夜に、生活エリアのとある部屋の前にいた。

 扉の傍にあったインターホンを押す。


『――こんな夜中に何の用だ』


「新入りの洞木波音だ。少し話がしたい、神々廻文楽」


『……俺は眠たいんだが? 明日にしてくれ』


「頼む」


 洞木が躊躇なく頭を下げたことで、文楽は扉のロックを解除していた。


 扉がスライドして開くと、そこには言葉のとおり眠たそうな文楽がいた。

 文楽は適当な椅子を差し出すと、自分はベッドに腰を掛けて、むすっとした表情を浮かべる。

 そんな中でも洞木は物珍しそうに、部屋を物色し、何かを確認している様子だった。


「拠点では雑魚寝する場所しかないって聞いていたが、個室もあるのだな」


「魔王討伐の報酬の一つだ」


「そんな機能もあるのか。覚えておこう」


 そこで文楽は大きな欠伸をする。

 洞木は言葉が真実であったことを知り、早速本題に入ることにした。


「単刀直入に言おう、十六人を束ねるリーダーがすぐに必要だ。適切な人選はあんただろう。明日から皆を――」


「断る。そんなのお前がやればいい」


「なぜ私なんだ? 私はまだこの世界のことを何も知らない」


 少し文楽は考え、口を開く。


「俺はリーダーの器じゃないってのは前提にあるが、それよりも俺には時間が無いからだ。誰かに構っているような時間などない」


「時間が無い? 小神と迅からお前が魔王を単独で倒したと聞いたぞ? 強さは充分なのではないか?」


「そんなに優しい世界だったらいいが、生憎そうではない。お前も生きたければ寝てる暇などないぞ、優れた勇者だとしても簡単に脱落するからな」


「……私が優秀かはさておき、その言葉は肝に銘じておこう。あんたの気持ちはわかった。だったら、暫定的に私と小神で十六人を仕切らせてもらう」


「ああ、好きにしろ」


「……私だって、そんな器などではないのだけどな」


 ずっと不愛想だった洞木は、ほんの少しだけ頬を膨らませていた。

 こうもあしらわれたことは人生で初めての経験だった。


 そんなことを考えながら、洞木は部屋をあとにするのであった。

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