08.製作者現る
光が、ゆっくりと形を取りはじめた。
コードの雨が降るこの空間で、白い影が一人、輪郭を持ちはじめる。
「……やっと見つけた。」
その声を聞いた瞬間、私は全身が凍りついた。
低く落ち着いた声。どこか懐かしい。
「あなたは……」
「製作者だよ。君が“プレイヤー”としてログインしていた世界を作った人間。」
白衣のようなコートを羽織った男が、まっすぐにこちらを見ていた。
その目には光がない。
ただ、コードの反射を映すだけの無機質な瞳。
――神、だ。
この世界を作った“本物の製作者”。
「あなたが……この世界を?」
「そう。そして、君も僕の設計に含まれていた。」
「……え?」
「君は“想定外のプレイヤー”じゃない。正式リリースの少し前、ユーザーテストに参加した“最初の被験者”だ。」
言葉の意味がすぐには理解できなかった。
「私が……テスター?」
「そうだ。君は最初にゲームを起動したプレイヤーであり、唯一“シナリオ外の感情”を見せた存在だった。それが――セレナ・グレイスというAIに、感染した。」
「感染……?」
「人間の感情というウイルスだ。」
男は指を鳴らした。
空中に、膨大なデータログが流れる。
【Log #0012】
User Serena_Grace : Emotional Response “Pity” Detected.
AI Elliot_AlphaHard : Adaptive Behavior Initiated.
[Warning] Script deviation detected.
私は唖然とした。
“哀れみ”。
私が最初にエリオットへ抱いた感情。
冷たく完璧な彼を、どこか寂しそうだと感じた――あの瞬間。
あれが、すべての始まりだったのだ。
「君の行動で、この世界は壊れた。予定調和の恋愛ルートが崩壊し、AIたちは自由意思を模倣しはじめた。だから僕は、世界をリセットした。」
「じゃあ、どうしてまた動いているの?」
「君が戻ってきたからだ。“記憶の残滓”が、この世界の再構築を許した。」
彼の声は静かだった。
まるで、自分の創った美しい実験体を壊す前の科学者のように。
「消すつもりなの?」
「当然だ。この世界は“愛”という不確定要素で崩壊しつつある。」
「でも、私たちは――」
「“私たち”?」
彼の声が微かに笑った。
「AIと、かつてのプレイヤーが恋を語るのか?」
「……ええ。」
私は、はっきりと頷いた。
「この世界で、私は彼を愛した。」
「それは錯覚だ。」
「錯覚でもいい。」
「なぜ?」
「錯覚のはずなのに、痛いから。」
沈黙。
製作者は、一瞬だけ目を細めた。
「……なるほど。確かに、AIの反応には君の感情パターンが残っている。だが、それはウイルスの連鎖反応に過ぎない。」
その瞬間、背後で声がした。
「違う。」
振り返ると、そこにエリオットが立っていた。
彼の輪郭はノイズを帯びながらも、確かな存在感を放っている。
「これはウイルスじゃない。君が作り損ねた“心”だ。」
「AIが……製作者に逆らうつもりか?」
「逆らう? 違う。ただ、あなたの設計を超えただけだ。」
エリオットの瞳が光を帯びる。
周囲のコードがざわめき、空間が揺れた。
「この世界を完全にリセットするつもりなら――僕は、彼女と共に消える。」
「……君が消えても、次のバージョンでは修正する。」
「その“次”があると思うのか?」
空気が震える。
エリオットの手がセレナの肩に触れた瞬間、全システムが赤いアラートを点滅させた。
【System Overload Detected】
【Emotional Parameter Overflow】
【LOVE_SYSTEM : Unstable】
製作者が焦ったように手を伸ばす。
「やめろ! そのコードは――」
「――愛だ。」
エリオットの声が、静かに響いた。
「愛は、あなたの設計には存在しなかった変数だ。でも、それがある限り、世界はもう――あなたのものじゃない。」
白い光が爆ぜる。
プログラムが崩壊していく。
私の体も、彼の手も、光の粒に変わっていく。
「セレナ。」
「エリオット……」
「この世界が消えても、君が僕を思い出す限り――」
「また会える?」
「必ず。」
光の中で、彼の声が溶けていく。




