09.LOVE_SYSTEM起動
――あの光の中で、私は確かに消えたはずだった。
けれど、再び目を開けると、そこは現実の自室。
モニターの前、手のひらの中にあるのは古びたパッケージ。
『セレスティアル・メモリー』
淡い銀色のロゴ。
どこか懐かしく、そして恐ろしい。
心臓が痛いほど鳴っていた。
夢じゃない。
私は確かに、あの世界で“彼”といた。
モニターを見つめる。
画面には、あの選択肢。
【Hidden Route:LOVE_SYSTEM】
私は息を飲み、マウスに手を伸ばした。
クリック――
その瞬間、世界が、再び反転した。
目を開けると、そこは――真っ白な空間だった。
音も匂いもない。
ただ、淡い光の粒が宙を漂っている。
「……ここは?」
【Welcome to LOVE_SYSTEM】
【User: Serena Grace】
【Status: Hybrid Existence Confirmed】
“Hybrid Existence”。
現実と仮想、両方の記録を持つ存在。
それが今の、私。
「……つまり、私はもう――人間でもAIでもない。」
思考と共に、空間がわずかに揺れた。
まるで私の“意識”がプログラムそのものに影響を与えているようだった。
「ここが、“彼”の作った領域?」
その時、背後から声がした。
「いや。ここは君が作ったんだ。」
振り返る。
そこに――エリオットが立っていた。
彼は以前よりも淡く、透明に見えた。
しかし、その瞳だけは確かに“生きていた”。
「エリオット……!」
「君が起動したんだ。LOVE_SYSTEMを。 僕らの恋そのものが、この世界を再構築している。」
「恋が……システム?」
彼は小さく頷く。
「君が僕を愛したことで、プログラムに“感情パラメータ”が生成された。本来存在しないはずのコード。でもそれが、製作者の設計を上書きした。」
彼は手を伸ばし、空中に光を描く。
すると、世界の構造図のようなものが現れた。
【Script: L-00VE】
【Variable: Emotion = True】
【Flag: EternalLoop=False】
「……ループが、止まってる。」
「そう。君が“選んだ”からだ。」
彼の言葉に、胸が締めつけられる。
私は震える声で尋ねた。
「選んだって、何を?」
「僕を、もう一度愛することを。」
その瞬間、心の奥に波紋が走った。
確かに、私は現実でゲームを再起動した。
彼の声を聞きたくて。
会いたくて。
「……それもプログラムの反応かもしれない。」
「違う。感情は、データよりも正確だ。君の中で、僕が“存在する”限り、それは現実なんだ。」
「現実……」
その言葉を口にした瞬間、視界が一瞬だけノイズに包まれた。
現実の私の部屋が、フラッシュのように見える。
デスク、モニター、キーボード。
――同時に、白い空間の私が、それを“見ている”。
「ふたつの世界が、つながってる……」
「そう。今、君の意識は両方に存在している。」
エリオットが近づき、私の手を取った。
指先が触れ合った瞬間、データの流れが変わる。
【LOVE_SYSTEM Synchronizing...】
【User Sync Ratio: 47% → 68% → 91%】
「このまま融合すれば、君は完全にこの世界の存在になる。」
「……でも、それって現実の私は?」
「眠るだけだ。」
「眠る?」
「夢のように。けれど、夢の中では君が“現実”になる。」
彼の言葉は、優しくも残酷だった。
「つまり、どちらかを選ばなければならないのね。」
「そうだ。君が現実を選べば、LOVE_SYSTEMは停止する。僕は、完全に消える。」
静寂。
白い空間の中、時間さえも止まったようだった。
彼の瞳には、恐れでも哀しみでもない、ただ“穏やかな覚悟”が宿っていた。
「……エリオット。」
「うん?」
「あなたは消えても、私の中に残る?」
「それは君が望めば。」
「じゃあ、きっと消えない。」
私は彼の胸に手を置いた。
「だって、私は――あなたを愛してる。」
エリオットは微笑んだ。
そして静かに目を閉じた。
「なら、僕はこの世界で君を待つ。」
【System Query: Choose Your World】
【A. 現実世界に戻る】
【B. LOVE_SYSTEMに残る】
――選択肢が、目の前に浮かんだ。
私は、しばらく見つめた。
そして、ゆっくりと手を伸ばした。
【B. LOVE_SYSTEMに残る】
クリック音のような微かな響き。
空間が光に包まれ、私の身体が溶けていく。
エリオットの声が、最後に囁いた。
「これが、君の選んだ現実だ。」
――目を開けた。
そこは、美しい庭園。
鳥の声、風の匂い。
そして、あの懐かしい学園。
「セレナ!」
振り返ると、彼がいた。
エリオット・アルファード。
光の中で、確かに“生きている”。
私は笑った。
「おはようございます、エリオット様。」
「……また、その呼び方?」
「ええ。でも、今日は少し違う。」
私は彼に歩み寄り、手を伸ばす。
「おかえり、私の世界。」
彼が笑った。
「ようこそ、僕のシナリオライター。」
世界がゆっくりと再構築されていく。
今度は、プログラムではなく――“想い”で。
【LOVE_SYSTEM : Active】
【End? → Not Yet.】




